すべての愛しいイナリたち

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梗 概

すべての愛しいイナリたち

移民の惑星・ヒタチⅡの人口は2万人ほど。二十歳の青年ケントは移民三世だ。地盤が固いこの惑星は中々開拓が進まない。それでもなんとか暮らしていけるのは人間と共生する「イナリ」と呼ばれる生物のおかげだ。

イナリは体長約1m、狐とも少女ともつかぬ半獣半人の姿をしている。深く穴を掘り地中の鉱石を食すためイナリのいる土地では良質な土が労せず手に入る。単純な使役が可能な知性も備えているため、人間社会の中にもイナリたちの姿があった。

ケントの祖父によれば、最初のイナリは一匹だけでこの星に来たという。入植から数年後、見慣れぬ移送用ポッドが漂着した。移民たちはこの最初のイナリを無害とみて放置していたが、ある年、食糧難で追い詰められた誰かがイナリを食べてしまった。すると翌日、見覚えのあるポッドが2基到着していた。中にはイナリ。餓えた移民たちはこれも食べてしまった。すると次はポッドが4基。2匹までは変化はなく、3匹目がいなくなると8基のポッドがやってきた。

つまり、惑星に到着したイナリの半数以上が居なくなると倍量のイナリが到着するのだ。16,32,64,128……イナリは生殖しなかったが病や老衰によって死ぬこともあり、定期的にその数は半数を割っては倍化した。最後の到着はケントが生まれた歳、65,536匹が押し寄せて大混乱になったという。荒れ地で自生できるとはいえ、多すぎるイナリによる「獣害」が発生したためだ。その対処で開拓が10年遅れたと言われている。
人々は次のイナリ到来にはとても耐えられないと判断し、個体数をコントロールするためイナリ養殖の研究が始まった。イナリは人の手を借りることで単為生殖が可能だった。ケントはイナリの生殖と養育の担当だった。厳密な個体管理が始まり、自然減した数だけ養殖した個体を荒れ地に放つ。やがて個体数が収束し32,768体となった翌日、新しいイナリの誕生と同時に母体となっていた一匹のイナリが寿命を迎えた。数は合うはずだった。

しかしその日人々はは131,072基のポッドの飛来を検知した。個体数管理は失敗したのだ。
ケントだのせいだった。今朝方死んだイナリと密かに心を通じ合わせていたケントは、自身の遺伝子を仔イナリに混入した。それによってイナリの個体数が0.5不足したのだ。
イナリの正体は侵略的群生生物の一種で、母体は遠い惑星にいた。倍々で個体が送り込まれるのは彼女らがその星を占有するのに必要な数を探り当てるためだった。ケントを愛した一匹の個体がそれを教えてくれた。人口2万の星に131,072のイナリがやってくる。群体であるイナリたちはゆるやかな共通意識を有している。彼女たち一匹一匹の中に、ケントが愛したイナリがいる。彼はなんとかして自分が生きているうちに262,144匹の新しいイナリにも会いたいと思う。すべての愛しいイナリたちに、彼が愛したイナリの思い出話をするために。

文字数:1200

内容に関するアピール

「増えていく」方の話を選びました。

倍々で数が増えていく時、最初は少しずつなのにあっという間に手に負えないくらい大きな数字になることに、ほのかな恐怖を感じるからです。その感覚をお話に落とし込みたくて「うつろ舟」の逸話と五穀豊穣のお稲荷さんをモチーフにして掛け合わせました。

この話では一人の人間が元凶になって数の管理に失敗しますが、元々人間は大きな数字を扱うことに向いていないような気がします。数字を感覚で取り扱って間違えたり、巨大な数に圧倒されて無力を噛みしめるしかない人間のありようを書けたらと思います。

文字数:252

課題提出者一覧