トリ・トレ・トリダカ放送局っ 

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梗 概

トリ・トレ・トリダカ放送局っ 

AI搭載鳥型カメラロボット「Pitaピータ」が普及する社会。鳥を模し両目がレンズになっている。撮影した映像にはPitaが自動で判断し映像に最適なテロップやBGM、翻訳の加工処理もしてくれる。Pitaによって人々はいとも簡単に高品質な動画コンテンツを制作することが可能となった。

35歳独身男性ワタヌキは中堅放送事業会社「トリダカ放送局」に勤めるうだつの上がらない番組ディレクター。大手やベンチャー企業では最新型Pitaによる鮮度の高い動画のネット配信が盛り上がっているのに対し、予算はなく承認プロセスも多い地上波放送の自局はネタが手に入るのも遅く視聴率は低迷。所有するPitaも旧型ばかり。スピードは速いが小型で画質の粗いツバメ型、水中耐性はあるが飛べないペンギン型や、音質は良いけどすぐカメラが止まるカナリヤ型など、一部機能に特化しているがそれ以外はポンコツな奴らの寄せ集めだが、ワタヌキと幾多の番組を共に作った最高のチームだ。このまま視聴率が低迷すれば広告もつかず経営も厳しい。そうすればこいつらとも一緒に働けなくなってしまう。

ある日、ワタヌキが手掛ける30分の生放送番組が来月で打ち切りになると上司から告げられる。落胆する彼をよそに何も知らないPitaたちは「ワタヌキはたらけ」と言いながらいつものようにペタペタと持ち場に着きカメラをオンにする。

放送開始から5分、事件は起きた。「雷鳥サンダーバード」と名乗り放電する大量の鳥型ロボットが、東京都内のネット基地局の塔に跨り一部のネット回線をジャック。爆破予告のフェイク映像を放映しネット閲覧者を混乱させる。局内も動揺するが、ワタヌキは自分の生放送で雷鳥の状況を生中継すると決断。「現場は僕らの仕事だね!」とPitaたちは放送局の外へ飛び立つ。ブースに残ったワタヌキは、Pitaたちが送信してくる中継映像をモニター画面で見比べながら、スイッチャーとテロップ、ナレーション指示を出して番組をつなぐ。放送開始15分経過。各基地局前に辿りついたPitaたちは雷鳥と対峙して戦い破壊する。その映像も配信し続ける。警察がブースに乗り込んでくる。雷鳥を操る犯人を特定したという。ワタヌキはPitaたちに犯人の情報を共有し見つけ出すよう命じる。番組終了まであと10分。番組内で犯人を捕らえ事件を解決してやろうと鼓舞すると「視聴率とれたら僕たちバージョンアップさせてよねん!」とPitaたちは空高く飛翔し全国各地を旋回する。番組終了5分前。このままだと放送事故だとブースで怒号が飛び交うがワタヌキは動じない。ついに身を隠す犯人を見つけたPitaたちはV字編隊を成して全速力で降下。逃げる犯人の背中を鉤爪で捕え、犯人の身体の至るところを嘴で突き身動きを取れなくすると、最後に鉄くずの糞をお見舞いしてやった。

ワタヌキの生中継は高視聴率を獲得。事件勃発から解決まで一挙生中継!と全国に報じられ番組はなんとか存続。前よりちょっとツヤピカになったPitaたちは「ワタヌキはたらけ」と言いながら今日もペタペタと持ち場に着きカメラをオンにする。

文字数:1288

内容に関するアピール

生中継×野鳥のドタバタSFです。

学生時代、某テレビ局でスポーツ番組の生中継のバイトをしていたり、今も仕事でネット配信に携わる機会があるのですが、
なんでそんな・・・もう・・・ってくらい慌ただしく、「スピード感がある」という課題を見た時、自然と生中継の現場の様子を思い起こして手汗がすごくなりました。

実作では、そうした自分の過去の経験をもとに生中継の臨場感を描き出したいと思います。

文字数:189

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トリ・トレ・トリダカ放送局

#1
 電柱を見上げていた。
 夕暮れ時の黄色い空を裂くように、三本の平行線がどこまでも走っている。
 そのうちの一本に、スズメが留まっていた。ロボットじゃない。本物のスズメだ。嘴に自分の全長より大きな〝何か〟を咥えている。そのせいでバランスが取れないのか、身体がふらふらと左右に揺れていた。
 わたしはなぜか中学時代のセーラー服を身に着け、口をあんぐり開けてその様子を見ていた。
 スズメはついに重さに耐えきれなくなったのか、嘴から〝何か〟を離してしまった。〝何か〟はまっすぐわたしの口の中に落ちてきた。
「スズメからのプレゼントだ!」
 と思い、嬉しくて口の中で転がしてみる。臭くてチクチクしたので、すぐに地面に吐き出した。〝何か〟はバッタの死骸だった。しかもまだちょっと生きてる。わたしの唾液にまみれてもがいている。
 嫌悪感が込み上げてきて、わたしはぺっぺと何度も地面に唾を吐いた。そしたらそれが、自分の頬に落ちて・・・きた。
 わたしは自分の唾の冷たさで、目が覚めた。
「うわっ、冷た! くさっ!?」
 いつもの仮眠室のソファだった。飛び起きた拍子に腹にかけていたタオルケットが床に落ちる。拾い上げると、その下に目覚まし時計が転がっていた。上板と下板がぱっくりと分かれ、中からいくつもの歯車がぶわりとこぼれ出ている。液晶画面にはヒビが入って瀕死の状態。あーあ。これで壊すの何台めだろう。
 うなだれていると、いきなり後頭部をひっぱたかれた。
「ワタヌキ、起きろ! ワタヌキ、起きろ!」
 甲高いその声。振り返らずとも相手は誰かわかっている。鳥型カメラロボットPiitaピータのコウテイペンギンモデル、製造番号0877、通称ばななだ。
「ねえ、ばなな。わたしどうやって寝てた?」
 振り返ると、ばななはわたしの頭を再度ひっぱたこうと振り上げた手羽先をぴたりと止めた。体長一メートル。つるんと丸みを帯びた愛らしい体型で、頭部から背中にかけては黒く、腹部は白い。側頭部と上胸はうっすら黄色がかっている。一見すると本物のコウテイペンギンと遜色ないが、ビーズのようにまん丸で大きな目は眼球ではなくカメラレンズでできているし、羽毛が生えていないぶん上皮は部屋の蛍光灯を反射して光沢を帯びている。水中撮影に特化したモデルで、報道番組ディレクターのわたしとは仕事上ではあまりかかわりがないのだけれど、なぜか懐かれしょっちゅうくっついてくる。
 ばななは尻からぷりっとBluetoothをひり出して、「ん!」とタブレットに動画を送ってきた。どうやらわたしの寝ている様子をさっきまで撮っていたらしい。再生してみると、ソファに仰向けに眠っているわたしが、うなされながら天井に向かってぺっぺと唾を吐き、落下してきたそれをシャワーのように顔面で受け止めている。
「ちょっと、なんてところ撮ってんのさ!」
「おもしろかったんだもん~」
 うわっ、冷たっ! くさ!? と映像の中のわたしが飛び起きはじめたので、慌てて再生を停止する。
「そんなことより、ワタヌキ、はやく行かなくていいの?」
 みんなもう向かってるよ? とばななはドアの方を嘴で示す。
「行くってどこに」
「多摩フェス前の街ぶらロケ」
「……何時からだっけ」
「13時から。あと20分後だね!」
放送局ここから撮影現場げんばまでどんくらいかかるっけ」
「ん~バイク使って10分くらい?」
 くそやべーじゃん。
 わたしは跳ねるように立ち上がり、パーカーを羽織ってスニーカーに足をつっかけると、目覚まし時計の骸をまたぎ、ホップ・ステップ・ジャンプでドアを蹴破った。

 裏口玄関から局の外に出ると真夏の強い日差しにカッと射抜かれる。片手で庇を作りながら小走りで玄関脇の駐輪場へ向かい、愛車の125ccスクーターのエンジンをかけたところで、「ああん、まってまって!」とばななに呼び止められた。両翼に黒い三脚ケースを抱えてペタペタとこっちへ駆け寄ってくる。
「わすれもの! 今日食レポあるでしょ。インサート撮るだろうから三脚止まり木持ってったほうがいいんじゃない? 撮影担当のPiitaはたしかハトモデルだったはずだけど、あいつら羽ばたくときにけっこうブレるから~」
「あんがと!」
 三脚ケースを受け取り背負いこむ間に、ばななはヘルメットを着けてちゃっかりシート後部のパッセンジャー位置に着座している。
「しゅっぱ~つ!」
 ばななの号令で反射的にアクセルをかけ、左手に夏の多摩川の草いきれを感じながら、神奈川県道・東京都道9号川崎府中線をブビブビ突っ走った。最高に快晴。彩度の高い青空に猛々しい雲。等間隔に並ぶ街路樹の葉も、つやつやと日の光を照り返して元気そう。これが、自分が企画したロケ当日の遅刻確定道中じゃなくて、ツーリングなら至高だったのになあ。
 歩道の先には低層住宅が軒を連ねている。家々の間には電柱がいくつも設置され、電柱同士が仲良く手を取り合っているかのように電線が張り巡らされている。
 それにしても、さっきはどうしてあんな夢を見たのだろう。あれは、わたしが14歳の時に味わった実体験を忠実に再現した夢だった。
 2019年、今から16年前のことだ。それはちょうど、Piitaの初期モデルが製造された年だった。当時のPiitaは介護施設や託児施設などで使用する、愛玩・コミュニケーション補助を目的に開発されたロボットだった。その愛くるしさと、AIによる巧みな自然言語応答によって人気に火が付き、企業のみならず一般家庭にまで販路が拡大。味をしめた製造元の技術会社は、様々な野鳥を模したモデル展開を仕掛け、一躍大ブームとなっていた。
 14歳のわたしは毎日テレビで、Piitaブームの報道を観ては歯噛みしたものだ。わたしもPiitaがほしい。肩に乗せておしゃべりとかしたい。けれど、数年前まで無線電波も届かずケーブルテレビを使っていたような山奥でド田舎の実家だ。Piitaのような最新商品が近所の商業施設に置かれているわけもなく、ネットショッピングをしようにも、高額すぎてお小遣いでは到底手が届かなかった。
「ええい、枯木も山の賑わいよ!」と、せめて本物の野鳥を飼ってやろうと考えたわたしは、放課後帰宅するとすぐに手提げかばんを虫取り網に持ち変え、裏山で野鳥探しを始めたのである。
 わたしが日々草を分け入って、鳥たちのさえずりやドラミングに耳をそばたてながら、木々の上方を見渡し泥まみれでさまよっていた一方、Piita市場は転換期を迎えようとしていた。Piitaのさらなる活路を見出せないかと思案したメーカーは、日本のあらゆる業界に共同開発の提案を持ちかけた。そこで名乗りを上げたのが、意外にも、放送局や番組制作会社をはじめとしたテレビ業界だったのだ。
「ワタヌキさあーん! 遅いっすよー!」
 交差点の信号待ちをしていると、二羽のPiitaが前方の道路案内標識をスイと飛び越え、まっすぐこちらに近づいてくる。ハトモデル製造番号1003と0996、ぽぽ美とくく郎だ。
「あんまり遅いから様子見に来ちゃいました」
「やばいっすよ、あと5分で開始予定っすよ」
「アナウンサーも市長もめっちゃ怒ってますよ」
「てか、またばなな付いてきてるし」
「クエ~」
「あは、ごめんごめん!」
「謝らなくてもいいっすけど、ワタヌキさん最後に風呂入ったのいつです? 顔テカテカっすよ」
 信号が青に変わる。「いそげいそげ」と三羽の嘴につつかれながら左折する。ちらりと横目に今来た道を見やると、遠くに全面ガラス張りの高層ビルがそびえ立っていた。その屋上には巨大なパラポラアンテナがいくつも並び、まるで花が咲くように、白い反射器を空へ向けていた。このビルこそ、今しがたわたしが出てきた放送局、トリダカ放送局だ。
「……でっけえな」
 思わず声が漏れてしまう。
 わたしの作る番組は、あそこから電気信号となって放たれ、電波塔を介して誰かの家のテレビモニタに届いているのだ。
 裏山をさまよい続けた14歳のわたしは、結局、何の鳥も捕まえられなかった。疲れきって山を下ればすっかり夕暮れ時。舗道をとぼとぼ歩きながら見上げた電柱の先には、バッタを咥えたスズメがいた。さっき見た夢では、スズメが落としたバッタを吐き出したところで目が覚めたけど、現実には続きがあった。わたしはあの日の出来事をきっかけに、いつかテレビ局で働きたいと思うようになったのだ。でっけえ夢。早く覚めてしまえばよかった夢。
「ワタヌキ、なんか言った?」
 ばなな後ろからひょこっとこちらの顔を覗いてくる。
「なんでもなーい!」
 わたしはアクセルのグリップをひねり、速度をあげた。

#2
「どうも、ワタヌキさん! お久しぶりです!」
 多摩市長は、多摩センター駅を出てすぐ左手のパルテノン大通りの前で両手を広げ歓待してくれた。シルバーグレーの髪はジェルでぺたりと7対3に分けられ、笑う目尻には大きな涙ぼくろがある。黒のスーツの上にナイロン素材でできた白いブルゾンを重ね着しているせいか、体格はずいぶん大きく見えた。その隣に立っている若い男性アナウンサーもほっとした表情を浮かべている。
「市長選中継の際にはお世話になりました」
「とんでもないです、遅くなってしまい申し訳ございません!」
 わたしが謝るのと同時に、ぽぽ美とくく郎、ばななもぺこりと頭を下げる。
「いやあ、良いのです。こうして多摩フェスの下準備を取材してくださるというだけで、市としては大変ありがたいですよ」
 市長はわたしたちに背を向け、パルテノン大通りをぐるりと見渡した。ブルゾンの後ろには多摩市章のマークが大きくプリントされていた。
 高度経済成長期に開発計画が決定し、かつては日本最大のニュータウンともいわれた多摩ニュータウン。その中心地であった、ここ多摩センター駅も2030年には人口のピークを迎え、今では減少の一途をたどっている。建築物の経年劣化も激しく、街の発展を期待できなくなった若年層たちはこぞって他地域へ出て行った。
 一刻もはやく流れた血を止めると同時に、新鮮な血も輸入しなければ街は死ぬ。現市長は、昨年度の市長選で街おこしの必然性を訴え当選。かくして、移住支援やインフラストラクチャー整備などの人口維持増加策のひとつとして、夏に多摩フェスが開催されることとなった。
 わたしたちは簡単にロケの段取りを確認すると、さっそく撮影に取りかかった。
「はい、それでは行きまーす! シーン2、カット1、テイク1、よーい!」
 ばななが手に持ったカチンコを鳴らす。それまでわたしの肩に乗っていたぽぽ美とくく郎がいっせいに羽ばたく。ぽぽ美は横並びに歩くアナウンサーと市長の正面に回り込み、二人の腰から頭までのウエストショットを捉える。一方のくく郎ははるか上空まで昇り、パルテノン大通りをハイアングルで撮影する。パルテノン大通りは、多摩センター駅と多摩市立複合文化施設を結ぶ、歩行者専用の高架歩道だ。300メートルほど続く通りの両端には屋台がずらりと並んでいる。通りの中央は広場のようになっていて、現在は祭り櫓を組むために大工が行ったり来たりしていた。さらに道の突き当り、文化施設の手前では特設ステージも仮設されている。
 わたしは二羽の映像を専用タブレットで様子見しつつ、アナウンサーと市長の進行に耳を傾ける。
「多摩フェスまであと1か月となりましたが、市長、街の準備もずいぶんと進んできたようですね」
「はい。今回のフェスではたくさんの若い人に来ていただきたいので、バズりスポットをいくつも用意しようと考えています」
 楽しみですねえ! と声に熱を込めるアナウンサーの近くを、通行人が素通りする。
「おや、こんなところに、なんだか懐かしい雰囲気の屋台がありますね」
 アナウンサーの言葉から察知したぽぽ美は、すかさず左手に回り込み、まず彼の表情をアップで捉える。それからカメラをパンして屋台の外観を撮影する。
「ちょっと、お店の人に話を聞いてみましょうか」
 アナウンサーと市長が動き出すのを見計らい、ぽぽ美は軽やかにアナウンサーとカウンター越しの店員の間へ入り込み、三人が向き合う対話の構図を作る。店員に話を聞くと、ここは出来たてのコロッケが売りだという。
「では、ひとついただいてもいいですか?」を合図に、ぽぽ美はコロッケを映せるように、アナウンサーの手元へ寄っていく。
 ぽぽ美は次々と展開されるやり取りの行方を推測して最適なカメラの動きを実行していくが、これは彼女自身の意思決定によるものではない。過去に人間のカメラマンが撮りためてきた大量の放送データと、その番組の構成表を解析し、あらゆる状況下で最適なカメラアングルを学習させたAIプログラムをインプットさせているのである。これはぽぽ美に限らず、テレビ業界用に改良されたPiitaのモデルすべてに対応されている。カメラマンはいかなる環境下でも、破綻のないカメラワークや画面構図を意識しつつ、撮るべきシーンを確実に撮らなければならない。こうしたスキルを人間が身に付けるには、ある程度の実績を積むため長い年月がかるが、Piitaにその必要はなかった。さらにPiitaは小型なため撮影スペースを最小限に留められるし、移動速度も人間よりはるかに早く、撮影可動域も大きい。こうした複合的な利点から、テレビ業界はPiitaを撮影機材の主力としたのだろう。ここ数年までは。
「ちょっと、何すんの!」
 アナウンサーと市長がコロッケを頬張りちょうど味の感想を伝えたところで、駅の方から悲鳴に近い声が聞こえてきた。くく郎が女子高生二人組の頭の上をぐるぐると旋回している。わたしはすぐにぽぽ美にカットを伝えると、ぽぽ美は一目散にくく郎のほうへ飛んで行き、羽交い絞めにしてシャットダウンした。
 わたしは女子高生に駆け寄り、怪我はないかと確認する。
「だいじょぶです、目ぇ回りましたけど」
「今のハトってPiitaですか? うわ、懐かし! お姉ちゃんが持ってた!」
 女子高生たちは案外ケロッとしている。彼女たちが笑うたびに揺れるピアスの周りには、小さく艶やかな蝶々型のロボットがひらひらと舞っていた。三年前に登場した新型カメラロボット、Bugzバグズのモデルのひとつだろう。 
 Piitaをさらに小型化させたBugzは、これまでのPiitaの撮影機能に加え、撮影した映像をテロップやフィルターエフェクト、効果音などで派手でおもしろく自動加工できるようになっている。さらに収録された音声をすぐさま自動翻訳したり、SNSへの即時投稿も可能だ。主にSNSでバズらせることに主眼を置いたロボットだった。テレビがほとんど視聴されなくなり、SNSやネット動画をプロアマ問わず自由に投稿・視聴するのが主流の現在、世間が所有しているのはほとんど最新型Bugzばかりだった。
「あれ、自分、何してたんすか?」
 女子高生と市長、アナウンサーを見送った後、くく郎を再起動させると、むくりと起き上がった彼は首を上下左右に動かして辺りを見渡す。
「覚えてないの?」
 ぽぽ美が訊くと、うーんとくく郎は唸った後、興奮気味にまくしたてた。
「たしか、めちゃくちゃ良い画が撮れた! って思ったんすよ。こんなのこれまで撮ったことないな、っていうか、すっげえ興奮したっていうか。で、そこからは記憶がぼんやりしている……」
「くく郎、あなたがしたことは――」
 ぽぽ美が最後まで告げるのをわたしは手で制した。
「そっか。良い画が撮れたのに覚えてなくて残念だね。今日は疲れちゃったのかもしれない。もうキャストはバラしたから、撮影クルーみんなで帰ろ」
 暮れかかった空を背に、わたしたちは行きよりもゆったりとした速度で道路を走った。ぽぽ美は上空で前方をまっすぐ見つめ黙って飛んでいる。くく郎はわたしのパーカーのフードの中で電源を落とし休んでいた。
「さっきの女子高生、なんかいやんな感じだったねえ」
 ばななが後ろでブーブー言う。
「そうね」
「ぼくのこと見て『でっかいペンギン!』って笑ったんだよ! ぼくが本当のペンギンだったら、あんな虫なんてペロっと食べちゃうのになあ~!」
「そんなこと言わないの」
 生ぬるい向かい風が汗ばんだ首筋にかかる。涼しいどころか肌寒かった。

#3
 副調整室に入ると、すでに編集担当のサエキさんがデスクチェアで待っていた。両手を頭の後ろで組み天を仰ぐ様子は、きっと何かを思案しているに違いない。
 正面の壁一面には、大小様々なたくさんのモニタがはめ込まれている。モニタの一部は電源が落ち、また一部には、白、黄、シアン、緑、マゼンタ、赤、青の7本の帯が等幅で並ぶ、カラーバーが映し出されている。このチカチカした壁の前に立つと、わたしはいつもちょっとした異空間を前にしたような、宇宙船の操縦席の前に立っているような高揚した気分になる。
「よう、来たか」
 ぼさぼさの長髪を無造作に後ろで束ねたサエキさんの目の下にはクマが目立つ。ポロシャツの襟はよれよれだ。この人もどれくらい家に帰っていないのだろう。齢40にして、ここ最近奥さんと子どもに逃げられたなんて噂も聞く。
 私生活はどうであれ、映像編集一筋、仕事の腕は曲の中でも随一だ。編集は、プロデューサーやディレクターの指示に従って、収録された素材を映像の文法を駆使してつなぎながら、番組の狙いを映像表現として昇華させる役割を担う。映像が主体だが、もちろん番組の内容に合わせた音声の編集も行う。締め切りギリギリで仕上げたわたしのわかりづらい構成台本でも、サエキさんがパパっと文脈を汲み取り作業してくれたおかげで、何度命拾いしたことか。
「あれ、あなたたちもサエキさんにご用?」
 彼の影に隠れて見えなかったが、よく見ると、編集機材デスクの上には2羽のPiitaがいた。赤外線カメラに特化したオウムモデルと、スローモーションカメラのハシビロコウモデルだ。
「アレ、アナタタチモサエキサンニゴヨウ?」
 オウムモデルはわたしの言うことをそのまま真似してくる。一方のハシビロコウモデルはキロリとした目をこちらに向けるも、わたしの問いかけには答えずツイと顔を背けてしまう。無口な性格タチなのだ。
「ああ、俺が呼んだんだ。暇そうにしてたし、ちょっと編集を手伝ってもらおうかと思ってさ」
「それで、どうでしたか? くく郎のロケのVTR」
「いや、特段変わったものは映ってなかった」
 サエキさんがキーボードを打ち込むと、モニタのひとつにパッと映像が流れる。パルテノン大通りが俯瞰で撮影されている。しばらくすると、カメラはゆっくりと空を映しはじめた。本物のハトがつがいで横切っていく。画面が瞬間的に明るくなり、ぶれが激しくなる。それから今度は祭り櫓周辺のズームイン。通りすがりの人たちが、櫓を見上げたり、Bugzで撮影をしている様子が映っている。そこから徐々に画面上に粗い線が走り色が反転、いきなりぶつっと途切れた。わたしが言葉を失っていると、「ただ、」とサエキさんが続けた。
「ここ数か月くらいのうちに、同じような現象が数件、他のPiitaでも起きている」
「まじですか」
 モニタに次々と映像が流れ始める。いずれもくく郎と同じように、何気ない多摩市の俯瞰や空を映した後、グリッチを起こして途切れている。
サエキさんは背もたれに思いきり寄りかかって伸びをしながら「潮時かねえ」と喉を絞ったような声を出した。
「潮時ですか」
「シオドキデスカ」
「Piitaの筐体ももうずいぶん古いから、壊れかけてんだよ」
 それを言ったら俺も似たようなもんだけど。とサエキさんは苦笑する。今こそ映像演出は人手でしか担えないクリエイティブな仕事だけれど、いずれBugzがテレビ対応できるほどの規格サイズとデータ容量を持つようになれば、それも彼らに取って代わられることは想像するに難くない。
「そんな……なんとかならないもんですかね?」
「どうだかね。筐体をアップグレードできれば良いのだろうけど、弊社うちみたいに経営の傾いた、キー局系列のローカル局に費用あるかどうか。あったとして、今さらPiitaにつぎ込むのかという論点もあれば、キー局へのお伺いも立てなきゃならんから、決裁までの承認プロセスにも時間がかかる。要するに、一朝一夕で解決できるもんじゃないだろう」
 わたしが露骨に口をへの字に曲げたからか、サエキさんは面白がるように、
「ま! 残る不満は俺じゃなくて、あちらさんにぶつけてみたらどう?」
 わたしの後ろのドアを顎でしゃくった。振り返ったその時、ドアレバーがガチャンと激しい音を立てて下がり、風圧で紙資料が舞い散るほど勢いよくドアが開いた。
 長身瘦躯、薄くなった前髪をピンと鶏冠のように逆立て、ピンクのチェック柄シャツにこげ茶のニットタイを締めている。慌ててやって来たのだろう、いつもの黒縁オシャレメガネは鼻の下でずり落ちている。我らがPDプロデューサー、オオタケさんだ。
「ワタヌキちゃん、ちょおっと来てくれない?」
 彼のその甘ったるい声のなかに隠しきれない怒気を感じ取ったわたしは、ああまた叱られるのだと悟った。

「うおーい! ワタヌキあんた、今日も遅刻したんだって!? 入社8年目でやっていいことじゃないでしょ。最近たるんでるんじゃないの? 困るんだよほんとにぃ!」
 オオタケPのデスク前に呼び出されたかと思うと、いきなりこの罵声である。自分の椅子にふんぞりかえったオオタケPは、左手を腰に当て、右手に持ったメガネ拭きをペシペシとデスクに叩きつけている。相当お怒りのようだが、彼が声を荒げるたびにやけに黄色い差し歯が顔をのぞかせ、唾液でチカリと光るのがまぶしくて、うまく反省の表情が作れない。
「ちょっと、なに目ぇ細めてんの」
「いや、あの、歯が……」
「はぁ? ナメてんじゃないよほんとに! こないだの生放送も観たけどさ、も、ひどいよね。トークコーナーなのに、MCがトークテーマを発表した瞬間に残り時間が全部なくなって、フロアディレクターがカンペに『おしまい』って殴り書きしてMCに差し出して。コーナー尺0分なんて前代未聞だよ!」
「あー、その日はちょうどエンディングにどうしても外せないCMコーナーが入ってたんで、ケツで巻けなかったんですよ」
「ケツとか言わない! お下品な! トークコーナー自体をカットするってこともできたでしょうよ!」
 だいいちこっちは豪華一点主義で予算のほとんどをトークゲストのギャラに充ててるっていうのにさあ……と、オオタケさんは立て板に水のように説教を続けるも、わたしがだんまりを決め込む様子を見かねたのか、急に落ち着き払って声のトーンを落とした。
弊社うちの今の状況、わかってる?」
 はいはい。この枕詞を引き出せたら、あとはいつもと同じ説教が垂れ流されるだけだ。
 トリダカ放送局は、東京赤坂にあるキー局の開局60周年を記念して設立されたローカル局だ。一時は、試験的なPiitaの導入が功を奏しコストの大幅カットに成功、予算を惜しみなく使い攻めた番組を世に放ち、隆盛を極めたこともあった。
 ところが、近年ではテレビよりも放送規制が緩和されたインターネット放送が主流である。尺は基本的に15分未満で倍速視聴がデフォルト。情報摂取の超効率化時代なんて謡われたりもしている。インターネット放送番組を紹介する巨大プラットフォームサイトでは、あらゆるネット番組のうち、個人にとって最適に洗練されたものだけがリコメンドされ、ザッピングなんて概念はとうに消え去った。
「テレビが下火になって離職率が一気に上がってからは、うちも慢性的な人手不足。キー局もいよいよ、主力メディアをテレビ放送からインターネット放送へシフトさせる気でいるし、自社で対応できる範囲内にあるローカル局からは手を引こうなんて噂も聞く」
 オオタケPはデスクに両肘を立てて寄りかかり、口元で両手の指を組んでいる。さっきまでピンと逆立てていた前髪は、しんなりと額に張り付いてしまっている。
「昔はよかったよ。まだPiitaもいなかったあの頃……」
「戻れない時代に思いを馳せるほど虚しいことないですよ」
「少人数の現場でさ。駆け出しのディレクターだった僕は、ロケでカメラも回すし、フロアでのカンペ出しもセット運びも、お茶出しもなんでもやった。むちゃくちゃな働き方だったけど、楽しかったよ。今はもう使われなくなってしまったこのカメラも、いつでも初心に帰れるように飾ってある」
 オオタケPはちらりと自分のデスクの左端に飾られているカメラを見やった。超大型望遠レンズが付けられたそれは、カメラというよりバズーカに近い。
「なんか簡単に人殺せそうなカメラですね」
「とにかく、がむしゃらにならないと。今できることは、この状況を打破する、何か一つ飛びぬけた〝オモシロイ〟ものを作ることだよ、ワタヌキ」
 そんなことはわかっているつもりだ。だけど、オモシロイってなんだったっけ。最近ではそれももう、わからなくなっている。
「そこで多摩フェスなわけよ」
「え?」
 あまりに話題が飛躍したというのに、オオタケPは「もう。鈍いんだから、ほんとに!」と頬を膨らませ、オシャレメガネのレンズを拭きはじめる。
「なんのことだかわかるでしょ」
「そこで多摩フェスって、どこで多摩フェスなんですか」
「キー局の朝の情報番組」
「そんなとこ、よく差し込めましたね?!」
「枠は10分。そこで、多摩フェスの様子をうちから生中継させてもらうよう頭下げてきた」
「多摩フェスで取れますかねえ、視聴率」
「それをあなたに任せたい」
 オシャレメガネをかけ直したオオタケPは、曇りないガラス越しにまっすぐこちらを見据えていた。
「多摩市もトリダカ放送局も、都心へ売り込むチャンスなんだ」
 頼んだよ、ワタヌキ。
 わずかばかり残っていたプライドが邪魔をするのか、わたしは文句ひとつ言えないまま「へい」と小さく頷き、彼のデスクに背を向けた。

#4
 屋上の欄干に腕を乗せ、ぽつぽつ灯る夜の街灯りを見下ろしてみる。地上15階の高さのこのビルからは、パルテノン大通りの祭り櫓が周囲のビルの隙間から見え隠れしている。あれから2週間が経ち、多摩フェスの準備はずいぶん進んでいるみたいだ。大通りの遥か上空を、羽田に向かう飛行機が両翼のライトを点滅させながら横切っていく。
 わたしから右へ数メートル離れた先には、お天気カメラのカワウモデルが留まり、じっと夜空を観測していた。
 電子タバコに火をつけ煙を一口含み、深く息を吸いながら肺に落とす。多摩の街並みに背を向け欄干に身体をあずけると、目の前にそびえるパラポラアンテナに向かってゆるゆると薄い煙を吐き出した。喫煙スペースここに来たのもずいぶん久しぶりな気がする。
 出入り口の鉄扉が開く重たい音がして、うっすらと室内の明かりが漏れてくる。雪だるまみたいなシルエットの人影が鉄扉の隙間から現れ、ゆらゆらとこちらに近づいてきた。まだ喫煙スペースまでずいぶん距離があるうちに、人影は待ちきれないのか歩きながらじわっとタバコに火を付けた。
「うぃー」
 同期で新卒入社したダイキチだった。お互いどちらからともなく片手をあげ、気だるげにひらひらさせる。
 わたしの隣までやって来たダイキチは、ふうふうと荒い呼吸を繰り返しながら欄干にもたれかかった。相変わらず腹の肉がハーフパンツの上にでっぷりと乗っかっている。真っ黒なTシャツには大文字で「CAT vs DOG」とプリントされている。
「戦わすなよ、猫と犬を……」
「え? なに?」
「なんでもない」
「あ、このTシャツのこと? おまえオーケン知らないの?」
「大江健三郎のこと?」
「ちげえよ、大槻ケンヂだよ。ネットオークションでがんばって手に入れたんだよ」
 ダイキチの鼻の穴からもふぁっと煙が出る。横からカワウが退屈そうに欠伸する声が聞こえてくる。
「そういえば、アナウンサーのヌンさん、辞めたって知ってる?」
「まじ?」
「フリーランスになるんだって」
 50人いた同期も、これでいよいよわたしとダイキチだけになってしまったというわけか。そりゃあ無理もない。どれだけ忙しく働き出世しようとも、給料は頭打ち。先細っていく業界にいつまでも縋っていられるほうがおかしいのかもしれない。
「てかダイキチ、また太った?」
「もとからずっと太ってるわ。80キロ超えてからは量ってねえから知らん」
「体型のみならず、立場も態度もでっかくなっちゃって」
 入社当時はお互いアシスタントディレクターとしてロケ弁の手配や交通手段の確保など、あらゆる雑務に這いずり回っていたというのに、ダイキチも今やテクニカルディレクターだ。技術スタッフとPiitaたちを取りまとめるだけでなく、生放送中に複数のカメラ映像を切り替えるスイッチング演出も担当している。
「そっちはまた痩せたんじゃないの」
「どうだろ。2日風呂入ってないらしいからな……」
「聞いたよ、多摩フェスの中継担当するって。準備進んでんの?」
「フェスのタイムスケジュールとか、カメラの位置決めとか、下調べは一通り済ませたけども……」
 なんだか無性に頭が痒くなってバリバリ掻きむしる。それまで平気だったのに、風呂に入っていないと言葉にした途端、無性に全身が痒くなるのはなぜだろう。
「まだ構成表のラストがうまく書けない。何を撮りたいのかも……。結局、当日になってみなきゃわかんないことばっかだし。特にその場にいる人の表情とかね」
「ワタヌキって昔からそういうとこあるよな。極力ナレーションもテロップも音楽も入れたがらない、長回し大好き人間。『短くわかりやすく』の潮流から真逆を行ってどうすんだよ」
「説明すればするほど、わかりやすさから遠ざかっていくことだってある」
 わたしは爪の隙間に入った皮脂の匂いを嗅いだ。大丈夫、まだ耐えられる。「どこか懐かしい感じの匂い」をぎりぎり持ちこたえている。
「ねえ、ダイキチって将来の夢なんだった?」
「おれは兵器を作るのが夢だった」
「怖」
 わたしたちの話を盗み聞きしていたらしいカワウがダイキチからじりじりと遠のいていく。
「ワタヌキは?」
「わたし、中学生の頃死にかけのバッタ食べたことあるんだよね」
「わかるわー」
「ほんとにわかってんのかよ。あんた見切り発車で人に共感しようとするとこあるよね」
 バッタを吐き出した後、わたしはしばらくその死骸を屈んでまじまじと見ていた。死んだからなのかもしれないけど、バッタは間近で見ると思った以上に青白かった。
 実はその時、そんなわたしを遠くで見ていた別の人間がいた。同じ中学に通っている女子生徒たちだった。彼女たちは、わたしがバッタを吐くまでの一部始終を動画に収めていた。動画は翌朝には彼女たちによって好き勝手に加工され、#バッタを食べる女 #バッタでしか感じられない女 #昆虫虐待 など、でたらめなハッシュタグでSNSに投稿されると、またたく間に拡散、プチ炎上した。
 それからしばらく、身近な親戚や友人が遠のいていったり、見ず知らずの通行人から好奇の目で見られたり、学校の下駄箱に大量のイナゴが入れられたとか、そんな後日譚はどうでもよく、ただ、ずっと不思議でならなかったことがある。
「――なんだろう、うまく言えないんだけど。わたしが撮られることよりも、もっと撮るべき面白いことが、他にあったんじゃないかって思ったんだよね。スズメが死んだバッタを咥えて重たそうにしている姿とか、死んだバッタは意外と青白かったこととか。そっちのほうがよっぽど面白いのに、なんでみんなそれに気づかないんだろうって」
 それを大衆に伝えたいがために、テレビを作りたいって考えるようになった気がする。
 夜風が吹いてきて、隣でカワウがガチャガチャと両翼を広げる音が聞こえた。熱を持った身体に風を通して冷ましているらしい。
「あのさ、」
 それまで黙って煙草をふかしていたダイキチは、吐き出した煙を目で追いながら口を開いた。
「おれも辞めようと思ってんだよね」
 わたしの絶叫が多摩の夜空にこだまする。それに驚いたカワウが一瞬、欄干からぴょっと浮いた。それからまた会話に聞き耳を立てようとじりじりこちらへ近づいてくる。ぜんぜん定点観測できていないではないか。
「辞めてどうすんの?」
「友だちが立ち上げたITベンチャーに行こうと思ってる。前から少し手伝ってたんだ」
 技術の詳しいことはわからないが、生中継をより低コストで配信できるような次世代の通信プロトコルを開発しているのだという。現在生中継を行う際には、Piitaたちにアンテナを装着させ電波を放ち、そこから撮影した映像データを衛星経由で放送局に配信しているが、そうしたコストをかけずに伝送可能な送信ユニットを作るらしい。
「今はネット番組も録画配信の割合が高いが、これからは絶対、その場で翻訳や映像加工を自動化して生中継するニーズが出てくると思う」
 ダイキチは灰皿に吸殻を落とすと、急に真面目くさった顔をしてこちらに向き直る。
「ワタヌキも一緒に来ない?」
 今度は驚きすぎて叫び声も出なかった。
「おれもさ、ここでいろんな部署転々とさせてもらったけど、最近は同じことの繰り返しばっかりで、面白くないんだよな。おれたちもう30歳だし、いつまでも2日風呂入らない働き方もしてらんない。ワタヌキのそのテレビへの熱意があったら、絶対ベンチャー向いてると思うけどな」
「でもそしたら、あの子たちはどうなるの」
 Piitaたちの姿が脳裏によぎる。わたしたちがいなくなって、会社が縮小していったその先で、あの子たちはどうなってしまうんだろう。「潮時かねえ」というサエキさんの言葉を反芻する。
「それも考えてはいるよ。奴らのプログラムを別の筐体に移し替えるとか……」
 ダイキチは語尾を濁す。
「首をすげかえるんだ」
「それ正しい言い方?」
「そうした時にあの子たちは生きてるって言えるんだろうか」
「あいつらの生きてる状態ってなによ? そんなこと言ったら、ワタヌキこそPiitaをどうしたいんだよ」
「どうしたいも何もない。彼らはパートナーだよ」
「いつまでも小鳥ちゃんと仲良くしたい、アルプスの少女ハイジごっこなんてやってらんないだろ。おまえは多摩のアラサー女、ワタヌキアイなんだから」
「うるせえデブ」
 ダイキチの腹を勢いよく腹を平手打ちしたらパアンと乾いたピストルのような音がした。
「痛ぁ! お前のためを思って言ってんだぞ!」
 目を細め、ダイキチの顔に思いきり煙をお見舞いする。
「……まあ、返事は追々で良いから。ちょっと考えてみてよ」
 よっと! 反動をつけて欄干から身体を起こしたダイキチは、片手をひらひらさせて鉄扉のほうへ歩き出した。
 右側からカワウの視線を感じて仕方がなかった。お天気定点観測カメラなのだから、よそ見はできないことはわかっているのに。飛行機がまた一機頭上を通り過ぎて行った。

#5
 多摩フェスまであと1週間。
 今夜は街頭インタビューへ行く予定だ。舞台セットはほとんど完成しているし、屋台はすでに営業をはじめている。祭りの雰囲気を醸し出しながら、多摩フェスに期待を寄せる市民の声を街録がいろくするのだ。
 準備をするため、エレベーターで地下室へ向かうことにする。広大な地下には、撮影スタジオのほかに過去に使われた大道具やセットがしまわれている倉庫がある。わたしは倉庫扉の前を通り過ぎ、一直線に廊下の突き当りのシャッター前に立った。シャッターの横の壁には開錠ボタンがあり、押せば自動でシャッターは上がるが、わたしはいつもその前に一声かけるようにしている。Piitaにもプライベートはあるし、何よりボタンの下に「ごようのあるときはよんでね」とマジックでたどたどしく書かれた貼り紙があるからだ。
「おーい、ワタヌキだよー」
 シャッターはすぐに上がり始めた。隙間から見える床には、大小様々、色とりどりのあしゆびや足ひれが行ったり来たり動いているのが見える。
 ここはPiitaたちの住処だった。一部のスタッフは倉庫の一つと考えているようだが、わたしは住処と呼んでいる。
 100平米ほどの空間には、左右の壁に沿うように2段のスチールラックが置かれていた。Piitaたちはその上に留まって充電したり、正面の壁に置かれた液晶テレビの前に集まって番組を観たりゲームをして休憩時間を過ごしていることが多い。
 群れの習性がある鳥類を模したモデルは、複数台で集まって行動する。カルガモモデルは部屋の周りを一列になってぐるぐる歩きまわっている。コウテイペンギンモデルはただいまテレビを独占中。人気男性インフルエンサーによる涙の謝罪会見を食い入るように見ている。先日不倫相手と過ごしていたところを、一般人のBugzに撮られSNSで炎上したのだ。
 足を踏み入れるやいなや、ばなながテレビの輪から立ち上がり「ワタヌキだ~」と言いながらペタペタこちらへ近づいてくる。
「ちょっと君たち、そんな真剣になに観てんのさ」
「んー、ヒトが人間をやめた瞬間?」
 テレビから「もうしわけございませんでしたあ!」と吠えるようなだみ声と、彼の泣き顔を撮ろうとする記者所有の蜂型Bugzたちのブンブンという羽音が聞こえてくる。こんなものに誰が興味を持つのか甚だ疑問だが、視聴率が取れるのもまた事実なのである。
「ワタヌキはなにしにきたの?」
「これから夜の街録に行くから、夜景に強い子を連れて行こうと思って」
「それならわたくしがお供いたしましょう」
 名乗りをあげたのはフクロウモデル、製造番号0333、通称すみすさんだ。社内で不要となった古びたポール型ハンガーラックのてっぺんに静かに留まっていたすみすさんは、大きな羽を広げるとスイとこちらに飛んできた。
「やった! ベテランのすみすさんなら心強いです。いま、構成表お送りしますね」
 番組の構成についてまとめた資料データ一式をわたしはタブレットからすみすさんへ転送する。ふむふむ、とデータを受け取ったすみすさんはごくんと喉を鳴らしダウンロードしきると「承知しました」と丁寧にお辞儀をした。

 夜のパルテノン大通りには、赤、緑、黄色の提灯が、中央の祭り櫓に向かって無数に吊り下げられていた。周囲の街路樹や屋台には電飾コードがこれでもかというほど巻かれ、派手なイルミネーションでライトアップされている。なんだか夏祭りとクリスマスがいっぺんに来たような、和洋混合のカオスな状態。これぞ多摩クオリティである。
 すみすさんは祭り櫓の全体を下から上にあおるローアングルで撮っている。わたしとばななはその間にインタビューに答えてくれそうな通行人を探し出す。
 初めに受けてくれたのは大学生の男女のカップルだった。女の子のほうは浴衣を着て、髪をアップにまとめている。男の子はブルーの半袖シャツの下に白いタンクトップを着ているが、やせぎすでややサイズオーバーに見える。二人の周りにはホタルモデルのBugzがお尻を光らせて浮遊していた。お揃いで所有しているのだという。
 局名を名乗りインタビューの依頼をすると、女の子は溌溂とした表情で「もちろんです!」と答えてくれた。とても利発そうな子だ。男の子のほうは眉を八の字に下げてどこか頼りなさそうに見える。
「すみすさん、カメラ回し始めてください」
「御意」
 すみすさんはわたしの肩の位置で空中停止し、撮影モードに切り替わる。ばななは目をくわっとライトモードに変え、二人の顔を照らした。
「……ではさっそくですが、本日はどちらからここへ来たのですか?」
「はい! 東京から来ました! このライトアップのことを情報誌で知って、これはデートスポットにぴったりだなって思って!」
 わたしが質問すると、女の子はすみすさんの目を見つめながら、間髪入れず流ちょうに答えた。男の子は黙って彼女を見守っている。
「実際に、このライトアップをご覧になっていかがですか?」
「最っ高です! すごく感動しました。東京のライトアップとはどこか違う、人の温かみみたいなものが感じられて……。心から、たくさんの人に来てもらいたいって思いました!」
 目を見開いた彼女は、身振り手振りを大きく使い熱弁する。腹式呼吸をしてるんじゃないかってくらい声がでかい。わたしがちらりと男の子のほうを見ると、それに気づいた彼は、彼女に激しく同意しているかのように何度も小刻みに頷いた。
「ホーッ!」
 その時だった。突然、すみすさんの首が360度高速で回転しはじめた。バグってしまったらしい。この前のくく郎と同じ現象かもしれない。
 すみすさんの状態異常に気付いたばななは「あらら」と言いながら彼に近づき、ぴょこっとジャンプすると慣れた羽つきで高速回転する頭をひっぱたいた。すみすさんは「んごッ」と音を立ててぴたりと静止、はたと意識を取り戻して「申し訳ない!」と深々頭を下げた。
「大丈夫ですか? 僕のBugz使いますか?」
 男の子が心配そうにわたしの顔を覗き込み、自分のホタルを指でしめす。
「ううん、ありがとう。すみすさんはまだ頑張れるし、君たちのBugzだと画面規格と解像度が合わなくてテレビサイズに持ちこたえられないの。……申し訳ないのだけど、いまと同じ質問、もう一度撮らせてもらえないかな?」
 さっきまで笑顔だった女の子の顔がみるみる強張っていくのがわかった。
「心配しなくていいですよ。それに、無理に取り繕うとか、面白くしようとか思わなくていい。さっき言ったことと違うことをしゃべってもいい。言葉なんか選ばなくていい。下手くそでいいよ」
「そそそ、ひどかったら編集でなんとかするし、使わないかもしれないもんね!」
 ばななが余計な相づちを入れる。
「私も、次はバッチリ撮りますので」
 すみすさんも胸を張る。
「……なんか、難しいですね。撮られるって。良いこと言おう、とか、面白いこと言わなきゃ、って思っちゃう。これって自分の本心だっけ? ってカメラが前にあるとわからなくなる。かっこつけたくなる」
 女の子は俯いて自嘲気味に笑うと、吹っ切れた様子で顔をあげた。
「じつは東京から来たなんて嘘です。生まれも育ちも多摩市民です。東京のフォロワーがSNSで綺麗なイルミネーションとかオシャレな生活アップしているのがなんか悔しくて。多摩にだってきれいな景色があるんだぞって見せつけてやりたくて、バズる景色撮りにここへ来たんです」
 だけど全っ然撮れない! 彼女は下駄で地団太を踏んだ。危うく足を踏まれそうになった男の子はぎょっと飛び退いたが、その目はテイク1の時よりもずっと優しさを湛えていた。
「ダサいもん。この街。提灯とイルミの合わせ技でデコるとか統一感ないし、おしゃれなカフェもないし、お店すぐ閉まるから夜暗いし」
 すみすさんは黙ってカメラを回し続けている。
 あ、でもさっき言った最後のことは本心だと思います。と彼女は続ける。
「人の温かみみたいなものも感じられて、たくさんの人に来てもらいたいっていうのは。ちょっとでいいから活気だってほしい。ダメなところがあっても、なんだかんだ愛しいって思うから。それじゃだめですかね?」
「良いと思う」
 口を衝いて出てしまった。あとでカットを入れるのは間違いない。でもわたしの言葉を聞いてほっと安堵した彼女の顔は残したいと思った。インタビューを終え、手を繋いで立ち去る二人の背中が櫓の人だかりに紛れ込むまでわたしたちは見送っていた。

「あ! これパキーシャじゃん!」
 20時すぎ。わたしとサエキさんが副調整室でうんうん唸りながら今日の街録の編集をしていると、二人の間からオオタケPの顔がひょっこり現れた。いつの間に背後に忍び寄っていたのだろう。
「なんすか、その浮かれた名前は」
「中東のタバコにありそうですね」
「知らないの?! 超有名なインフルエンサーなのに!」
 君たち最近のSNSの情報もちゃんとキャッチアップしておかなきゃだめでしょうが。オオタケPは大げさに嘆息すると、大学生の男女のグループショットが映るモニターに右手の人差し指を近づけ、二人の後ろにある人影を示した。すみすさんがバグる直前の映像だ。
 黒いパーカーのフードを深く被った、金髪の女性が歩いている。買い物帰り宇なのかビニール袋を手に提げ、その横にはショッキングピンクの派手な蛾のBugzがいる。
「この辺りに住んでるのかしら」
「ファンなんですか?」
「ファンじゃないけどさ。彼女、ビジネス系のインフルエンサーで市場ニュースの捕捉が早くて。コメントも鋭いこと言うし、ネタ探しも兼ねてウォッチしてるのよ」
「ただのいっちょかみじゃないですか」
「それだけじゃなくて、現代アーティストでもあるんだよ。写真のコラージュ作品なんかも展示したりしてる」
「ほーん」
「ワタヌキ露骨に鼻くそほじくるのやめなさいよ。……ていうか、二人とも残業しすぎ! 休んで、ほんとに! キー局の多摩フェス生中継までもうわずかなんだし、ここであんたらに身体壊されたらこっちが困っちゃうから!」
 オオタケPはすっくと背を伸ばし、わたしとサエキさんをしっしとドアのほうへ追いやった。出る間際、わたしはもう一度モニタを観た。パキーシャという名前は初めて聞いたけれど、彼女の顔はどこか見覚えがあるような気がしてならなかった。

#6
 ついに多摩フェス当日がやって来た。
 日曜、早朝6時の多摩センター駅は死んだようにがらんとしている。
 キー局の放送開始時刻は朝の8時。多摩フェスの中継はフェスの開始時刻と同タイミングの10時ぴったりを予定している。わたしと撮影クルーはその3時間前には現場に入る。Piitaたちの背中ににアンテナを取り付け、局内の副調整室にいる技術スタッフと連絡を取り、通信に問題がないかを確認する。それからリポーターと落ち合うと、あらためて関係者全員で構成表をもとに全体の段取りとカメラの場当たりをチェック。リハーサルが完了する頃には、もう放送開始まで一時間を切っていた。
「だいじょぶでしょうね、ほんとに!?」
 心配性すぎるオオタケPからさっきから何度も電話がかかってくる。
「Piitaの調子とか、最近よくおかしくなるってサエキから聞いてるけど」
「だいじょうぶですって」
 ねえ? と、目の前にいる撮影クルーのPiitaたちに目配せすると、「はーい」といっせいに片翼をあげて返事をする。
「ほら、元気よろしい」
「なにか不具合があったときの責任は――」
 まだ何か騒いでいるオオタケPの電話を切ると、わたしは副調整室に戻る前に最後にもう一度、会場の生の活気を確認すべく、ばななと祭り櫓に向かって歩いていく。が、しかし、どうにも辺りの様子がおかしかった。人通りがいつにも増して少ないのである。
「なんかヘンだね」
 ばななが不安そうに周囲を見渡し、あれ見て、と翼で示す。大通りの両端に林立する商業施設やホテルの屋上に人だかりができている。彼らは双眼鏡で祭り櫓や屋台、わたしたちのほうを観察しているようだった。
 またスマートフォンがけたたましく鳴った。オオタケPからだ。
「ワタヌキ、大変なことになった」
 さっきまでのおろおろした様子のない低い声音で事の深刻さが伝わってくる。
「今すぐ副調整室に戻ってきて!」
 どういうことですか、とわたしが言い切る前に電話は切れた。ポポ美とくく郎をはじめとする撮影クルーたちを現場で待機させ、わたしはすでにスクーターの後部席に座って準備しているばななと共に放送局へ戻った。

「フェイクニュース?」
 オオタケPが黙ってスマートフォンの画面をこちらに向ける。SNSの投稿だった。「多摩フェス開始直前に火事だって! こわ~」という文面に、画像が貼られている。祭り櫓の半分が炎上し黒煙が昇っていた。
「こんな……なんですか、これ」
 他にも、屋台や特設ステージ、関係のないパルテノン大通り近辺から遠巻きに火災の様子を撮った画像や、炎が舞い上がる瞬間の短い動画が複数のアカウントから同時多発的に出回っている。
「今から一時間くらい前、リハの最中に拡散されていたらしい」
「火災なんて起きてるわけないじゃないですか! わたしたちさっきまでそこにいたんですよ!?」
「だけど世間は知らないでしょ! そんなこと!」
「ワタヌキさん、中継先から音声来てます」
 若手の技術スタッフがわたしたちの間に割って入る。
「繋いでください」
 モニターの1つがつながった。ポポ美越しに法被を着た市長の顔がアップで映っている。
「困りましたよ、ワタヌキさん。例のSNSで『#多摩フェス炎上』なんて拡散されているもんだから、さっきから市内の問い合わせ窓口に連絡が殺到しているんです」
 市長は青ざめた表情で、両手のピースにしてクロスさせ胸元でハッシュタグを作りながら嘆いている。
「物見遊山で来た人たちに、フェイクニュースだと説いても、期待外れな顔をするか、逆に怖がって帰っていく人たちばかりで……。とりあえず警察には連絡しましたが、現場は大混乱です」
 一体出所はどこなのか。そもそもこれは本当にフェイクニュースなのか。全十名のスタッフたちが副調整室の至るところで口々に不安の声を漏らしている。
「フェイクであることは間違いなさそうだ」
 そう声を張り上げたのはサエキさんだった。
「投稿されている動画の一つを編集機材のほうへダウンロードして解析した結果、たクロップの痕跡が見えた。よくできてはいると思うが、こいつをかませて拡大、スローモーションしてみると、加工の粗がよくわかる」
 サエキさんの横でハシビロコウモデルが少し得意げにしている。
「じゃあ、一体だれが?」
 スタッフたちがサエキさんを取りまいて編集モニタを見ている間に、わたしはタブレットで「#多摩フェス炎上」の投稿をかたっぱしから遡って追いかけていく。14歳の頃、自分に関係するハッシュタグを血眼になって検索するのを止められなかった記憶が蘇り、動悸が激しくなる。
「あれ? この人ぼくたち見たことあるよ?」
 横からのぞき見していたばななが、コツコツと画面を嘴で叩いた。ちょうど拡散が始まった一時間前に投稿されたアカウントに差し掛かったところだった。わたしはスワイプの手を止め、ピンチインでアカウントのプロフィールアイコンを確認する。つい先日オオタケPが言っていたインフルエンサーのパキーシャだった。「衝撃の事実! ふと訪れた多摩市にてまさかの火災現場に遭遇!」という投稿の下に、さっき別のアカウントの投稿で見たのと同じ画像が貼られている。他にもいくつものフェイク画像の投稿を「#拡散希望」としてリンクを飛ばしている。
「見たことあるって、どこで?」
「この前の街ぶらロケした時だよう」
 わたしはサエキさんの周りのスタッフを掻き分けて呼びかける。
「サエキさん、この前のくく郎のバグった映像、今出せますか?」
 なんでまた、とこぼすも、サエキさんは手早くモニタを切り替える。パルテノン大通りの俯瞰。ゆっくりと空が映り、本物のハトがつがいで横切る。画面が瞬間的に明るくなり、ぶれが激しくなった後、祭り櫓周辺のズームイン。通りすがりの人たちが、櫓を見上げたり、Bugzで撮影をしている様子。
「ここで止めてください」
「一体これが何なんだ」
「やっぱり、パキーシャが映ってる」
 くく郎の対角線の位置に立つ彼女は、Bugzを使って櫓を撮影していた。それ以外の日に撮られたPiitaの映像にも彼女が映り込んでいる。彼女の立ち位置とSNSに挙げている炎上櫓の画像が撮られた位置を照合してみると、符合していることがわかる。
「ワタヌキさん、キー局からの連絡が入ってます」
 技術スタッフから再び声がかかる。
「そうだよ、今は出所よりも、生中継をどうするかの方が問題だよ!」
 いきり立つオオタケPを横目に繋いでもらう。
「あ、トリダカ放送局さんおつかれさまですー。あと30分でそちらにお渡ししですが、いけそうですか? なんか今、SNSで火事? みたいなのが出てるってキャッチしてますけど。一応代替番組のBプロ用意してるんで、そっちに変えることも今ならできますけど」
「大丈夫です、いけます」
 わたしが即答すると、「ちょっと! なに勝手に答えてんの!」とオオタケPに腕を掴まれる。
「なにか問題ですか」
「火災はフェイクの可能性が高いけど、まだその確証は取れてない」
「だったら何なんですか」
「それでも今、報道しても良いと思っているの?」
 スタッフたちの視線がこちらに集まっているのがわかる。
「だからこそ報道するんじゃないんですか」
 わたしはオオタケPの手を振り払う。
「何が本当かわからなくて、多摩市民に不安が広がる今だからこそ、誰よりも現場に近いわたしたちが一次情報となって、ありのままの現場をわかりやすく映像と言葉で届ける。それがローカル局にできることだとわたしは信じてます」
 はあ、と深いため息をつくオオタケP。
「放送事故はしゃれにならないよ。Piitaだってこの状況をどう対処できるか……」
 だいじょーぶだよ! という声が、モニタ越しにいっせいに聞こえてきた。現場で待機する10台のPiitaたちの返事だった。
「要するに、火災はフェイクだってことを証明するような画を見せればいいんでしょ!」
「しかも楽しく、オモシロく!」
「僕たち日頃からずいぶんワタヌキに無茶させられてるから慣れっこだよ!」
「ねーねー、この中継がうまくいったら、僕たちアップグレードしてもらえる~?」
 わたしとオオタケPは思わず顔を見合わせて苦笑した。モニタには、Piitaたちが持ち場の上空でぐるぐる旋回している視界が広がっている。最高に快晴。絶好の祭り日和じゃん。
「それと、」
 わたしと目が合うと、若手技術スタッフが「私ですか?」と首をかしげる。
「さっきのサエキさんのVTRを証拠映像として市長と警察に連携してもらえないかな」
「でも、そうすると誰がスイッチングを担当すればいいか――」
「おれがやるよ」
 ダイキチだった。いきなり部屋にやって来て間髪入れずにそう言う彼は、わたしが口を開く前にもうスイッチング卓に腰を落としている。
「こちとら8年、おまえの作ってきたもん観てんだ。任せろ」
「辞める同期にはなむけの仕事だね」
 ダイキチはにやりと頷いてモニタを見据えた。
 わたしはモニター前の卓の真ん中に陣取ると、インカム越しに指示を開始した。
「中継まであと10分! 全員持ち場について!」

#7
 ただいま現場とつながっております。多摩フェスの状況はいかがでしょう? トリダカ放送局さーん。
 キー局からの声掛けで中継が始まった。
 まずはポポ美が画面の端に女性リポーターを入れ、背景に多摩フェス会場のアーチの様子を映し出す。
「はーい! こちらは多摩フェス会場の入り口です。これからいよいよ、開催式が行われようとしています! 会場のメイン広場にある祭り櫓には、続々と人が集まりはじめています」
 リポーターの溌溂とした声の後ろで、アーチをくぐる家族連れが団扇を持ってこちらに手を振っている。
「はい、祭り櫓の話きました。くく郎の中央広場の広角ショットいきます」
 わたしの指示に「あいよっ」とダイキチが応え、画面が中央広場へ切り替わる。屋台骨には紅白幕が巻かれ、てっぺんの屋根は提灯で囲われている。拡散された画像のように、火災なんて起きていない。荘厳とした姿でそこにある! 足場にはねじり鉢巻きを巻いた和太鼓奏者が、いざ始めんとバチを握った手を高くふりかざした。
「演奏始まるから奏者のなめショット切り替え! その後花火いくからね!」
 奏者は緊張の面持ちでぺろりと上唇を舐め、それから「せいやっ」と威厳の良い掛け声とともに演奏が始まった。地鳴りのような重低音が辺りに響き渡る。腰を仰け反らせて打ち込む奏者の一打一打に、観客がいっせいに拍手を送った瞬間、青空に開幕を告げる昼花火が打ちあがった。色のついた煙が空に舞う。その中を二羽のツバメモデルが高速で駆け抜け、するりと旋回してハート模様を浮かび上がらせると、会場はさらに湧きあがる。櫓の下、観客の足元をローアングルで構えていたカルガモモデルがそれを見逃さない。
「さあ、太鼓と花火を合図に、神輿が街を練り歩きはじめます! 担ぎ手は、多摩市民の有志のみなさんです!」
 5分経過しました! タイムキーパーが声を張り上げる。
「了解! ポポ美、神輿のフルショットが終わったら、ちょっと神輿のてっぺん行ってみようか」
「てっぺんっすか?」
「そ! 屋根の鳳凰のところから、ぐるっとハイアングルで神輿の両脇で見守るお客さんの顔を見せたい」
 ポポ美はリポーターのいる入口から猛スピードで大通りの中心を練り歩く神輿に近づく。ポポ美が瞬時に横切っていく様を見て、小さな子どもの観客たちが何とか捕まえようとはしゃいでいる。
 ポポ美はぎりぎりまで神輿に近づいていく。アップにされた神輿の鳥居や屋根紋など細工の美しさにハッと目を奪われる。
「こちらの神輿は創業半世紀にわたる多摩市神輿製造業協組合による、高い技術と伝統によって制作されました」
 現地からモニターを見ているリポーターがすかさず補足を入れてくれる。それから神輿のてっぺんで鳳凰と横並びになったポポ美は、上から観客たちをぐるりと見渡す。顔を赤らめ担ぎ隊と共に掛け声を張り上げる人々、その肩越しで神輿を撮るBugzたち。ごとごとした神輿の揺れの音と臨場感が伝わってくる。
「10分経過! 残り5分、巻き気味でお願いします!」
「ラストスパートだ、魅せるぞ!」
「そしてなんと言っても、祭りを盛り上げる屋台も見逃せません!」
 リポーターの声を合図に、ツバメモデルが屋台の端から端まで勢いよく駆け抜ける。色とりどりの暖簾がはためき、お好み焼きを焼くおばちゃんの「きてね!」の笑顔のクローズアップ。金魚すくいの水槽に飛び込んだカルガモモデルは、水中の金魚の表情を撮る。そこから水面にパンすると、ゆらめく子どもの顔。そこにもう一台別のカルガモがやって来て、虎視眈々と金魚を狙う子ども表情を水槽の外から捉える。
「ワタヌキ、多摩市警から連絡が入った。さっきのフェイクニュースを流した犯人を捕まえたって」
 さっきまで席を外していたオオタケPが戻って来る。
「まじっすか。臨時テロップ出ししますか?」
「キー局のほうで出してもらう。それで、先方から中継をあと7分延ばせるかって聞かれてる」
「それ、できるかできないか、わたしで返事してもいいやつなんです?」
「ワタヌキの代わりに『できる』って答えといたよ」
 思わず「っしゃ!」と拳を強く握る。ワタヌキさん聞こえてますよお、と中継先のPiitaからつっこまれ、副調整室にも小さな笑いが起こる。
「よーし! みなさん、そんなわけで尺が7分伸びました。我がトリダカ放送局と多摩市の魅力を、あと5分も伝えられるチャンスです! 街の人をカメラの前まで連れてきてもらえますか? フェスの感想を聞いていきたい」
 指示を受けたリポーターとくく郎が即座に屋台の近くにいる父娘に駆け寄っていく。
「さて、参加者の方にフェスの感想を聞いてみましょう」
 リポーターがマイクを向けると、父親は「ああ、来てよかったですよ」と表情を明るくした。
「SNSで出回ってたフェイクニュースが怖いなって思いもしたけど、なんにも起こってなかったし。あと何より、鳥の演出がよかったですね! 軽やかで美しくてスピード感もあるし」
「わたしもトリさんほしい!」
 思いがけない父娘のコメントにわたしたちはきょとんとする。
「Piitaのこと、演出のひとつだと思われてるっぽいです。ネットでも、『なんだこのトリおもしろ』って拡散されはじめてます!」
 スタッフの一人がSNSを見せてくれる。彼らがBugzで撮った写真には、神輿の周りを飛ぶポポ美や、特設ステージで歌うシンガーソングライターの横で踊っているクジャクモデル、櫓の周りを盆踊りのように練り歩くカルガモモデルが映っていた。
「えっ、あれってPiitaなんだ! 懐かしいなあ。気づかなかった!」
 リポーターが演出ではないことを訂正すると、父親は目を丸くした。
「なんだか僕たち、撮られてるんだか撮ってるんだかわからないですね」
 顔をくしゃくしゃにして笑う彼を見て、ああそうか、と思う。
 わたしはようやく、自分が撮りたかったラストがわかった気がする。
「あと6分です!」
「ワタヌキ、最後どうする?」
「リポーターの締めでつなぎます!」
 わたしはためらいながらも、それでオオタケP、とおずおずと続けた。
「最後のカットはわたしが撮ってもいいですか。どうしても撮りたい画があるんです」
「どういうこと?」
「オオタケPのあのバズーカみたいなカメラ、まだ動きますかね」
「ワタヌキさんが撮るんですか!? ディレクターが席立っちゃまずいですよ」
 オオタケさんはスタッフの動揺をものともせず「行ってきな」と頷いた。
「ここは僕が見ておくから」
「持ってきたよん!」
 頭にバズーカカメラを乗せたばななが、リノリウムの床を腹ばいで滑ってくる。接続を確認して部屋を飛び出そうとした間際、「ワタヌキ!」とダイキチに呼び止められる。
「お前のバッタ、視聴者に見せて来いよ」
「残り5分!」
「さあみなさん、いかがだったでしょうか?」
 リポーターのワンショット。締めの言葉に入る。
 わたしはドアを蹴破った。12階のここから屋上へ行くには、エレベータを待つのが早いか、階段が早いか。逡巡している暇はない。廊下を一目散に走る。非常階段の扉の前に差し掛かる。腹ばいでついてくるばななを抱え込み、3段飛ばしで駆け上がる。息が切れて肺が破れそうに痛い。
「残り2分!」
 イヤモニからタイムキーパーの声。屋上の鉄扉をあけてばななを下ろし、ふらついた足取りで欄干に近づく。背伸びをしてカメラを構えるけど、これじゃあ足りない。もっと上から撮らないと収まりきらない。わたしが撮りたかったもの。
「ぼくが乗っけてあげる」
 ばななは屈んでわたしの股下に潜り込むと、そのままわたしの尻を頭に乗せてぬっと立ち上がった。バランスが取れず身体がふらふらと左右に揺れる。なんとか背を仰け反らせて態勢を整えてカメラのレンズを覗き込み、前方を見据える。そうだ、この景色だ。想像以上の景色。震える両手でカメラを持ち、めいっぱい腕を空に向かって伸ばす。
「残り1分! ワタヌキの画面に切り替えるぞ!」
 わたしが撮りたかったもの。
 大学生の女の子はこの街のことを「ダメなところがあっても、なんだかんだ愛しいって思うから」と言っていた。だけどそれはきっと「ダメなところ」なんかじゃない。わたしたちが「ダメだと決めつけていたところ」でしかないのだ。古いからと諦められていたPiitaたちの壊れた映像が、何かを証明したり、誰かを笑わせることだってある。14歳のあの日、「プレゼントだと思っていたけど違った」と吐き出したバッタは、それでもきっとスズメにとってはプレゼントに値するご馳走だったんだと思う。
 そんなふうに少しだけ、自分の想像していなかった見方を知れるもの。世界の解像度が上がるもの。
「放送終了まで3秒前、2、1……」
 パルテノン大通りを歩くたくさんの通行人。太鼓が響く祭り櫓。フラミンゴモデルが踊るステージ。良いにおいのする煙が高くのぼる屋台。そしてそれらすべてを上空で旋回しながら撮り続けるPiitaたち。そのPiitaに手を振る観衆。
 放送が終わったと知らされても、わたしはしばらくの間、この景色を撮り続けている。

【了】

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