星の管理者

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梗 概

星の管理者

これは、少年が旅立つまでの物語である。

舞台は遥か未来の地球。小惑星の衝突により、人類の文明は崩壊した。地殻変動や大気の変化、生態系の変化により、ヒトが生存するには過酷な環境となっている。生き延びるために、人類は「テレパシー」を獲得していた。

主人公・エルムは、テレパシーを使えない少年である。部族ごとにテレパシーで繋がって生きる人々のなかで、そのやり取りを理解できず、疎外感と劣等感を覚えている。テレパシーのための器官である「角」を事故で失っており、「角なし」と揶揄されていた。

エルムは部族の長の子であり、他で役立てない代わりにと、その父から、僅かに遺された「文明の記録」を整理する仕事を与えられている。エルムは失われた文明、特に意思伝達の技術に憧れるが、「科学技術はヒトを堕落させる。その罰が小惑星だった」というのが常識だ。自然状態が善とされており、「生まれながら持つテレパシーこそ、進化したヒトが、世界に認められた霊長であることの証左」とされている。エルムは「無意味な仕事」に不審を抱きつつ、「テレパシーのなかった時代」に思いを馳せる。

やがて、「遠方の部族がテレパシーを失った」という情報が入り、エルムはこじつけで関与を疑われる。出奔したエルムは、一体のロボット・G3に救われる。G3は、星の環境をヒトのために再生すべく活動していた。機械を嫌うヒトに見付からないようテレパシーを避けていたが、テレパシーを持たないエルムを見付け、救ったのだ。エルムは遠慮なく「会話」ができるロボットとの交流を楽しみ、ヒトの命令に従うよう設定されたG3は、求めに応じて世界の秘密を開示する。

実は、テレパシーは人類が進化で獲得したものではなかった。人類は、生身で「サーバー」との情報のやり取りができるよう、遺伝子レベルで自らを改造していた。文明が失われようとするなかで、その復興を企図したものだったが、子孫である現在の「ヒト」がこれを異なる用途で用いていたのだ。思考をエンコードし、サーバーを介して対象に伝達して、デコードする。科学技術を忌避する人々が誇る「霊長の証」は、科学技術の産物だった。

サーバー群は、それ自体に記録された情報でのメンテナンスを前提に設計されていたが、放置状態にある。長年の稼働の末、既に限界を迎えたものもあり、遠からず世界からテレパシーは失われる。エルムは、サーバー管理のため旅立つ。G3はサーバーの位置情報を持つが、管理者権限でアクセスできるのはヒトだけ。「ヒト」の輪に入れずにいたエルムにとって、この旅が、己を「ヒト」だと認める方法なのだ。他の「ヒト」に受け入れてもらうことを、彼は諦められずにいた。

だが、彼は知らない。彼の決意は「テレパシー」維持のために誘導されたものであり、角を失った事故も、出奔の後に捕らえられなかったことも、父である部族の長——「管理者」のシナリオ通りだということを。

文字数:1200

内容に関するアピール

「自分にだけできない」劣等感・疎外感が人物設定の核です。共同体に溶け込めない自己への懐疑、その原因を求めての「ルーツ探し」を主題としました。「自分の与り知らないところで、他の人々が分かりあっている」ことに恐怖する主人公は、快適に意思疎通できるロボットのほうに親しみを覚えます。テレパシーが一般的な世界では、言語の在り方は大きく異なるほうが自然かもしれません。しかし、短編の長さで読者に伝わりやすいものとするため、「サーバーのドキュメントをヒトが読めるよう、言語維持の動機付けがある」とします。筆者は機械学習や自然言語処理、創作支援の研究者でもありますが、「AIは添えるだけ」としました。ありきたりなロボット像ですが、この世界観では、「ヒトが好むロボット」がそう設計されると考えてのものです。ファンタジーと科学技術が融合した世界観は、『パーンの竜騎士』に衝撃を受けて以来、試みたいと思っていたものです。

文字数:400

課題提出者一覧