梗 概
こっくりさんとエイリアンさん
知的生命体の住む星を探していた思念生命体の調査隊が乗る宇宙船は、アンドロメダ銀河をさまよう中で遂に地球を発見した。さっそくコンタクトを試みることになったものの、長旅で疲れていた彼らには、地球の言語に加えて通信機械までも解析するほどの気力はあまり残っていない。もう少し楽に済ませられないかと望遠鏡を覗いていた彼らは、あらかじめ用意された文字の表だけで意思疎通が出来、機械の解析もしないで済むというお手軽な方法を発見した。
おあつらえ向きと調査隊の一員であるロッパが使者として派遣された先は、日本の小学生数人が今まさに放課後の空き教室で始めようとしていたこっくりさんの十円玉。
これに激怒したのが、本来十円玉にやってくるはずだったこっくりさんだった。
かれこれ下積み百年超、日本の知名度を広げ最近では海外の日本人学校でも行われるようになり、いよいよグローバルに売り出そうとした矢先のことである。横入りされたこっくりさんは、必ずかの無礼千万なよそ者を除かねばならぬと決意し現場へと向かう。
うなるラップ音。荒ぶる十円玉。狐と宇宙人の攻防の中、通報をうけた超常現象の研究所は小学生ごと十円玉を保護するが手に負えず、提携するアメリカの研究所に送る。追撃の手を緩めぬこっくりさんは、舎弟のエンゼルさんを引き連れアメリカに行く。ますます暴れる十円玉。更には挨拶なく縄張りを荒らされたと、こっくりさんの大先輩・ウィジャボードの霊たちも参戦。ポルターガイスト現象が加わり研究所は壊滅的な被害を受ける。
いよいよ十円玉も壊れるかと思われた矢先、宇宙船の仲間たちが駆け付け、ロッパの宿る十円玉をアブダクションする。しかし怒りの収まらぬこっくりさんも憑いてきたため、思念生命体たちは宇宙船内での戦闘を余儀なくされる。何とかこっくりさんを撃退したロッパたち。だが、こっくりさんを助けに来たエンゼルさんの放った矢がロッパを貫き、そのまま宇宙船から落ちてしまう。救出に向かう余裕もない調査隊の面々は、必ずロッパを助けに行くこと、次こそは狐を刺激せず人間に対して平和的なコンタクトを試みることを誓い撤退する。
地球人社会において、件の騒ぎは公にされていない。最初の地球外生命体とのコンタクトはなかったこととされていた。それでも謎の被害を受けた研究所や、小学校の目撃者など口から、少しだけ形を変えた噂として話は少しずつ広まっている。
宇宙船から落ちて行ったロッパの行方も存在も、地球人は誰も知らない。だが、最近はこっくりさんの亜種がとある地域の子供たちの間で流行っているという。それはこんな風に始めるそうだ。
「エイリアンさんエイリアンさん、いらっしゃいましたらおいでください」
宇宙人の幽霊が、十円玉に宿って返事をしてくれるらしい。商売敵が増えたとこっくりさんはやや不満そうだが、横入りではなく正当な土俵の上での勝負ならば怒ることもないそうだ。
文字数:1200
内容に関するアピール
歯を磨きながらこっくりさんについて考えていた時、「降霊術ではなく宇宙人からのメッセージを受け取っていたら面白そう」と思ったのが出発点です。
思念生命体のロッパたちは、他の生き物への干渉や物を動かすときなど、必要に応じて「入れ物」に入り物理的な活動を行います。デフォルトは地球上でいう蜘蛛のような形状をした八本足のロボットのような体ですが、今回の宇宙船での調査に当たり色々な型を用意しており、ロッパはローラーのついた四本腕の体がお気に入りという設定です。
実作では実際のオカルト史を踏まえつつ、思念生命体のロッパとこっくりさんを始めとする霊たちとの化け物退治のような闘いの描写と、それに巻き込まれる地球の人間たちが目の当たりにする超常現象の描写を、真剣かつコミカルに書き分けられるよう頑張ります。
文字数:345
こっくりさんとエイリアンさん
その星を映したレーダーが「反応アリ」の表示を示した時、船内には草臥れた力ない歓声が沸き上がった。
いや、本当は手放しで喜びたかった。長い間宇宙をさまよう中で、遂に発見した知的生命体の棲む星である。
調査隊の誰もが、本当は踊り出したいほど嬉しかった。だが、実際に飛び跳ねて喜んだ者は一人もいなかった。
彼らの本体である思念体ではなく、物理活動のための入れ物に入っているため身体が重かったせいではない。
ただ単に、ものすごく疲れていた。
故郷を離れ、銀河から銀河を渡り歩き、そろそろ帰りの燃料のことを考えて帰還を検討しなければならないと少しずつ思い始めていた矢先のことだった。この銀河に入って遂に見つけた、希望の星。
正直行って、ここまで来るのに燃料だけでなく気力も相当使い果たしていた。
だから気持ちとしては年に一度故郷で開かれる、首長がランダムで飛ばす思念くじに当選した位には喜んでいたものの、彼らに辛うじてできたのは溜め息と練り混ぜて薄く引き伸ばした程度の歓声を上げて、入れ物ごと船内で倒れ込むことだけであった。
気の遠くなるような宇宙の旅。無事に探していた星を見つけ、これにて完結。
早く帰って故郷の星をのびのびと思念体で飛び回りたい。睡眠時以外は入れ物に入ったままの生活は窮屈なのだ。
だが、残念ながら話はここで終わらなかった。
知的生命体の活動する星を見つけたという調査隊の報告に、元気な歓声を上げて喜んだ本星の司令部はこう返した。
――――よくやった。直ちに現地の生命体とコンタクトを取り給え。
メッセージを見た調査隊一同、揃って宇宙船の天井を仰いだ。
いや、理屈としては理解できた。元々知的生命体との交流を求めて出発した旅だ。帰りの燃料のことを心配し始める位に、時間も距離もかけている。ならば一度戻るよりも一休みするよりも先に、さっさと現地の生命体に挨拶して、次に来たときの交渉の約束を取り付けた方が効率は良い。事情は痛いほどよくわかる。何といったって、船内で燃料や物資を管理し、心配していた当事者たちだ。
だが、それでも出来れば一休みしたかった。星を発見して安堵したと同時に、何だか疲れもどっと来ていた。
仕方ないけど。事情はその通りなんだけども。
ぼやきながらも渋々重い「入れ物」の体を上げ、まずはコンタクトに必要な情報を収集しようとした調査隊たちはしかし、意思疎通に必要な言語の数を知ってまた天を仰いだ。
――――何でこんなに言語があるのだ。
調べてみると、現地の生き物たちは皆物理活動しか行わないようだった。当の星を占拠する知的生命体も、音声や身振りでのコミュニケーションが主であり、しかもそのための言語がまた無数に分かれているという。思念生命体である自分たちは、星の環境を調べるために音を理解することはできても、自ら音を出すという習慣がない。身振りが出来そうなものも物理活動をする「入れ物」しかないが、調査のために用意したどのデザインもこの星のコミュニケーションには適していない。
これだから思念で会話できない生き物は。一斉に毒づきそうになるがぐっと堪えた。我らは平和の使節団、と唱える思念が、船内のあちこちから流れていく。
この無数の言語たちから一つを選んで解析し、更にはコミュニケーションを取るための手段を模索しなければならないのだ。調査隊たちは「入れ物」には無い頭を抱えた。
気力のまだある彼らならば、冷静に一番使用されている言語を調べ、併せてあちらの通信機械を解析し、確実にメッセージを送ることを考えたはずだった。
だが、この時の調査隊は皆疲れていた。
疲れ果てていた彼らは、少しでも楽をしたかった。
もう少しだけ楽に済ませる手段は無いかと、粘る気持ちで望遠鏡を覗いていた彼らは、ふととある座標でレンズの向きを固定した。
おあつらえ向きの手段が、そこにはあった。
どうやら、あらかじめ用意された文字の表だけで意思疎通が出来るらしい。
付属の小型の入れ物に入り、表の上の文字を選べば、こちらの話は伝わるのだ。
機械の解析をしなくていい! これだけでも疲れた彼らには採用しない理由がなかった。さっそく座標先の言語を解析し、誰を使者として派遣するかの話し合いが行われた。
その結果、ロッパという船員が選ばれた。遂に探していた星を見つけたと、先ほど仮眠室で休んでいたのを叩き起こされたばかりの若者だ。
直前まで休んでいたので、比較的皆よりは元気だろうというのが主な理由だった。たまたま交代での仮眠の途中だったというのに、実にタイミングの悪い青年である。
デフォルトの八本脚の「入れ物」ではなく、いつものお気に入りのローラー付四本足の「入れ物」から抜け出たロッパは、謹んでその任命を受けた。
解析の終わった言語データを思念にインストールし、思念体を送るための装置に腰かける。数回のカウントの後、ロッパの思念体は惑星に向けて発射された。
目指すは知的生命体の棲む惑星。機械を使わない、お手軽手段の小さな入れ物。
さっさと話をつけてさっさと帰るため、ロッパは気合を入れて向かっていった。
◆◇◆◇◆
放課後の教室は静かだった。
校庭でサッカーをしている子供たちの声は校舎の壁と廊下に遮られ、どこか遠い場所の出来事のように聞こえる。
他に誰もいないのに、締め切った教室の隅で集まっていた四年二組の生徒五名は、目の前で起こっている現象に息を呑んでいた。
指を置いた十円玉が、勝手に動き始めたのだ。
川で見かけるアメンボみたいにすい、すい、と紙の上を滑る十円玉に目を見開いて、本当にきた、と一人が押し殺した悲鳴を上げた。
だが、十円玉はいつまで経っても紙の上、鳥居の絵の横に書かれた『はい』の文字の方に辿り着かなかった。
どうにもおかしい。自分たちは本で読んだ通りにやったのに。
間違ったやり方で進めるとタタリが起きるから、ちゃんとお作法通りに文字と鳥居の紙も用意して、こっそり持ってきた油揚げだってお皿の上に置いて、「いらっしゃいましたら『はい』とおこたえください」と、そう唱えたのだ。
なのに、確かに自分たちじゃない何かが十円玉を動かしているはずなのに、全然『はい』って言ってくれない。
「……こっくりさん……ですよね?」
うろうろ、うろうろとさまよう十円玉に痺れを切らした一人が、横の生徒が止めるのも聞かずに囁くように問いかけると、それまでどこに行けばいいのか分からない、という動きをしていた十円玉がようやく真っ直ぐに文字を目指して進み始めた。
――――『いいえ』
『はい』の文字を通り過ぎ、鳥居を挟んで反対側で止まった十円玉に、再び小さな悲鳴が上がる。
「じゃあ、どちらさまですか」
ひたりと互いの身を寄せながら、さきほどよりも勇気も声も絞り出して尋ねる小学生たちは知らなかった。
十円玉の中、辿り着いたロッパが、地球人とのファーストコンタクトを目の前にして、さてどう切り出せばいいのだろうと悩んでいることを。
解析も要らない楽な通信手段だと聞いて気楽に平らな円盤に入り込んだのに、どうにも様子がおかしいと困惑していることを。
映像で見たこの星の知的生命体、人間と比べると何だか小さい相手だし、そもそもあまり歓迎されている気配がない。思っていたのと違う奴がきた、と思われている気配がする。おまけに妙に怯えられている。とりあえず違うと返してしまったが、そもそもこっくりさんって誰だろう。
ひとまずは問われた質問に返そうと、インストールした言語データを早速駆使して、ロッパは十円玉を動かし始めた。
いきなり故郷の星の名前を言ったところで、彼らには分からないかもしれない。何と名乗れば分かりやすいだろうか。
――――『わ』『た』『し』『は』
固唾を飲んで見つめる十の眼に囲まれて、いささか動きづらさを感じながらもロッパは文字をなぞった。
――――『エ』『イ』『リ』『ア』『ン』『で』『す』
一通り動かしおえたロッパは、少しばかりの達成感を覚えながら相手を見上げて固まった。
全五名の小学生たちが、ものすごく不審な目で十円玉を見つめていた。
予期せぬ来訪者に小学生たちが困惑し、手探りの交渉への予想外の反応にロッパもまた困惑している中、その様子を遠くから見つめる者がいた。
こっくりさんである。
こっくりさんは激怒していた。
当然である。恭しく迎えられ、どれ久々に人間どもの相手をしてやるかと重い腰を上げたところ、何と自分が訪れるよりも先に、何の断りもなく十円玉に入り込んだ輩がいるのだ。
かれこれ下積み百年超、二十年ほど前の大ブレイクの際にはいささかやりすぎて人間界での禁止令が出てしまったが、それでも名を変え手を変えてあちこちから呼ばれ続け、最近では再び正規の方法で声をかけられるまでに復活した。加えてここ数年はバブルとやらの影響で、海外の日本人学校に呼び出されることも増えていた。そろそろ全国区を超えて、グローバルに売り出すことも吝かではないと考え始めている。このところは来たるノストラダムスの大予言について教えてくれなどと畑違いのこともよく尋ねられた。霊媒師でもない人間の話など、こっくりさんとしては正直知ったことではない。とはいえ悪い気はしないし、適当に滅びると答えて怯えた人間どもを見るのはそれなりに気分が良い。
人間ども、特に子供らの敬意を受け、時に大人たちに警戒されながらも、適度に相手をしてやり、適度に祟る。マスメディアにだって何度も紹介されている。
要するに、そんじょそこらの低級な霊どもとは格も知名度も違う、と自負していた。
にも関わらず、どこの馬の骨とも分からないどころか、地球の外から来た奴に横入りをされたのだ。
何という侮辱。何という不敬。
怒りに燃えるこっくりさんは、必ず、かの無礼千万なよそ者を除かねばならぬと決意した。
そうと決まれば話は早い。村を出て野を超え山を越えることもなく、こっくりさんは件の教室へとひとっ飛び、手始めにラップ音を一つ鳴らして、相手が怯んだ隙に十円玉の主導権を奪うことを試みた。猫だましならぬ、狐だましである。厳密にいえば狐ばかりのこっくりさんではないのだが、そこはそれ。今はこの憎きよそ者を下すため、人間どもが勝手に関係を疑っている稲荷の神にでもあやかりたい。
相手の目論見通りに驚いたロッパの方はというと、それでも十円玉から離れることはしなかった。突如爆音を鳴らして現れた獣の霊に襲い掛かられ、咄嗟に十円玉にしがみ付いたからだ。返せ、返せと十円玉ごと引っ張られるが、ここで手放せばこの獣に何をされるか分かったものではない。それにこちらは調査隊皆の期待を背負ってここにいるのだ。故郷の星の景色を胸に、何としてでも手放すまいと己を一つ鼓舞すると、ロッパは負けじと十円玉を引っ張り返した。
何も知らない小学生たちの指の下では、十円玉が激しく振動していた。
時は二十世紀末。携帯電話やPHSが普及するのはもう少しだけ先のこの時に、時代を先取りした銅貨が携帯のバイブレーションの如く震えている。あまりにも激しく震えているため、製造日の「平成九年」の文字は四番バッター以外の肉眼ではとうに読めなくなっていた。このまま震え続けていたら摩擦で紙が破けるかもしれない。
哀れな小学生たちは戸惑いながらも、この場合は指を離して良いものかと、互いと十円玉を何度も見ることしかできなかった。
事前に調べた本には、こっくりさんにきちんと帰ってもらうまで参加者は十円玉から指を離してはいけない決まりだと書いてあった。だが、今この十円玉に宿るのは明らかにこっくりさんではない何かだ。宇宙人と名乗られた時には誰かがふざけているのかと思ったけど、それにしては様子がおかしい。おまけに先ほどから妙にぶるぶると震えている。十円玉の震えにつられたわけではないけれど、何だか妙に肌寒い。
何より、先ほどから木の板が破裂するような音が、空き教室に何度も何度も響いている。
爆音でラップ音を鳴らし続けていたこっくりさんは、いつまで経っても主導権をこちらに渡さぬ相手に更に怒りを募らせた。ポッと出のよそ者が横入りの上、先達に怒られても席を譲らぬとは生意気にも程がある。
対するロッパはというと、訳も分からず怒り散らす獣への恐怖で故郷の誇りも早々に忘れかけ、とにかくこの場をやり過ごさねばと必死だった。このまま思念体で脱出したら、嚙み殺されるに違いない。相手は自分と同じ、物理活動を行わない精神体の持ち主だ。物理の獣なら噛まれたところで問題ないが、思念体が傷つけられたらと思うとゾッとした。そもそも何なんだこの獣は。二本足の生き物がこの星を占拠する知的生命体なんじゃなかったのか。
振動していた十円玉は、更に力強く引っ張り合う狐と宇宙人のせいで徐々にその動きを大きくしていた。
こっくりさんが奪い返そうと力を籠めれば、十円玉は鳥居を挟んで右の『いいえ』の方へ。
籠城を破らせまいと対するロッパが引き返せば、十円玉は鳥居を超えて左の『はい』の方へ。
今度は左、右と『はい』『いいえ』を行ったり来たりし始めた十円玉を追って、困惑する小学生たちの顔も左、右、左、右。
反復横跳びする十円玉の動きはどんどん激しくなっていく。『はい』『いいえ』を通り過ぎた十円玉は、そろそろ画用紙から飛び出そうだ。
いよいよおかしいと半べそをかき始めた子供たちは、十円玉から指を離すタイミングを完全に失っていた。こんな動きをするもの相手に勝手に止めてしまったら、一体どんな目に合うか分からない。爆音で響くラップ音に頭が割れそうだ。
十円玉を奪い合うロッパたちは、気の毒な小学生どころではなかった。次第に強くなる互いの力に、負けじと兎に角引っ張り返す。指の動きに合わせて往復していた小学生の顔は、次第にその動きを上半身にまで広げていき、とうとう勢い余って床へと倒れ込んだ。今度こそ大声で響いた叫び声と共に、五人分の人差し指が離れていく。
子供たちの手を振り切った十円玉は、机の上も飛び出し空中で暴れ始めた。
必死に逃げようとするロッパ入りの十円玉を逃がすまいと、今度はこっくりさんがしがみつく。荒ぶる銅貨が四方を飛ぶ。ジグザグに進んだ十円玉が、壁に貼られた習字の半紙をぶち破った。切り裂かれた「青空」の二字がむなしく宙を舞う。
しぶとい奴めと牙を剝く、こっくりさんのドスの効いた唸り声にロッパも半べそをかきたくなってきた。何で自分はこんな目に合っているんだろう。機械の解析も要らない、簡単な交渉のはずじゃなかったのか。
床に倒れ込んだままの小学生が平成九年製の銅貨を見上げる中、叫び声を聞いた見回りの先生が空き教室の扉を開けた。
夕日の差し込む廊下に、突如響き渡るラップ音。爆音に顔をしかめた先生は、それでも教室の隅で怯える四年二組の生徒五名と、空飛ぶ十円玉を見て通報した。
通報したが、中々専門家は見つからなかった。
まず初めに消防署に掛けてみた。火事ですか、救急ですかと聞かれてどちらとも答えらえず、先生は間違い電話ですと平謝りをして電話を切るしかなかった。
次に蜂の駆除業者に掛けてみた。熊蜂の如く暴れ回る十円玉を捕まえられないかと答えたところ、はぁと不審そうな声を一つ出された挙句、うちは生き物の蜂専門なんで他を当たってくださいと言われて切られてしまった。いたずら電話だと思われたらしい。
さてどうすれば、と途方に暮れかけた先生が受話器を置いた瞬間、廊下にけたたましい着信音が鳴り響いた。
咄嗟に出てしまった先生が何か言うよりも早く、電話の相手は皺枯れ声で話し始めた。
「お宅で今、超常現象が起きているんじゃあないですか」
通常ならばこれこそいたずら電話だと切ってしまう会話に、他に当てもない先生がついラップ音がして十円玉が暴れています、と答えると、相手はそうでしょうそうでしょうと頷いた。
うちは超常現象専門の研究所でしてね。困っているならお力になりますよ。なぁに、ご安心くださいよ。私はこの道のプロでございますからね。
胡散臭いことこの上ない電話ではあったものの、背に腹は代えられない。他に縋れる藁など何も思いつかなかった先生は、仕方なくこの怪しい研究所の職員を名乗る相手に学校の所在地を教えた。
現れた老先生の対応は確かに手慣れたものだった。変わらずに飛び回る十円玉に怯える子供たち、そして机の上の五十音表の書かれた紙を一瞥すると、フンと鼻を一つ鳴らしてジュラルミンケースの蓋を開く。
そして待ち構えていた十円玉が自分の方に飛んできた瞬間、老先生は懐から取り出した塩の袋を宙にぶちまけた。
塩の直撃したこっくりさんは、獣の叫び声をひとつあげると、十円玉を追いかけるのを止め遠くへと飛んでいった。
普段ならば、人間どもの考えるほど塩など痛くも痒くもない。だが、いきなり何の前触れもなく顔面にぶつけられるのはさすがのこっくりさんにも堪えた。
それが見えている訳ではないだろう老先生はこっくりさんの反応など気にも留めず、勢い余った十円玉が飛び込んできた瞬間にジュラルミンケースの蓋を閉める。
「こういう物事はスピード勝負なんですわ」
パチリパチリとよどみなくケースにロックをかけて十円玉をしまうと、そのまま掛け声をと共に立ち上がった。
「こういうのは近くにあっちゃ余計に祟られる。一番良いのはこっくりさんから遠ざけることですな。私の知り合いにアメリカで超常現象の研究をやっている先生がいるから、そこに送りましょう」
そう語りながらケースを小脇に抱えた老先生は、まだ涙目の小学生たちに滾々と気軽にこういうことをやっちゃあいかんと説教をしてから教室を立ち去った。
――――助かった、助かった、助かった!
飛行機でアメリカへと向かう道、ジュラルミンケースにしまわれた十円玉の中でロッパは一人小躍りした。
どうやらあのしわくちゃの人間のお陰で、やたらと自分を追いかけ回していた怖い思念体の獣は離れてくれたらしい。ジュラルミンケースの中は安泰だった。
このままどこに連れて行かれるのかは分からないが、少なくともあんな恐ろしい目に合うことはないだろう。それにあの不審な目で見てくる小さい人間たちよりも、大きい人間たちとの方が交渉もしやすそうだ。
一時はどうなるかと思ったが、これならばさっさと使命を果たして宇宙船に戻れるかもしれない。
ロッパは自分の折れかけていた思念体の核が、再び立ち直るのを感じていた。
アメリカの研究所に辿り着くまでの間に、仮眠と洒落こむ余裕まででてきた。
頑丈な壁に無数の装置が置かれた部屋に連れて行かれ、さて交渉をと十円玉ごと身を乗り出す。
だが、ジュラルミンケースから出された瞬間、聞き覚えのある破裂音にロッパは思わず思念体を竦めた。
まさか、と思う間もなく引き剥がされそうになり、慌てて十円玉にしがみ付く。
恐る恐る振り向けば、先ほどの何倍も怒りで膨れ上がった獣の霊。
日本の研究所に籠ってばかりの老先生は知らなかった。最近のこっくりさんは、海外の日本人学校に呼び出されることも珍しくないのだ。グローバル化を考える位だ、アメリカに行くなんて簡単である。
例え十円玉が海を越えたところで、怒りの収まらぬこっくりさんが追いかけて来るのならば、距離は全く関係ない。
震えるロッパが見つめる狐のその後ろには、すこし面倒臭そうな顔をした新しい霊がいた。地球人の幼体を更に縮めたような身体の背中に翼を生やし、ハートのついた弓矢を構えている。
エンゼルさんである。
二十年前の空前のブームの後、こっくりさん禁止令を搔い潜り呼ばれたものたちの一人だった。基本的にはこっくりさんの出張窓口として働いていた彼らだが、中には呼ばれる回数が多いためそれなりに力を持つようになり、暖簾分けをしたものもいる。エンゼルさんはその筆頭だった。それ故こっくりさんには舎弟のように扱われ、あれやこれやと世話を焼かされることも多いのが彼の悩みだ。今回も横入りをしたよそ者をこのままにはしておけぬ、何としても懲らしめてやると憤るこっくりさんに半ば引き摺られるように渡米までしてしまった。エンゼルさん、初めての海外出張だ。
そんな事情など露知らぬロッパは、追手が増えたと震えあがると、慌てて研究所職員の手から飛び出した。
十円玉の気配を辿り、ようやく見つけた相手を逃がすものかと跳びつくこっくりさん。
海を越えた研究所の室内で、十円玉の取り合いの第二ラウンドのゴングが鳴った。
ジュラルミンケースを運んでいた研究所の職員が慌てて捕まえようとするが、急に方向転換をした十円玉が額を弾いて昏倒した。研究所の機械を守る頑丈なケースに、飛び回る十円玉が何度もぶつかる。他の職員も十円玉を取り押さえようとするものの、高速で暴れる直径二十三・五ミリメートルの金属片は最早近づくのも危険なレベルだ。
戦いを見守っていたエンゼルさんは、お前も働けとこっくりさんに怒鳴られた。仕方なしに放った矢は霊体だったので十円玉を通り抜ける。そのままその辺りを漂っていた浮遊霊に命中し、流れ矢を受けた霊は小さな鳴き声を上げてから霧散した。
これに激怒したのが、アメリカの幽霊たちである。
そもそもこっくりさんの由来は彼らにある。アメリカで流行っていたターニング・テーブルやウィジャボードなどの交霊術が鎖国の解かれた後の日本に入り、ローカライズされた結果がこっくりさんなのだ。言わば後輩や子孫にあたる存在である。それが大先輩、大先祖である自分たちに何の断りもなく縄張りへ乗り込み暴れ回るだけでは飽き足らず、現地の浮遊霊を傷付けたのだ。
何たる無礼。何たる狼藉。
これは国際問題である。
怒りに燃える全米幽霊協会により、直ちに実力部隊が研究所へと送り込まれた。研究所に置かれていたペンやボードが浮き上がると、抗議の意思を示すためとこっくりさんと十円玉目掛けて突撃した。ポルターガイスト現象である。
頭に血が上ったこっくりさんはそれどころではない。十円玉に居座り逃げ回るよそ者を引っぺがして懲らしめるのに必死だった。
おのれ、ちょこまかと小賢しい。
怒りで視界が狭まっているため、ポルターガイストの抗議など気にも留めずに、十円玉を捕らえては主導権を奪おうと何度も引っ張る。
対するロッパは物理的な攻撃が増えたことに困惑し、更に激しく逃げ回った――――追手がまた増えるなんて聞いていない! 時折こっくりさんに捕まりかけるが、引っ張り返してはまた振り切ろうと宙を飛ぶ。
エンゼルさんは弓矢を使うことは諦めて、目の前を十円玉が通り過ぎた時だけ両手を動かし、辛うじて働いているアピールをしている。
全米幽霊協会の幽霊たちはというと、こちらの抗議など意にも解さぬ無礼者どもに痺れを切らした結果、ポルターガイストの出力を数段階上げていた。それまで十円玉やらペンやらボードやらが飛んできては衝突していた研究所の装置たちが、保護ケースごと浮き上がる。
そのうちの一つが勢い余って天井にぶつかり、壊れたスプリンクラーの水が研究室に降り注いだ。
残りの云十キロもの機械たちも、重量を感じさせぬ動きで十円玉とこっくりさん目掛けて突撃しては、研究所の壁に次々とめり込んでいく。
荒れ狂う研究室の職員たちは、予算数百万を超える機械たちが自ら壁に突っ込み、水浸しになっていくのを呆然と見つめていた。
散々全速力で追いかけ回され、右に左に引っ張られ、重い機械にまで襲われて、ロッパの体力はいよいよ限界を迎えつつあった。
そもそもが超過労働の果ての惑星発見だったのだ。この星を見つけた時点で、自分たちは既に疲れ果てていた。そこに加えて、何だか妙に歓迎されないわ、怒り散らす狐に追いかけ回されるわ、挙句に物理活動でも攻撃されるわで、散々な目に合ってきたのだ。むしろよく今まで必死に逃げ回っていたと、生きて帰れたら絶対に自分を誉めたい。
さっとコンタクトを取り、さっと帰るはずの、お手軽手段のはずだったのに。
嘆いても状況は一向に良くならない。
それどころか更に悪いことに、ロッパが籠城を決め込む十円玉も限界を迎え始めていた。
繰り返し強い力を加えられ、機械に何度もぶつかっている銅貨は既に歪み始めていた。「平成九年」の文字も削れてしまい、四番バッターがこの場にいても最早読めない状態だ。
このままでは入れ物が壊れてしまう。
十円玉が割れて追い出されれば、自分はもうおしまいだ。
少しでも時間を稼ごうと、ロッパは十円玉になるべく負荷をかけない形で逃げ回ろうとした。だが、その隙を逃すまいと喰らいつくこっくりさんを前にすぐに諦める。
こうなったら瞬間の勝負である。この銅貨が割れた瞬間に力を振り絞り、こっくりさんが思念体の自分を捕まえるよりも早く研究所を逃げ出すより他にない。
この十円玉が、あとどれだけ保つのかは分からない。
それでもやるしかあるまいと、諦め半分、覚悟半分でロッパが腹を固めた、その時だった。
その瞬間、呆然と座り込んでいた研究所の職員たちは、天からスポットライトが降るのを目撃した。
暴れ回った機械のお陰でめり込むどころか、穴の空きかけた天井を超えた更に上、いと天高きところからの光に、初めはこれから高額な装置たちの昇天を目撃するのかという考えが頭を過った。
スポットライトは何かを探すようにうろうろと二、三度動き回ると、その証明の大きさを掌よりも小さく絞った。
照明の外では、未だに暴れ回る十円玉、ペン、ボード、そして見る影もない機械たち。
やがてその絞られた照明の下に、主役にしてはやけに慌てた様子で躍り出たのは、ボロボロになりつつあった例の十円玉だった。
異国の硬貨はそのままスポットライトに乗り、真っ直ぐ上へと浮き上がっていく。
そのまま穴の空いた天井を抜けて天へと十円玉が上っていくのを見届けた後、照明が更に小さく絞られていった。
フェードアウトしていく光を見上げた職員の一人が遠くに見たのは、青空に浮かぶ円盤だった。
十円玉ごと宇宙船に吸収されたロッパは、仲間の心配する思念にゆすられて目を覚ました。
自分を連れ去る光に包まれて、いつの間にか気を失ってしまったらしい。
硬貨を囲む仲間の「入れ物」たちが、口々に体調を心配する思念をロッパに送る。
ふと外を見ると、宇宙船の窓の向こうに暗い星の海が見えた。
調査隊の面々に、ようやく取り出す余裕のできた星のデータを参照しながら、狐のような思念体は来ていないかと尋ねると、揃って否と答えが返ってくる。
星から離れた宇宙船。仲間たち。そして狐のいない空間。
疲れた思考ではしばらく飲み込むのに時間のかかった事実に、ロッパは十円玉の中にいるのも忘れて思わず飛び跳ねた。
――――助かった! 今度こそ助かった!
何とか窮地を脱したのだ。全く、生きた心地のしない時間だった。
安堵と共に、すっかり歪んでしまった籠城の相棒からロッパが出ようとしたその時――――
ガタン、と大きくひとつ音がして、宇宙船が突如方向を変えた。
調査隊の面々がパイロットの方を見やると、「入れ物」の両脚を振って自分ではないと主張している。
では自動運転モードの不具合か、と思いモニターを見やるが、ロッパを救出するというイレギュラー対応をしていたばかりのためマニュアルモードのままだ。
調査隊たちが互いの入れ物を見つめ合う中、もう一度ガタン、と音がしてまた宇宙船が方向を変えた。
それと同時に、ロッパにとってはいやという程聞き覚えのある、あの板が破裂するような音が船内に響いた。
――――逃げられると思うたか、莫迦者めが。
人間と違い、思念で告げられたその言葉は、言語解析データがなくとも容易く理解することが出来た。
そのまま二、三度のラップ音と共に、今度は見えない何かを掬うように大きく宇宙船が揺れる。何も身構えていなかった船員数名の入れ物が、勢いよく転がっていった。ひっくり返った先でジタバタとデフォルトの八本脚を動かしてもがくのを横目で見ながら、調査隊の面々は慌てて周囲を見回す。
ロッパが言っていたような獣の思念体は、どこにも見当たらなかった。
まさか、と思い当たったロッパに答えるように、思念の笑い声が船内にこだまする。
――――盥にお猪口、銭に筆。お次は夜空を飛ぶ盆かの。
今でこそ硬貨に五十音表でのやりとりばかりのこっくりさんだが、元は様々な物を用いて呼び出されては人間どもに答えていた。
ならば宇宙人の乗る空飛ぶ円盤だって、とり憑けないはずがないのだ。
これまでと比べると随分と宿る物のサイズ感が違うが、そこは下積み百年超、これまで貯め込んでいた力の賜物か、はたまた怒りの火事場の馬鹿力か。とにかく収まらぬ怒りのままにえいやと乗っ取れたことを良しとしたこっくりさんは、とうとうこの無礼者どもを懲らしめられると、嬉々として宇宙船を振り回し始めた。
ああ、宇宙に文字盤が無いのがもったいない。『ゆ』『る』『さ』『な』『い』という文字を辿れば、人間どもは泣いてこちらに覚えのない罪の赦しを乞うというのに。
けたたましいラップ音に混ざり、こっくりさんの笑い声が響き渡る。めちゃくちゃに動き回る船内は大パニックになった。
操縦席に齧りついたパイロットたちが主導権を奪い返そうと必死にハンドルを動かすものの、すぐにまた反対方向へと引っ張られる。そしてそのお返しと言わんばかりに、今度は縦に横にと振り回される。暴れ回る宇宙船に合わせて転がる調査隊たちの入れ物が、壁にぶつかっては何度も鈍い音を立てた。
――――このままでは、宇宙船も入れ物も破壊されてしまう!
壁に激突した入れ物から抜け出た誰かがあげた、思念の悲鳴が流れてくる。
阿鼻叫喚の地獄絵図に途方に暮れるロッパのすぐ近くで、何かがカランと軽やかな音を立てた。
入れ物にしてはやけに小さな音で転がるものを追いかけて、咄嗟に振り向いた。
視線の先には、この短時間ですっかり見慣れてしまった銅貨。
ロッパがようやく脱ぎ捨てた、そして先ほどまであれほど激しく奪い合っていた、ずいぶんとボロボロになってしまった十円玉が転がっていた。
それを見た瞬間、ロッパに一つの案が浮かんだ。
まずはすぐ近くで同じように途方に暮れていた船員に近づき、声をかける。こっくりさんに気付かれないよう、なるべく小さなボリュームで最低限のことだけ、こっそりとだ。それを数名に繰り返す。
未だ大パニックの船内の半分以上に思念をかけたところで、ロッパは仲間たちに合図を送った。
せーの、で内側から飛びついた思念体たちが、主導権を奪い返そうと宇宙船を思いきり引っ張った。
それまでいくら操縦席で戦っても僅かにしか変わらなかった軌道が、初めてこっくりさんの引っ張る方と反対に動いた。
手のない思念体で手応えを感じたロッパたちは更に一声、力を込めて宇宙船からこっくりさんを引き剝がそうとする。宇宙船は大きく右に動いた。
小癪なとこっくりさんが力を入れ返し、宇宙船は今度は左に大きく移動する。
悲鳴をあげる小学生も、「青空」という習字の張り出しもない宇宙空間で、宇宙船は四方八方に飛び回っていた。
ロッパたちが思念体で抵抗し始めてから、こっくりさんの宇宙船をいたぶる動きは止まっていた。どこまでも生意気なよそ者め。苛立ちで牙を剥くこっくりさんは、主導権を奪わせてなるものかと更に宇宙船に力を込める。
それまで悲鳴を上げるばかりだった残りの船員も、ロッパたちの動きを見て加勢し始めた。
思念生命体たちの引っ張る力が、少しずつこっくりさんの主導権を上回っていく。
無音の宇宙空間では、宇宙船が片側に向かって少しずつ強い力で引っ張られ始めていた。
――――おのれ、おのれ。どこまでも小癪な。
益々怒りを募らせて力を込めるも、多勢に無勢。
とうとう宇宙船から引き剥がされたこっくりさんは、悲鳴のような咆哮をひとつあげると、宇宙空間へと放り出された。
しかし、船内に今度こそ力強く響き渡った歓声は長続きしなかった。
攻防戦を終えた宇宙船に、スペースデブリが迫ってきていた。
通常の軌道ではありえない動きでこちらに向かってくるスペースデブリには、宇宙空間に飛んでいったはずのこっくりさんが乗り移っていた。
散々追いかけ回した挙句、懲らしめることも出来ずに終わるなどこっくりさんの名折れである。
せめて十円玉の横入りをしたあの無礼者の張本人だけでも、ただで帰してなるものか。
狐の執念を乗せたデブリは、そのまま宇宙船へと突撃した。
割れる天井。ひしゃげた船体。
満天の星が輝く、ガラス越しでない宇宙の空は美しい。
操縦席やエンジン部分には被害が無かったものの、壊滅的な被害だった。
船内にいた調査隊たちは、宙に飛びだした何体かの「入れ物」と共に、ロッパが宇宙空間へと放り出されるのを目撃した。
そして、放り出されるその前に、狐の霊がその思念体の端の方を咥えていたのも。
幸か不幸か、ロッパの放り出された先は、狐が放り出された方角とは違うようだった。
今すぐにでも助けに行きたい仲間たちだったが、宇宙船もボロボロ。自分たちも疲労困憊だった。
今の彼らに出来ることは、宇宙船の奥に格納された脱出ポットでひとまず故郷に帰還することしかない。
壊れた宇宙船とデブリ、そして遠くの青い星が更に遠のいていくのを見つめながら、調査隊の面々は姿の見えないロッパに向かって固く誓った。
座標はもう分かった。次は銀河から銀河をさまよう必要もないし、疲れ切った状態でこの星を訪れることもない。
次にこの星に来るときには必ず、使者として戦ってくれた君を助けに行こう。
そして次こそは絶対に、それはもう絶対に、狐の霊を刺激しないで、人間に対して平和的なコンタクトを試みよう。
エンゼルさんはうんざりしていた。
件の渡米の後始末で、散々こっくりさんの尻拭いをさせられたからである。
まず初めに、十円玉が天に召された後さっさとそれを追いかけて飛び出していった先輩のせいで、あの後エンゼルさんはひたすら全米幽霊協会の抗議を一人で聞く羽目になってしまった。そりゃまぁ自分の放った矢が彼らの怒りの大きな原因ではあるけれど、そもそも自分を無理やり引き連れ渡米したのはこっくりさんだ。
内心閉口しながらも、散々幽霊たちの話を聞かされ、どうにかこうにか怒りを宥めて(その時またポルターガイスト現象が起きたので人間は悲鳴を上げていた)、やっとこさ日本に引き上げたところで、今度は宇宙のこっくりさんから思念が飛んできた。
曰く、宇宙空間に投げ出されている。恐らく帰り道は分かるはずだが、流石に疲れて気力が出ない。と言う訳なので、しばらくの間、こっくりさんが呼ばれたら代打をよろしく頼みたい。
怒りに任せて暴れるからこういうことになるんだと、今どきの若者のエンゼルさんとしては正直のところ呆れている。ただ、こっくりさんに成りすまして十円玉に宿る間、いつも呼びだされている時とは異なる人間たちの反応は新鮮で、これは面倒ながらもまぁまぁ楽しかった。
つかの間の代理こっくりさんは、数か月の間続いた。その後の呼び出しは疲れた顔をして戻ってきたこっくりさんが、気が向いた時に出向いている。
自分の先輩は無事に戻って来たものの、先輩の怒りを買ったあの宇宙人の行方は未だに不明のままだった。
一度それとなく(怒りを再燃させないように気を付けて)聞いてみたものの、宇宙空間に放り出してやったの一言だけで、その後奴がどうなったかはエンゼルさんにも分からずじまいだ。
人間界においても、件の騒ぎは公にされていない。宇宙人の来訪は無かったことにされていた。それはアメリカでも同様だと、あの後連絡を取るようになった全米幽霊協会の一人がエンゼルさんに教えてくれた。
それでも謎の被害を受けた研究所や、小学校の目撃者など口から、少しだけ形を変えた噂として、話は少しずつ広まっている。
それとは別の話になるが、加えて近頃うんざりすることがある。
新しい商売敵が現れたのだ。
とある地域の子供たちの間で流行っているという、それはこんな風に始めるそうだ。
「エイリアンさんエイリアンさん、いらっしゃいましたらおいでください」
宇宙人の幽霊が、十円玉に宿って返事をしてくれるらしい。
最近出番の少ないエンゼルさんとしては、今度こそ件の大先輩に追い出してほしいと思わないでもない。
だが、当のこっくりさんはやや不満そうではあるものの、特に手出しをする気配がなかった。
横入りではなく正当な土俵の上での勝負ならば、怒る理由がないのだという。
<参考文献>
『妖怪玄談』井上円了/監修:竹村牧男(2011)
『<こっくりさん>と<千里眼>・増補版 日本近代と心理学』一柳廣孝(2021)
『コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生』岡本和明/辻堂真理(2017)
『うしろの百太郎』つのだじろう・週刊少年マガジンコミックス
文字数:14946