蟻率アントレシオ・オーバーシュート

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梗 概

蟻率アントレシオ・オーバーシュート

蟻率アントレシオが振り切れて、本当に良かった。半分以上蟻だけど。全然幸せ。

「見ないでよ」17歳のマツリは蟻率の計測結果をクラスメイトのシンヤから隠す。11%。上がっているじゃんと彼は茶化す。みんなは20%を越えて、触角とフェロモンで会話しているのに。マツリだけは一向に増えない。一番蟻率の高いサキが通りかかる。蜜で張る胸、腹節の括れ、長い触角。全てが羨ましい。

蟻率、体液に含まれる蟻由来の化学成分の割合。30%を目指すように言われ、50%がヒトとしての臨界値だと言われている。10%未満のままだと、マツリの父のように、消化不能な蟻の蜜が体内に蓄積して死へと導かれる。父の写真の前で、マツリは蟻化が遅い体質を呪った。

蜜を巻き散らかす新種の蟻が世界中を埋め尽くして、ヒトは蟻化せざるを得なくなった。けれど、若者はみんな、蟻化を楽しんでいた。流行りのフェロスタグラム、触角でのグルーミング。フェロモンを知覚できず、疎外感に苦しむマツリは促進剤を盗んで、毎日倍量を飲み干すが、蟻率は微小にしか増えない。

「このままじゃ早死するし、就職にも困る。最近は仕事の指示をフェロモンでやるんだから」
教師にそう告げられた放課後、カフェで憂鬱とするマツリに、サキが声をかける。
「4ヶ月間、ずっとこう。40%から進まないの。命令フェロモン、早く出したいのに」
端末で蟻化の進行を見せ合う。ずっと低空飛行のマツリ。41%に漸近し、急に進まなくなったサキの蟻率。その日から、ふたりはよく話すようになった。

マツリはサキと協力して新薬を入手した。やっと微増。それでも、蟻化はサキの方が速くて羨ましい。45%、50%。サキは命令フェロモンを分泌可能になり、フェロスタグラムで大人気に。それを見ながら眠るマツリ。14%、夜中、蠢く内臓の感触。34%。急速な上昇。朝、65%。臨界値を越えていた。

腹に節、触角の張り、胸と尻にたまる蜜。寝起きの母が悲鳴を上げる。学校、クラスメイトのフェロモンを初めて読み取る。サキの金魚の糞だと蔑まれていた。身体の奥に感じる衝動に身を任せ、命令フェロモンでナオキを呼び出し性交した。子宮の脇に生まれた精子保存庫に、こんなのの精子でも残しておければいつか役に立つだろうと思った。身体の変化の意味を、本能が彼女に告げていた。

「蟻になりすぎだよ。交尾期間しかセックスできなくなってるよ。精子、貯めておけるけど」マツリの様子を見てサキは微笑む。マツリはサキの唇を奪い。口移しで促進剤を与える。サキも65%。おそろいだねと笑って、命令フェロモンを駆使しながら、いい男を探して回った。貯め込んで、気が向いたら子を産めばいい。

命令フェロモンでクラスメイトたちに終わりなき行進をさせながら、蜜の中で男と交わるふたり。ヒトを苦しめる蜜は、蟻にとっては戯れの道具だ。

遠くから、蟻化を進めすぎた先駆者たちがふたりを見守っている。

文字数:1200

内容に関するアピール

1. 課題に際して考えたこと
・増加の度合いとその比較(サキ:速いが途中で停滞、マツリ:ほぼ増加しない)で、キャラクターの感情を揺さぶれないか。ヒトは増え方の差異を気にしてしまう生き物だから。
・増加することの「良さ」の感覚が作中と読者の側で異なること。
 ・生きるために、蟻に近づかないと行けないとしたら?良い…のか?
・増加の臨界点が存在すること。相転移が物語を駆動すること。
・増加の過程が視覚的に(文字で読んでも)わかりやすいこと、感情もそれに従って動くこと。
 ・→「変身」を取り扱おう。

2. 着想
世界中に分布する人間が(ある意味)戯れに出しているプラスティックゴミが海洋生物の胃に入り込んでいるのと同じように、世界中に分布する蟻の分泌物が人間を困らせるとしたら?と考えました。

3. なぜ蟻?
社会性があり、生態が面白い。
・フェロモンに従うと無意識で行動できる(帰巣など)
・フェロモンで遠隔コミュニケーションする。個体識別をする(触覚に記憶が宿る!)
・雄も生殖できるが女王アリに制御されている。女王アリは雄の精子を貯蔵できる(好きな時に産卵できる)

参考資料:
・プラスチックスープの海
・蟻という生き物 (http://www.antroom.jp/cms/page/ant004/)

文字数:533

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