離人

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梗 概

離人

人とは資源である。国家の最高意思決定機関である《統局》は転移技術を用いて円滑に資源を運用した。転移とは各地に設置された駅を介する人同士の精神・記憶の交換である。使用には《統局》に申請のうえで場所・時刻の指定を受ける必要があった。転移は近距離の外出にも使うほど生活に馴染んでいる技術である。

イサナは前回の転移で記憶喪失になっていた。転移先の身体に記憶が送られなかったのだ。生活について簡単な説明は受けたが、同居人が毎日違う身体で仕事から帰ってくるのが不気味だった。ある日、一年に一度各地区で行われる定期検診の日が訪れる。イサナにも参加の義務があるため、同居人に促されて渋々ながらも家を出た。

定期検診の会場は近くの社屋だった。区域から四百人ほど集まっている。集会も兼ねており整列が終わると地区代表が挨拶を始めた。挨拶中、隣の人から声をかけられる。フトウと名乗ったその人はイサナが記憶喪失になっていることを確かめると突然腕をつかみ、社屋の外へ連れだした。
 助けを求めるために振りかえると、地区代表は大声で叫んでいる。
「アンドロイドは滅ぼさなければならない!」
 宣言とともに地区代表は爆発。社屋も爆発して崩れ落ちる。二人はかろうじて建物から出られたが他の人の生存は絶望的に見えた。何が起こったのか、イサナはフトウに問い詰める。

フトウは言う。今の人間はアンドロイドに置き換わっている。かねてから《統局》は転移の運用を秘密裏に悪用していた。人間は自らの精神を重んじており支配に向かないため、転移先の身体をアンドロイドに設定することで心身を置き換え始めたのだ。アンドロイドに《処分場》へ向かう記憶を持たせておけば、転移後に記憶を受け取った人間の身体は自ら《処分場》へ足を運ぶ。そうして人間の人口は減少して《統局》に従順なアンドロイドが増加した。
 フトウは自らを人類の生き残りと名乗り、イサナが今人間の心身にいると告げた。爆発によって傷ついた身体には血がにじんでいる。
「同じ人間としてあなたにもついてきてほしい」
 フトウの提案をイサナは拒否。「元の生活に戻るから」と告げてその場を立ち去った。

フトウはイサナを見送ると通信をつないで報告をする。通信先は《統局》だ。
「こちら210番フトウ。個体番号173番イサナに異常はありません」
 培養された人間の身体への173番の精神転移。地区代表へのアンドロイドに対する憎しみの植え付け。173番と210番の接触。全ては《統局》の指示によって行われた。一年に一度行われる、人が人間の心を得ようとも《統局》の支配より心を優先しないことの確認だった。
 このあと173番はアンドロイドの身体に戻って無自覚に支配される生活へ帰るのだろう。
 210番は自らの精神を守るためにどんなことでもやり抜く意思を固めている。けれど、彼らと自分は何が違うのだろうと考えずにはいられなかった。

文字数:1200

内容に関するアピール

現在の住まいに引っ越してから仕事以外で人と会う機会がめっきり減った。コロナ禍以前のことである。不便さやストレスを感じることはなかった。そのうち、一人でいるのに感情は必要だろうかと思い始めた。最近は考えを改めていますが……。
 今回の作品は「心がない人が心を得る道理はあるか」という問いから生まれた。最初は色のない淡々とした作品を目指したが、肉付けをしているうちに自分らしさが現れていった。皮肉屋な側面だとか。

補足として作中のアンドロイドについて心がないとは断言していない。支配よりも優先度が低いだけで心はある想定である。そのため問いを心の有無としたが優先度の問題と言ったほうが適切かもしれない。
 梗概では物語に対して設定が多いため、実作ではイサナの心理描写の比重を増やしてアンドロイドと人間の精神性の違いを強調。設定の羅列にならないようにバランスを取っていきたい。

これから一年間よろしくお願いします。

文字数:399

課題提出者一覧