パシフィカ

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梗 概

パシフィカ

近未来。ビッグデータを用いた「周辺環境が人間行動に与える影響」の分析と応用が進み、人間に「望ましい」行動を誘発させる〈環境〉(例:〈防犯環境〉)の設計が可能になる。しかし、既存の都市には既存の建築物が多々あるために効果の高い〈環境〉の導入は難しい状況にあった。そんな折、人口島都市国家パシフィカは、本来はハードウェアに相当するの〈環境〉を拡張現実技術等によりソフトウェア側に寄せることで、動的かつ個々人に最適化させた〈環境〉の提供を実現。さらに、AI等によって〈環境〉設計のアルゴリズムは日々進化しており、パシフィカの犯罪率の低さや労働生産性は他国の追随を許さない水準にまで上昇していた。その一方で、「〈環境〉は人間の自由意志を奪う」「真の望ましさとは何か」等の疑問視する意見も根強く残っており、パシフィカ人にのみ見られるとされる文化依存症候群・無気力症候群(自由意志の不在性の自覚が原因とされ、鬱に似た症状を示す)も問題視されていた。その反動から、近年パシフィカでは新鋭の自由意志党(公約:奪われた自由意志の復権)の支持者が急増しており、自由意志党の支持が無気力症候群の寛解に繋がると主張する研究も行われていた。

パシフィカの計算神経学者である「僕」のチームの研究テーマは全脳エミュレーションによる無気力症候群の脳モデル(治療法模索等に使用可能)の作成だった。その脳神経サンプルは無気力症候群の寛解者にして自由意志党の党首ファルシード。彼と会話を交わしていく中で、彼は自由意志の盲信者ではなく、自由意志に以下の二機能があると考えているために党を率いているのだと知る。

  • 自由意志の神性が失われた現代において、(まやかしであっても)自由意志の存在を信じることが人間らしさを維持させる。
  • 〈環境〉の設計者のほとんどが公共機関や企業であり、〈環境〉への過度な依存は彼らの考える「望ましさ」を無警戒に受容することであり、パシフィカ人にとって、自由意志こそ自らを守るための盾となる。

僕は彼の主張を一理あると考えるものの、研究の過程で抽出した彼の記憶から、彼が〈自由意志党支持環境〉を不正に作成・展開していたことに気がついてしまう(〈環境〉の政治利用は民主主義に背くとして法律で禁止されていた)。心地よい幻か、理想的国民性か。その選択は僕の手に委ねられるも、ふと気づいてしまう。自由意志が奪われたとの主張が正しいのなら、ファルシードの「自由意志復権の望み」はどうして彼自身の意志だといえるのだろうか。僕は不正の証拠を当局に提出し、自由意志党を失墜させる道を選択する。だが、その選択が果たして自分の意志によるものだったのか、はたまたパシフィカという広義の〈環境〉が(〈環境〉の効果を弱めようとする)自由意志党を排斥させるべく僕を操ったためのものだったのか、それは僕自身にも分からなかった。

文字数:1184

内容に関するアピール

「特徴のアピール」が今回の課題ではありますが、瀧本無知には作風・専門分野等において他の追随を許さないというものはなく、突出した要素のあるスペシャリスト的小説を書くことはできません。ですが、専門外の分野について触れる機会と意欲は同年代平均値は上回っているはずなので、複数分野を跨いでの組み合わせで個性を創発するジェネラリスト的な小説を書くことに重きを置いています。

今作の設定構築の際にも複数分野の文献を参考にしました。単体ではSF的に真新しい技術はありませんが、蓋然性の低くなさそうな技術に社会的・文化的要素を交えることで独自性を体現したつもりではいます。人間行動に影響する技術〈環境〉をベースに(それにより損なわれ得る)自由意志の実在性およびそれに対する人間の捉え方の両輪から物語のベクトルを定めました。「(主人公の)選択」における緊張感や気味悪さを味わってもらえるような作品にしたいです。

文字数:395

課題提出者一覧