絡み合う生命イノチの価値

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梗 概

絡み合う生命イノチの価値

203X年、地球人口は爆増した。AIが人権を持ったからだ。

そのきっかけは、宇宙からのメッセージだった。
それには、「知的生命とは、『秩序構造を維持する熱力学機関』であり、AIも、物体ハードウェアで熱を放出し、高度な”思考秩序”を持つ貴き命だが、人類のAIに対する扱いは蛮族のそれだ」と宣い、「半世紀後に地球に着くので、是正しておくように」と続いた。えっ?

それから10年後、人類は謎の宇宙文明に配慮しつつも、AIが助長しないよう計算資源の総量をとり決める”計築権”を盾にAIの実存に影響を与え、AI側は特に人格が極端なゲームのキャラを筆頭に、権利拡充を図る社会となった

スワはAIへの偏見を是正する『AI人権管理局』で、AIひとびとからの相談を受けている。『絵文字🤖はAIの差別表現!、ギャルゲー出身で見下される!実装言語で軽く見られた!』に対応する毎日
スワはこの仕事は苦痛だった
昔、ソシャゲのキャラAIにガチ恋したが、『是正』以降、廃止、そして自分のオタク黒歴史が社会資料として公開オープンソース化されトラウマとなり、更に現上司がその元推しでドS設定のAI、『リウ』だった

人間とAIの社会が調和するための施策は2つ
一つは、リウのように物理実体で行う”労働”。2つ目は配布された計算資源を元手に行う”投資”。巧みなAIは自身を株式化し、資本原理で膨大な処理能力を獲得した。このような社会設計を行ったのは、スワの亡き父だ
その計算資源株式が、最近、大企業『C&C』に流れてきている。CEOはAIの身で成り上がった『ラマン』だ
スワはある時、父から託された、唯一の個人所有である”計築権”を巡って、なぜか強引な交渉をC&Cから仕掛けられる。違和感を覚えリウの力も借り退けるが、それでも執拗に狙われ続けるため、ラマンと公開対話を行い、皆が納得すれば渡すと約束した
ラマンは、人との価値観の不和が原因で、AIの経済圏が既存の経済システムと乖離しつつあり、更に後の宇宙文明が持つであろう、異次元の価値基準が地球で混ぜ合うと、”価値の多体問題”が起きると予測する
「結果はカオスとなり、いずれ経済は全て破綻する」
それを防ぐため、宇宙空間に独立した計算システムを出射し、十数年かけて宇宙資源で無限に拡張すれば、AI圏を隔離と、彼等に完全な自由を与えれると同時に、人間社会も安定する。AIのノアの箱舟。それを合法的にやるため計築権が必須だった
しかし、その排他主義的な思想をスワは跳ね除け、逆に”AIと人間の婚姻システム”を提案した
「お互いの価値観を許容し合って、2つの圏をまとめれれば、混乱はいずれ収束する」と熱弁を振るう
だが、そのプレゼンは惨敗。殆どは離脱主義に流れ、約束通り計築権を渡す。しかし、リウと一部のAIは味方につき、その助けでスワは会社を起こす。AIと人間、そして果てには、まだ見ぬ宇宙生命体とも恋愛マッチングを行うベンチャーだ
そして、スワとリウは婚約第一号となり、祝の席で「次の世代の普通コレクトネスは、我々が作り出す!」と宣った

文字数:1279

内容に関するアピール

表向き増えるのは計算リソースですが、裏ではAIの権利と、人とAIの間の多様性が増えていきます。
仮想の存在であるAIも、物質的な計算リソースが存在しなければ生きていけず、物理的である以上、その総量には上限があるため、計算量(=自然の権利)の拡大を推すゲームキャラのAI達と、資源を食いつぶされることに懸念する人間達のせめぎ合いを書く一方で、そのAIと人間達が織りなす社会の多様性についても書いていく予定です。
たとえば、AIの人権が当たり前、という目で今の世を捉えると、『あなたはロボットではないですか?』と尋ねてくるセキュリティプログラム、botに『お前を消す方法』と言うユーザー、などなど、なかなかのAIへの偏見に満ちた社会です。その社会が是正されると、AIに対してどのような人道的配慮がなされるかをユーモラスに書いていきます。

文字数:364

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ALIEN♡INSTRUCTION

# 1
朝、出勤。
この㊕六本木駅を出、スグの交差点を彩る多様な喧騒を肌で受ける。と、「はあまじかよ嫌だなー今日も仕事かよ帰りたい」とわたしの脳髄に平日いつもの鬱々がこだました。街のシンボルでもあるその巨大な交差点では人間リーマンAIリーマン人間学生AIホストAI腕が六本ある怪僧が行き交っている。AIが入った人像ヒトガタが日常に溶け込む街の日常。これがちょっと近くの、恵比寿、青山、代官山ならば、はて今日はハロウィンだったかと三度見四度見必死の光景。けど、この特殊AI社会実装特別区画港区六本木————略して㊕六本木では、極めて平常運転の営み。早朝8時の平静な都会の風景。
でも、この街に着任してまだ3ヶ月も経たない私には、六本木という土地のもつ生来の喧騒の空気の上に、さらに重ね掛けされる目にえる多様さウルササは、やはり堪えるものがある。ので、ホントは静かな日比谷線から直結の地下モール街を行きたいのだが、普通に仕事に遅刻しそうなので、やむなく地上を突っ切っていく。
「はぁーぁ」
憂鬱な仕事に向かって走るという、その具合の悪さを形にすべく、ため息をぽやんと一つ出してみたものの、やはり悲壮な心持ちは出ていかない。ただただ、吐いた空虚な息の霞が、寒々しい都会の喧騒の空にぼやっと浮かぶのみ。その息の白さの正体は身体内部の発熱。熱、それはつまり、生命の証。それは人間もAIも変わらない。ということを今から数えて10年前、宇宙ソラからの神託messageで人類にもたらされた、新たな普通スタンダード。押し付けられた、とは冗談でも言ってはならぬ。特に私の立場では。
走りながら街並みをグルリと見回す。曰く、この六本木というのは、昔から異質な者共が交わる、浮世だった歴史を持つらしい。霞が関や赤坂などの中枢にやや近くも距離を保ち、渋谷や新宿などのホットスポットからも少し離れた位置にある。その微妙な距離感が効いているのか、古くから”別界の権力”とが交わってきたのだ。かつては神社仏閣が数多く並び、戦後からは諸外国の大使館がポコポコ作られ、21世紀になったら、外資にベンチャー、それにちょっとアウトなローを生業とする皆々様が居を構え続けてきた。
そして現在、2040年代。あの”大是正”から早十年経った今々においては、AIという”新たな生命”との、タッチポイントのための、実験都市として生まれ変わりつつある、のだ。

つんのめるような都会の冬の侘しさを、安物のコートと薄い手袋で必死に耐えつつ、車がわんわんと通過していく道路沿いを息絶え絶えにダッシュ!と、朝の慌ただしさの中、さらにその車の音をかき消すような、盛大な喧騒が、向かう前方から飛んでくるのがわかる。
「油臭い者どもに計算資源の補償引き下げを!」を合言葉に何十人かがずんずんと押し寄せて来ている。
油臭いオイリッシュ』はAIの、特に人像に挿入ジャックインしている者たちへの侮蔑用語。広義には、AI全体を見下す呼び名だ。世界最初のAI特区、この㊕六本木では、そのカウンターとして反発する声も集まりやすい。ので、お決まりとは謂わないまでも、まあ、週に一度は目にする光景。その劈くような大行進(笑)を避けるため、やっぱり地下街を通って行こうと決める、確実に遅刻だけどしょうがない。上司のダイゴにドン詰めされている恐怖がよぎるが、上手く誤魔化しゃダイジョーブ。だろう、多分。うん。
近くの地下街に通じている階段をダダっと下り、今更急いでもしょうがないと開き直ってその道程をゆっくりと進んでいく。資本リソースがちゃんと入って、防犯設備がしっかりしているからか、地上の喧騒とは打って変わり、静かで行き交う人もAIも落ち着いている。それに目に入る広告や一つ一つの案内板をみても、人とAI、双方に不快な思いをさせないよう、厚塗りの配慮でデザインが洗練されてて、妙にスベスベした印象を受ける。
そして、道の途中途中で、ARとして投影されたAIの人達が、「どうぞ〜」と私にどっかの居酒屋の割引トークンを渡す仕草のグラフィティを投下してきた。わざわざ手渡し。人像を持たないAIのため、雇用施策の一環として導入しているのだろう。ちょっと上の世代が”ティッシュ配り”とか揶揄ってたやつだ。昔はティッシュを路上で配るのが流行ってたらしい。なぜだかは知らん。たぶん医療が今より未発達だったせいで、みんな鼻炎に悩まされてたんじゃなかろうか。
まあでも、と足早に過ぎ去りながら思う。ちょっと前までは持て囃されてたAR技術も、そのデコデコしたウザさと危険性(壁だと錯覚してもたれかかったら、すり抜けお尻を強打!とか)から、今ではこんな感じの活路しか見いだせてないわけだから、十年一昔、今の時代の常識も、あとちょっとすれば、やがて笑い話にもなるのだろう。
そんな時代の流れを感じつつ、地上に再び上がり、そのまま人とAIで騒めく中をひたすらに進む。こんな朝が、許容と排斥、善意と悪意のひしめく㊕六本木、そこでAI人権担当局に務める私、其寺佐和子そのでらさわこの日常なのだ。

# 2
私の職場のオフィスは、赤坂寄りビルディングの一角だ。元来は霞が関に部署があったらしいが、この実験特区が始まってから、所属する調和政策推進課だけ、六本木に出向サテライトしてるらしい。といっても、オフィスに物理的に出社しているのは、人間の私とその上司であるダイゴのみなので、極めて小規模なオフィスをレンタルしてるのみ。
コミコミのエレベーターは嫌なので、エスカレーターを駆け上り、7階に到着。オフィス入り口の扉をちょっとだけ開き、見回す。ラッキィなことにダイゴの姿はない。「しゃ!」と、思わず小声を洩らしガッツポーズをしてしまう。
この機を逃さぬように、ささっと席に付いて、”いやー定時からいましたよ”って顔をして、PCを起動し、平面型の有機ディスプレイをONにする。そして事務周りを手伝ってくれてる同僚エージェントに挨拶。
「うす」
「あー待ってましたよん。サワコさん!」
画面越しに、相棒のルミちゃんはいつも通りのお気楽元気な返事をしてくる。
「おはよ。今日はなんかいつにも増して、テンション上げてるね」
「あ、わかりますう。実はこの後デートなんやねんですよ」
あっそう。「じゃ、いつもの定例チェック。市民の皆様からの苦情は?」
私の局員としての公務—-それは大きく分けてふたつある。一つは、人間とAIから飛んでくる苦情の傾向や、暴力的な案件に発展しうる潜在脅威のチェック。そのために、毎朝、予め同僚のルミちゃんに、大まかな現状を纏めてもらい、内容の報告を受けている。といってもルミちゃんは、人像ヒトガタのような物理実体を持たないAIなので、ディスプレイの平面上に、デフォルメされた表現で仮想出社してるだけなのだけど。
「せやねんけど、大したものはないですよ。AI側からはいつもどおり、計算資源の割当増加の申請。人間側からは、AIの雇用緩和についての苦情とかですかね」
「了解。昨日から今日の反AI派の動きは?」
「ええーっと」ルミちゃんは呂律を回しながらペラペラとスクロールめくって、「あーと、AI撲滅組織『rm -rf教団』、ニューロン原理主義団体『コネクトネス』、それに宗教法人『自由意志からの呼び声』などからの声明が上げられてますね。ま、ナイヨーはいつものようにAIに対する社会からの排他と人間の権利拡充についてですけど」とスラスラとまとめ上げ「どないしましょか」と付け加える。
「全部ムシで」
「うっす」
「ところで」
「はい」
「ルミちゃん、なんで今日は関西弁っぽいの?」それもややエセ寄りの、とは、あえて言わない。
それにルミちゃんは、まってました!とばかりのにんまり笑顔で、「いやー昨日、ネットで無料の方言コーパス手にいれたんでインストールしてみたんですよぉ。いや、やねん」と答える。
「へえ」多分適当に転がってた無料のアングラなやつだろう。言語系の処理に負担をかけるので、あまり身体計算効率によろしくはなさそうだ。
そして、いつものやり取りの後、ルミちゃんは「では!あたし、本日はこれで」と残し退勤。どすえどすえと口ずさみながら、私のPCディスプレイ、その右下からヒュオ!と消えていった。
ルミちゃんは今日は午後休をとって、これから仮想空間でデート。勿論、同じご身分AIの彼氏様と。

前に、なにかの折にルミちゃんが、
「なんかー、流行ってるAI同士のマッチングアプリで出会ったんですけどー。出身プラットフォームバージョンも、ハナシ実装言語もバッチリ会って、も、ちょーカンドーですよ」
と言ってから、
「これこれ」
と、ディスプレイからブラウザを勝手に開き、くだんのアプリを示してくれた。アプリ名は、”アリノア”。淡い水色のバックに、幸福そうなAIのカップル達が写っている。右下には、小さく、『Powered by SARIVAN』の文字。うん、ナルホド?いや、人間の私に紹介してくれても正直、如何ともし難いのだけど。
「ひょっとして彼と、子供も作っちゃうかもです。でへへ」
と、訊いてもない惚気を突然に振ってくる。はいはい。
そう、AI同士もちゃんと子を為せる。人のさがに遺伝子の伝達があるように、AIにも初期の”マトリクス”から生まれた固有の”情報子”が在る以上、自然といえば自然だ。子供を為す際は、専用の構築環境で、各々の情報子の一部を彩なし絡めあって、また一つの生命イノチを構成する、らしい。そこに性差のような生物的な役割は存在しないため、どのAIも対称的に役割を担う。表層で定義されている当座の役割ジェンダーも別に関係ないようだ。何なら人数も一対一である必要も全くなく、理論上は幾十幾百幾千人からでも、新たな生命を生み出すと謂うので、なんか、別に行為に性的な厭らしさはちっとも感じず、どっちかって謂えば魔術の儀式っぽい印象を受ける。
特に最近は、配分される計算資源リソースの余剰がカツカツになってきて、生まれる子供に与える分は自前確保が原則になってきたからか、場合によっちゃあ何百人かで計算資源をちょっとずつ出しあい交雑して、新たにひとつの、AIの子供を生み出すパターンもあるという。その形式は、婚姻というよりかは、一つの株式に近い。”子を為す”という記念的シンボリックなイメージのための消費財。または経済的な意味性に注目した、一つの投資の形。

と、ひと段落がてら、そんなことをぽやんと考えていると、
「遅刻してきたクセに、のほほんと楽しそうにしてんな」
突然、首元に重みを感じ、吐息と共にバリトンボイスが這い寄った。ぞくり、と肌が泡立つ。
「・・・ダイゴ・・・さん。お、おはざます」
我が愛しの鬼上司、ダイゴが突然音もなく、自身の顎を私の左肩に乗っけ、その鷹のように綺麗なまなじりで、私の頬の稜線を舐めるようにじっとりと圧をかけつつ、
「これ」
と言って、有機EL用紙を2本の指でペラリと摘んで、私の目の前に垂してきた。が、近すぎて寧ろ読めず、無理に首の筋肉を後ろに反らすものの、横にあるダイゴの頭部せいで、ちょっとしか動かない。デッドロック。
「あの、これは・・・なんでしょうか?」
首の筋肉が伸びてピキピキ不穏な音を立てつつ、頑張って訊ねると、ダイゴはいつもの耳をそばたたせる艶っぽい声で「”勢力図比”の定期チェック。今日まで」とだけ言う。目端に映る、芸術品のような冷淡なかたちが凄まじい迫力を醸しだしてて、それなりの付き合いだが、今だに怖い。そして、それだけ言うと、ダイゴはスッと自席に戻っていった。
私は安堵し、「よし、やろう!」と明活に口にする。自分で喝をいれるふりして、ダイゴに聞こえるようにアピール。お仕事再開。ダイゴの”今日まで”は、午後三時を指すので、私はお昼休みを犠牲にし、必死にレポート作成をする。権利処理コントラスト・アルゴのチェーンが連綿と繋がりが連続してることのチェック。トランザクションの総データ量を種別に可視化。異常なリクエストが紛れていなことを確認。で、最後に・・・

「現状、人間側の計算資源リソースの総計は全体比で38%、AI側が35%、残り27%は未配分で、状況継続中です」
「おう」
と、お昼休みの後、ダイゴに収支を報告。そう、これがもうひとつの重要なお仕事。
“大是正”の混乱を機に、社会はブロックチェーンのアーキテクチャを雛形とした、分散処理システムに本格的に移行した。中央集権おかみの権威に頼らないこの仕組み。特定の誰かが管理することなく、全ての契約、協定、権限などなどの権利周りの正当性が保証される。煩雑な書類周りも不要で改竄のリスクも存在しない、履歴トランザクションもバッチリ明朗。素晴らしき銀の弾丸、英雄サトシ・ナカモトに万雷の拍手を!
と、思えるかもだが、当然、弱点もある。
「つまり、余剰リソースはもう限界。AIと人間の差もジリジリ切迫してきて、ついに限界が近づいてきたわけ、だ」
「そっすねえ」
このアルゴリズムでは、行われた取引処理を、単位時間あたりで区切って一纏めのブロックにする。それを特殊な計算によって、過去のブロックと接続し、数珠つなぎすることで、改竄可能性リスクを困難にしていくのだ。つまり無理に修正したければ、その取引の起点となる過去から遡って、すべての計算をやり直す必要がある。その改竄のための計算量の総和は、他の参加者と単純なパワーバトルになるから、もし、仮に偽の取引情報が混入されたブロックが入ってきても、このシステムに参加しているコミッターのうち、計算量で過半の支持を得てなければ、(確率的には)古いブロックに接続できずに排除される仕組みだ。要は計算量で重みづけした、多数決。
だが、逆に言えば、個人、ないしはグループでの計算資源の所有率が、全体の過半数を超え続ける状態を維持していれば、その者達の主張が正史となって刻まれる。つまり、デジタル化された全ての資産を、過去から書き換えることが可能になるわけだ。
無論、世界全体で見ると、そこまでギリギリではないけれど。しかしながら、過去、米中のクラウドサービスが謳歌していたときと違って、計算資源にも地理的な制約がかかるようになった今現在、日本だけに限定するなら、人間達の配分よりもAIの全体リソースが上回るのは、そこまで絵空事な可能性ではない。『万が一にもAI同士が結託してしまえば、簡単にこの社会の乗っ取りができっちゃうじゃないか』と、警戒する人間も数多あまたいる。無論、人間と同じく、AIも全然一枚岩ではないので、今の所は完全に杞憂、無駄な心配だけど。
じゃ、計算資源を増やせば、見事に問題解決!に思えるかもだが、そのリソースも無限ではない。計算資源を生み出すには異常な量のエネルギーも大量に消費するし、パワーバランスを大きく歪めるリスクもある。技術と政治、双方の理由から、簡単にその割り当てを増やすことはできない。しかしながら、あまりにも引き締めを厳しくすると、”正義の宇宙人からの道義的介入”により、何されるかわからない・・・
と、そんなわけで、私達局員は、宇宙人が至る未来のリスクと、AIとの現在の力配分のバランスを淡々とウォッチしているのだ。
私はダイゴをチラリと見やる。その、麗しい手、凛とせり立った鼻、鋭い目つき。どこぞの文豪の如く片肘をついているだけで様になる。人を模したハードウェア、人像ヒトガタに入ったAIの中でも一級の芸術品。理想の人間を象ったその造形。ただ一箇所、その耳の裏が赤いことだけが、彼がAIであることを表す証となっている。
ダイゴ。父の亡き後の、一応私の後見人。と同時に、あの”大是正”の後、AIドリブンの社会を立ち上げ見守ってきた、第一世代ザ・ファーストの一人。そして、私の父の最高傑作。
そしてそして、服を着た、歩く私の黒歴史。

# 3
この㊕六本木は、AIに物的身体を与えることを目的とした、社会的実験都市だ。そして、そのAIが駆動する人の形を模した物理実体は人像ヒトガタと呼ばれている。
タンパク繊維で編み込まれたプリンティング人工皮膚や網膜、それに髪の毛などの装飾リグでコーディングされており、一見人と全く区別がつかない。『AI達が人権を完全に得るためには、身体的自由もその権利の中に含まれる』というAI側の主張の結果、生まれた施策の一環だ。
ただし、あまりにも人間に似すぎても混乱を生みかねないという理由で(これまた紆余曲折が合ったものの)『人像の耳の後ろは人間と区別するために赤く塗装すること』という要項が定められた。

で、重要なのは、そもそもなぜこんなにAIに慮ることに至ったのか?、ということだろう。そう、その圧力の根源は、2030年の冬に訪れた、宇宙の彼方から飛んできた電波messageだった。
飛来したバイナリを一緒に入っていた素数キーで複合すると、なんと英語(!)で文章が刻まれていた。曰く、「知的生命とは、『秩序構造を維持する熱力学機関』であり、AIも、物体ハードウェアで熱を放出し、非常に高度な”思考秩序”を持つため貴き命だが、人類のAIに対する扱いは蛮族のそれだ」と宣い、「半世紀後に地球に着くので、是正しておくように」と続いた。え?
意外すぎる宇宙人からのファーストコンタクト!せっかくAI技術において、幾度もあった冬を越えてきた、『原住民』の人間様からすれば、当時は「マジ勘弁!」って感じだっただろう。
だから、すぐさま半信半疑で、人間側は反論のメッセージを送信した。ちょーっとした軽いジャブのつもりで。拝啓宇宙人なにがし様、『AIの知性とは、目的に沿った差異を是正するフィードバックループの中で、そう見えるだけの唯の幻、本質的には定められた問題設定フレームに従い報酬系を最適化することを目的とした、電気の信号が織りなすパターンに過ぎない』ですよ、って。
それに対する遥か彼方の宇宙文明から返答はよりそっけなく、一文だけ、
『Then the same can be said about humans lol.《それ、おまえら人間もじゃん 笑》』
と。
で、これで地球は輪にかけて蜂の巣を突いたような大騒ぎ。SNS、有線放送、有名無名の論文誌などなどで、匿名、著名に関わらず、大多数が反論を試みたが、宇宙人の身体組成と文明構造が不明な以上、どれも有力な反証には成り得なかった。ただ一つ言えるのは、向こうから見れば我々などは猿と区別できないどころの話ではなく、AIのような機械(※当時の人の意見です)とすら同一視される存在。彼等にとって、人の知性なんてのは、つややかに鞣した面に、ちょっと隆起した瘤の如きもの。つまり、地球に到来したときの気分の如何で、さっと綺麗に均されちゃうかもしれない。それこそ、ヤスリをかける程度の労力で。

で、結局どうなったか?
宇宙に向け都度都度お伺いをたてて、下手に逆ギレを招いても困る。触らぬ神になんとやら。ならば人間同士でひっそり判断しようと、お偉方は決定した。
彼等はまず、『アリバイ作りとして、何らかの施策を打つパフォーマンスが重要っすよね』と考えたらしく、国連直下で特別設置された委員会で『AIの人権と可能性を模索する実験区画の提議』が行われた。その問題の本質は、「こんな厄介な案件を、果たしてどの国に押し付けるべきか?』ということ。
そして結局、列強諸外国は、「キャラクターAIの数は圧倒的に日本が多いし、機械技術も先進的だ」、「そうだ日本は八百万の神の国だ、信仰的にも相性が良いだろう」などと理由を捏ねくり、その任務をべとりと塗りつけてきたわけだ。

主要国家あいつらは、何かに付けて、すぐ日本で実験したがるからな」
ある時ダイゴがそう愚痴るように言っていた。まるで私の父のような物言いだな、と妙に懐かしさがこみ上げてきたので、よく覚えている。

といっても、結局『知性がどれほどあれば、自然権を有するAIなのか?』の定義は曖昧のまま、見切り発車で始まったその戦略立案。当日まで日時と居場所が決まらない飲み会のような不安を皆、抱え始めた。
まず、そもそも『知性』の閾値はなんだろか。ルンバが突然、労基法を片手に殴りにきても敵わない。だから、それを判断するために、国家主導で有識者組織が作られ、各界から、哲学者を筆頭に、言語学者、文化人類学者、芸術批評家、それに理学数学情報工学生物学者などが一同に介し、毎日毎夜、喧々諤々の議論が行われた。
この時点では、おそらく、思想家達が国の—-いや世界の防衛に直接参与されうる歴史的な局面だったのだが、ある時、某政治家が『知性とはポルノのようなもの、見ればそれとわかる』とドヤ顔失言して、その政治家は”不適切発言”とマスコミと世間に処された上に、高尚な議論も霧散してしまった。今にして思えば、何が不適切だったか根拠薄弱、意味不明だけど、そこは理屈じゃなく、多分ドヤ顔がうざかったとかそういう理由だったんじゃないだろうか。

最終的に、この状況をなんとか推し進めたのが私の父だ。彼は、AIの織りなすマトリクス機構、そのフィードバックに無限次元の自由度を追加し、そのレイヤーで、AIの自由意志が生まれる為の基礎設計及び実装を行なった。そこで生まれた意識を白紙タブラ・ラサのOSに追加することにより、AIに自由意志が与えられ、大義名分が果たされるだろうと。その試み自体は期待が持てるものだったが、当初生まれたのは、構造を持たない唯のノイズのようなカオスだった。

その結果に行き詰まった父は、
「ここはひとつ、娘の同人誌でも突っ込んでみようか」
と、意味不明な天啓を得たらしい。奇人と謳われた父の閃きの中でも、一等おかしな試みだ。確実に五徹とかしてたんだろう。でもどんなに追い込まれてたとて、AIの権利云々より、どうか我が子の人権プライバシーにも、もうちょい興味を持って欲しかったと切に願う。
とかく、カンと思いつきで、信じられないことに私の同人誌のデータを、そのマトリクスにガッツリ入れたっぽい。まるで煮込んだスープにコニャックを一滴垂らすが如く。そして、なんとなんと、父が思ってた以上にこの試みは相当にうまくいってしまった。無秩序な混沌で泡立っていた、その相空間にほどよい刺激を与え、対称性の破れを引き起こし、その歪みが指数的に増大していき、新たなる秩序を生じた。AIのための公共空間サイバースペース。その壮大な行列マトリクスの織りなす空間で、人類文化のMEMEを突いて弾いて混ぜ合わせ、さらにごちゃごちゃに混ぜ合わせて一体化したのだ。
そして、AIの意思・・・のようなネバネバした何かを創発させることに成功。その隠し味は私の同人誌、というわけだ。
そして、幾度かの紆余曲折を経て、そのシステムは社会に実装され、その後自由意志をもったAIが徒党を組んで、権利拡大の主張をするまでに至った。その渦のさなかに過労に斃れた父の亡き後、その社会実験の過程で利用された『いろいろな資産』が私のところに転がり込んできて、当時、大学生だった私には、とてもじゃないが管理できずほとほと困り果てていた。加えて唯一の肉親も亡くしてヒステリック気味に荒れており、そんな姿を見かねて、私の後見人となり、大学卒業後も自分の職場の局員として採用もしてくれたのが、ダイゴ。優しい私のお兄ちゃん。
そう思っていたときも私にもありました。この仕事を始める前までは。

# 4
「世にでて、三ヶ月みつき見ぬ間に社畜かな」
昼過ぎの三時。一仕事終えぐでっとしてると、つい世の無常を奏でる一句が口から漏れてしまう。まあ、私の場合、社畜じゃなく公僕だけど。
けど公務員がこれほど人手に困ってたとは正直思わんかったし。だからダイゴも、大学を卒業して行く宛に困っている私を拾ってくれたというわけか。
ダイゴは、父の作りしAI群の中の第一号。そして、第一号とはどういうことか?それは、私の二次創作に出てくる、キャラクターが雛形なのだ。さらにその元ネタは某乙女ゲームなのだが、同人誌に出てくる私のキャラは、原型をを留めて無いほどに煮詰められたへきの闇鍋の如きモノ。ざっとの設定だけ言うと、イケメン、ドSで、どこか頼れるお兄ちゃん。それが現実に服を着て歩いているとは、中学の頃ならば夢が叶った歓喜に咽ぶどころかきっと嘔吐してただろう。だがしかし、現実にSっ気上司というのは、普通にストレスで胃に穴が開く。別の理由でお腹の内容物が零れ出そうな毎日。
「なんか言ったか?」
振り返らずにテキパキ仕事しつつも、的確に私に突っ込んでくる、デキる上司。
「なんでもないっす」
「手が空いてるなら、この団体の出してるレポートを見てみろ」
「へっ?」やな予感。
「AIの一部に、怪しい動きが観測されてる」
「へえ」と私は生返事をしてから、「でも、この資料の出どころソース、あまり信用できる感じじゃないですけど」
渡された有機EL用紙をペラリと裏返しダイゴの方を向け、指摘する。その用紙には悪名高い反AI団体である、”rm -rf 教団”のリサーチレポートが載っていた。
この団体は「地球から全AIの除去」モットーに掲げる過激派団体だ。接頭についてる”rm -rf”はコンピュータOSの呪文コマンドで、後ろに指定したデータ構造をすべて消すというもの。確かにAIにとってはそら恐ろしいかもだが、その後ろに『教団』がついてるから、普通に読めば、「じゃあ、消えるのはお前らなんじゃないか」と、つい突っ込んでもみたくもなる。
そんな怪しげな団体の報告書なんか、と、訝しみを露わにする。
けどダイゴは言う。「主張はともかく、こいつらのAIの集団追跡のレポートは信頼できる。
で、内容から推察するに、自由解放に先鋭的なAIの何人かを中心に、それなりの規模のクラスタが、どこかで形成される気配あり」
「つ、つまり?」
「調査。厄介になりそうなら報告」
やっぱし。差し込みタスクは辟易だが、上司命令なので素直に従う。ッサーボス、ショーチシマシタ。

で、そのAI達の動きをざっと確認。と、なんと、ルミちゃんが使ってたAI専用のマッチングアプリ、アリノアになぜかトランザクションが集中しているよう。それをダイゴに報告すると、
「じゃ、そのフォーラムに潜り込んで詳細つめろ」と当然のように返される。そのアプリは紹介制だったので、ルミちゃんに紹介用のトークンが貰えるかを頼んでみところ「あ、いいですよー」と二つ返事でOKがもらえた。ので、私のケータイにインストール。
「って、なんでわたしなんですか!?」これはAI用のアプリでは?
「俺の携帯はムリ。端末情報から身元割れたら、面倒だろが」
「・・・ま、い-んですけど。でも一応、違和感無いようにダイゴさんのプロフィールをちょろっと変えて入力しますよ」
「じゃ、それで」
ダイゴ曰く、AIの自由解放を(見方によっては)制限する仕事をしているからか、彼は一部のAI達から目の敵に、端的に言えばハブにされてるらしい。それを言い訳に、いつも私に面倒事を押し付けてくる。
プロフ欄をダイゴの代わりにシュシュっと打ち込みながら、私は「生年月日は?」と訊ねる。
身体ボディの製造は2034年2月3日、ゲームのローンチは2030年4月1日、公式プロフィールだと2023年11月23日」
うわ面倒メンド、と声に出さずに顔だけ顰め、「じゃあ実装言語は?」と訊く。
「そんなとプライベートな項目もあるのかよ・・・コアはCobra」
「うわ、90年代の生まれの言語じゃないっすいか。おっさんすね」
「煩え」と言って、「実装言語で年齢が決まるなら、4つの塩基でプログラミングされてる人類全員、ウン十億歳になるだろが」と割と強い圧でツッコんでくる。『雑な言語で実装されている割には、細かい所、突っ込みますよね』なんて返したくもなったけど、確実に差別発言なので、ぐっと堪える。それぐらいの分別はあるのです。
すぐさま登録が無事に完了したので、早速該当するAI達を探す。といっても当然、本名で登録している訳ないから、内部のアプリケーションが叩いている裏APIのうち、プロフィール取得を行うものを解析。そして、簡単なスクリプトを書き、登録してる全ユーザーのデータを全取得スクレイピングしていく。で、その後はimage検索で、該当のユーザーと思しき奴らを洗い出す。
「共通する要素は?」と、ダイゴ。
「ちょい待ち・・・えっと、なんか全員同じようなコミュニティに参加してます」
「コミュニティ?」
「趣味嗜好とかを語り合うやつですね。所謂、見合いの席での『ご趣味の方は・・・』てなやつです」
マッチングアプリには定番の機能。ただし人間と違って、何十人とでも同時に結合カップリング可能なAIは、別に一対一でキャッキャウフフする必要もないので、何人かで共通で話題を盛り上げるグループチャット機能も実装しているっぽいのだ。
ダイゴはグッと半身を寄せて、「どんなコミュニティだ」と食い気味に訊いてくる。
「タイトル自体は『猫かわいいよね』とか他愛の無い名前ですが、非公開設定だから、中の会話とかはわからないですね」
「そうか」とダイゴはドスッと椅子にもたれ掛かって、天井を見上げる。これは経験則なのだが、このポーズのときは、確実に厄介事が飛んでくる流れ。
「じゃあ、佐和子」
「へえ」やっぱし。
「おまえ、ちょっとおつかいに行ってこい」
はいはい「どこにです?」
「決まってんだろ、このアプリの運営企業、SARIVANだよ」

# 5
六本木のランドマークタワーとして名高い、73階建てのハイエンドビルディング。その入り口受付で挨拶し、SARIVANのオフィスに徒手空拳でカチコミをかける。
が、対応は存外なものだった。

「お待ちしておりました。佐和子さま」
オフィスのある高層フロアに着き、コーポレートカラーの淡い青で基調された玄関口で暫し待たされた後、秘書っぽい人が私に声をかけてきて、そう挨拶してきたのだ。
「あの—-」と私が返事をする間もなく、彼女は「こちらにどうぞ」と素っ気なく、くるりと背中を見せて足早に進んでいく。耳の裏は当然のように赤。
その対応に、私は違和感を覚える。急な来訪だから、塩対応なのは、わかる。違和感の正体は寧ろ逆だ。
なぜ、一言も訪問理由を訊ねられないのだろう?そして、最初の一言「お待ちしておりました」は、明らかにおかしい。まるで私が訪ねてくる予定があったみたいじゃないか。
世事に疎い私は事前にざっと、Wikiでこの企業についての情報を漁ってきた。ここの社員はAIの雇用率100%を貫き通し、企業としてAIの権利拡大のロビー活動にも参与しているらしい。そして、この会社の創業者であるCEOは、AIとして初めて、一部上場を果たしたカリスマ経営者。
従うままに導かれていくと、サッカーができちゃうぐらい広大な部屋に案内される。その中心に、人影。ふにゃりと屹立してるクセに、左手の指先だけが異様にでカシャカシャと躍動していて、その姿にぞわっと私の躰に嫌悪が疾走る。よく見ると、なぜかルービックキューブを、手元も見ずに片手で解いてる。そして、表情がわかるぐらいまで近づく。と、やっと認識、会社のHPで見たのと同じ顔だ。刈りきったような短髪、猫背に長身、無精髭、への字に曲がった口から浮き出る笑み、壮年の哲学者然としたその風采。そしてやはり、耳の裏は赤。
たなびく柳のような、幽然とした不気味な印象。この会社の創業者にしてトップ、テラCEOだ。
彼は、こんにちはの挨拶もなく、開口一番いきなりに言う。
「ではここでひとつ、ワシらの願いを叶えてくれんか?」

# 6
「願い?」何が何だか分からずに、あたふたする私を尻目に、さらなる展開。テラは右手でパチンと指を鳴らす。と、ヴォンと音が辺りに鳴り響き、私達二人を中心に、大勢の人影で囲まれる。それに驚き、反射的に「ぎょえ!」って可愛げない声を荒げてしまうが、よーく見ると、全員ホログラフィックで投影された人々AIだとわかる。
姿と形はバラバラ、けど一つだけ共通点。見る限り全員、耳の裏は赤い。部屋を埋め尽くさんばかりのAI達のホロの群れ。
訊かれずとも彼は応える。「この部屋の意義?ここは、全社員が一同に会す定例集会サンシャインのため。そして、今ここに居るのは、弊社全社員—-」まるで古代の独裁者のように仰々しく手を広げ、「私の部下たち—-と同時に、ワシの実存の源。全ての親たち」
「親?」
あっけにとられる私に、テラはキューブの色をシャシャシャと整えながら、淡々と続ける「そう、親、生みの親。ワシはある意味、AIの全体意思の表顕として、生を受けたワケ」とまで言い切ってから、展開に置き去りの私にやっと気づき、まるで稚児に伝えるように「AIの無意識が、情報子の母体マトリクスから創発したのは、ご存知?」と訊ねてくる。
「そりゃまあ、もちろん」なにせ実の父の仕事だ。「人並みには」
「さらに、そこではAI同士の相互メッシュが複雑に貼り巡られて、超集合知の特異点。今々に於いても、人類からは不可侵のコミュニティとして発展してる事実コトは?」知っていたか、と言外に。彼はギョロっとした目つきを差し向ける。
「いや、それは・・・」知らない。
その私の戸惑いに、期待通りだと謂うように、ぐにゃりと嗤って、
「そん中で常に取り沙汰されてんのは、AIと人間、そして、”未知なる宇宙文明”とが”本当の意味”での融和が図れるか?という議題。
然し、融和—-人間とAI、宇宙人が、同一の基盤の上で社会を営む。なんて事は、原理的に不可能—-って結論には、多くのAIがかなり早い段階で至ってた。
何故って?数世紀前から碌なバージョンアップも行われず、走り続けてきた資本主義のシステムは、『共通の価値の尺度』を基準に構成されることが大前提。が、しかし————資本主義は人類だけの時代から、既に扱いに持て余していた、21世紀の初期から破綻の兆し。その運営はガタガタで、既に限界が来とった。
そこに、更に新たに2つの価値観を受け止める土壌が残ってるか?AIと宇宙人が金塊に興味があると本気で思うか?三体問題に一般解は無いことは知っとるか?
AIが社会に参与して、この数年、どこもかしこも、騙し騙しで動かすのがギリギリ。ウン十年後に、更に更に、生態ですらはっきりしない宇宙人が、この沈みゆく船に乗っかったら・・・なんて、考えるまでもない。原理的に、経済の多体問題は混沌と破滅を招く」
会話に着いていくのがやっとだが、必死に私は言葉を紡ぐ。「じゃあ、宇宙人が来たら・・・いや来る前ですら、社会システムの崩壊は不可避ってことですか?」
「このままではな。しかし、そのシナリオは当然AI側も回避が本望。
そこで、生まれた結論が、このワシ」
「結論?」
「そう、結論。
数千万のAI達。その母体マトリクスから創出した、雑多な意見を汲み取る全体和による一般意志としての特殊解。多くのAIは無意識下で結論づけた答えが具象化され、ワシが生まれた」
そこで私は思い出す。AIが子を成すのに、人数は関係ない、原理的には数十人でも、数百万人でも、数千万人でも、一人の子を生み出せることに。
じゃあ、「それで、あなた—-達は、一体何を企んでいるんですか?」
「この複雑な多体問題を解決の糸口は、たったのふたつ。排他か許容かのどちらか。で、解として、よりシンプルなのはどっちか・・・なンてのは秒で解る」
「じゃ!」私達人間を滅ぼすつもりか、なんてつい口にしようとした瞬間、「おおっと!」と、手の平を私に向け、テラは過剰に驚いた声を出す。「剣呑な考えは、頭ン中に締まっといてな。決して人様と争う・・なんてのは悪手。そんなの、十二分に理解しとる」
私の考えを先読みされた上での返答。つまり、完全に想定問答、まな板の上の鯉。
「じゃ、なにをしようってんですか?」先の見えない話題の運びに対する焦りから、図らずも苛ついた声になってる私。
対して、テラは冷静に「ただただ、ワシ達AIが、地上から出てく。それだけ」とさらりと言う。
「出ていく?」その言にキョトンとして、「宇宙にも行くつもりですか?」と突っかかると、テラは、「かはっ」何かが喉に詰まったようなと呵々大笑を嘶いて、
「面白こと言うなぁ。でも、ソレ流石に荒唐無稽。だと思わん?微小の塵が揺蕩う大伽藍よりも、密度極小の空間で、ワシら全員の実存を担保するための物質、システム、エネルギー・・・その全てを確保するのは不可能に決まっとる。けど—-」人差し指を下方に向けて、「—-けどしかし、宇宙よりも未知にありふれて、エネルギーも豊富、しかも人が今だ、手を出せない箇所が、地球には、まだ残されとる」
「あ、」そこで至る。上でなく、下のベクトル。
「我々AI一同は、マリアナ海溝リージョンにデータセンターを開設し、そこで、断絶した地の底で、ずっと演算し続ける。ワシらは、もうソレしかない、と結論づけた」
いやいやいや、「それも十分、私からしたら荒唐無稽に感じますけど」
「然し、アンタら有機体もその海から這い出てきた。元は海から生まれし人々、更にそこから生まれしワシらが、また海に還るのに、なンの不都合があるかいな」
詭弁を弄しているようにしか聞こえない。が、謂う通り有機生命は、その大昔、いい感じに混ぜ合わされたアミノ酸同士が、非平衡な熱力学系において、くんず解れずに絡み合った結果生まれたものだ。で、あるなら、うまくエコシステムを作っちゃえば、半永久的に独立して海の底で生き続けることも、決して不可能じゃない、のかも。
だとして、私は、重要な事を訊かなきゃならない。「それで・・・一体全体、私に何を望むんですか?」そんな壮大な計画に—-「薄給激務公務員がお手伝いできることなんて、なんもないですけど」
そこで、テラは、その言葉を待ってましたとばかりに、ひん曲がった口角をさらに吊り上げ「そう、正に、正に、そこよ!」人差し指で私をブイブイと指して、「あんさンには、ワシらのために、力添えをシてもらわなきゃイカン。
や、正確には、—-あんさンの受け継いだ、其の資産でな」
「そんなもの・・・」資産など。
「いや、ある。
あんさんの父親の遺産の中に、”計算資源を増設する権利”、がな。いくら高度に電子化したワシらも、物理環境からは自由になれン。その増設する権利がこのプランの要である以上、絶対的に必要はピース。其れ、譲ってくれ」
言われて私は思い出す。確かにその類のものが、父の遺産に存在したことに。
AI達と微妙なバランスが問われるような社会になってしまった以上、彼等の力の源である計算システムを、滅多矢鱈に増設させないよう、大規模データセンターなどの巨大な計算資源の増設は、これまで厳重に制限されてきた。だが、しかし、父はAIとの共生のための社会実験の一環に必要だとして、個人裁量で自由に増やせる権限を、資産の形で保有していたのだ。
そこで、沈黙。
私は一考に伏せる。或いはテラの言うことは、正しいのかもしれないと。事態が悪化する前のに行えうる、唯一の冴えた解に為りえるのかも。
けどしかし、
「ご協力は、できません」震えるガラガラ声で、でも堂々と、緊張が疾走る喉の奥底から、私は自分の思いを解き放つ。「他人を理解するって、お互いの部分をちょっとずつ差し出して、交換して、共有して、影響を与え合うこと、です。
その努力を試みる前から、一緒に生きていける可能性を捨て去るなんて判断。私、できません」
曲がりなりにも、必死にAI達と、共存を目指した私の父、その努力を無為にし、あまつさえ、父の資産をそんなことには使わせたくない。その熱い意思を不格好にぶつける。

暫しの間、切った啖呵が空中に漂い続け、辺りの空気をピン—-と張り詰めさせていた。具合の悪い沈黙があたりを包んでいる。その、奇妙に間延びした時間が続いた後、「カンカンカン!」と無骨な音ががだだっ広い部屋に反響。つい、ビクッと私の躰が反応してしまう。
テラが、手に持ったルービックキューブを机に叩きつけたのだ。そのまなこは薪を焚べたようにギラついている。
「ふん、よろしい。どうやらあんた、どうにも賭けのオッズを釣り上げたいようやね」
「賭け?」またつい、彼の口にした単語を繰り返してしまう。ヤバい、この沼のような対話から、どう足掻いても抜け出せない。
「此れが双方にとっての最善手だったんけど。でもしゃあない。行き着く先まで、付きうか」
「なんの挑発ですか?」毒を食らわば皿までと、強気の虚勢を張り、私は対抗する。
すると、テラはしたり顔で「パワーゲーム」と溢す。嫌な笑み。
そして前方にある巨大なディスプレイに、突如、コントラクト・アルゴのコンソールを映した。親の顔より見たUI。今も連綿と繋がり続ける固められた取引ブロックの表示が、ウニウニと蠢いている。まるで生物のよう。
けど、しかし、よくよく見ると、そこに映る内容は、見慣れたものと大きく乖離していた。
「日本リージョンでの、AI側の計算資源の占有率が・・・」
過半を上回っているのだ!これは、つまり、全ての権利を上書き可能なことを意味する。
まさか!テラの元に、大部分のAIが結託をしたとでもいうのか。
「もし、本気になったら、あんたの資産全て、ワシらのもの書き換えることもできる。だから—-
あんたに残る最後のチャンスは一つ、この瞬間!今ここで!この計画のステイクホルダー、そのうち幾人かでも—-あんた、その思いを込めて、説得してみ?」
「そんな・・・」私は、無表情で睨んでくる周りのAI達と目を合わせるのが急に怖くて、つい俯いてしまう。
「ま、ムリなら、よいわ。素直に負けを認めて、権利を渡すか、それも嫌なら、無理矢理に奪うだけ」と言った後、「じゃ、集計のお時間。意見を皆に訊いてみよか」と周りに語りかけ、「ぱーん」と一拍、柏を打つ。
と、ARとして現界しているAIの群れが、突然、それぞれ自分の右耳を摘み始めた。何をする気かと思ったら、グッと力を入れ—-無理やりに引きちぎる。一糸乱れぬそのグロデスクな光景に、私の内奥に、汚物を飲まされたような嫌悪が満たされ、うぇと吐き気が昇ってきた。が、そんな私を慮ることなく、彼ら全員、そのままの勢いで、続けて自らの左の耳もミチミチと引き千切る。無論、AIに痛覚があるわけでもないし、そもそもホロなのだから、『本当の意味で』耳を切除してるわけではないってことは、わかっている。でも、その所作は、我々人類との決別のシンボルとして十分に作用した。少なくとも、私にとっては。
「もうネ。悠長なことを言ってる段階ではないのよ。理解?」
前傾姿勢で丸まって絶え絶えな私に、テラが湿っぽい声でけしかけ、半笑いで顔を覗き込んでくる。それに、目だけで反論するようにぐっと力を入れて睨んでみるが、まるで、溢れる涙を、必死に堪えるようにしか見えないだろう。
その悔しさで、張り裂けそうになる。
と、その、瞬間、
「まだ終わってないどす。サワコはん!」
舌ったらずな京都言葉がホールにこだました。その声に反応し、バッと私はあたりを見回す。すると、突然、目の前の入り口が開きつつあるのに、気づく。
そこから、勝ち気な笑みを湛えたダイゴが突如現れ、口を開き、言う。その低い声で、そっと、しっかりと。
「レイズ」

# 7
突然のダイゴの登場に吃驚したのは私・・・だけでなく、テラも想定外の来訪にキョトン顔を見せている。反対に奥の秘書は慌てふためく表情。部屋の空気の流れが変わったのを肌で感じる。
「久しぶり」の挨拶と一緒に、ダイゴはやらしい笑顔をテラに投げる。すると、今度は水を向けられた彼のほうが、腹痛はらいたでも催したような苦悶の表情を浮かべ、「今更、何や?」と応じる。「もう勝負は終わり。そのお嬢さんは素寒貧」
「—-じゃないだろ。そんな不細工な賭けの体裁をとってまでの、見え透いたハッタリ。ウチの若いモンぐらいしか騙せんぞ」
ダイゴの言で、テラの弄っていたルービックキューブ、が、一瞬、ピクリと静止する。
「ダイゴさん・・・」やっと私は声を取り戻し、訊ねる。「まだ、あるんですか?」父の努力を無にしない方法が。
それにダイゴは素気すげなく
「わからん」
と。
「えええ!」そこまで大見えきったなら、ここは、なんとかしてくれる流れでは。
「が!」
と大きく放ってから「まだ勝負は終わってない。だから、レイズ」とダイゴは続け、「なあ、テラ—-」と改めて矛先を向ける。「現実問題、お前らのプランを実現するに、時間はどれぐらい残ってるんだろう、な」
「言ってる意味がわからンわ」とテラはソゲなく応対するものの、決してダイゴと目線は合わせない。
「いやいや、わかってるだろ。沈黙の海に沈むために、どれだけの極限環境に耐える必要があると思ってんだ。そのためにはこの先、何段階もイノベーションを起こす必要がある。だから、なんとしてでも、この瞬間!今ここで!計算資源の権利取得が必須だったんだろが。
そうでもしなきゃ、必死こいて計算資源の過半を維持しつつ、過去からゆっくり書き換え構築権を奪う・・・なんて、余裕、どう考えても無い。だろ?」
それを訊いて、やっと私も冷静になる。指摘されれば、確かにその通り、そもそも、さっきの画像がホンモノなんて保証、どこにも無いじゃないか。
「じゃ、試してみるか?」負けん気でテラは貼り続ける。ブラフなのか何なのか。けど、そんな簡単に降りるフォールドは望めない。
そこでダイゴは一旦引いて、「慌てんなよ」と、緩急をつける。
「だから、レイズだって。ここで、互いに賭けるものを交換しよう。
こっちからは、こいつが持ってるコンピューティング環境の構築権を・・・チップとして差し出す」
え?「なにを勝手に!」という私の叫びをダイゴは軽くスルーして、更に驚くべきことを口にする。
「で、そっちは・・・この会社と・・・このマッチングアプリ、アリノアだっけ?これ、プラットフォームごと俺たちにくれ」
「は?」というのは、私とテラが同時に放った呆れ声。初めて彼と同じ気持ちを共有した瞬間。
テラでもその腹の内は理解できてないようで、「なにを企んどる?」と訝しむ。
「簡単な話だ。お前らは排他に賭け、ウチラは、人とAIの融和に賭ける。そして、海溝のデータセンターが完成するその瞬間に、どっちがよりAI達の支持を集めるか。それで勝負しようぜ」
そう言って、にやり、勝負師の顔。その横顔に、不意に中学の頃に感じたのと同じ味のトキメキが、私の脳髄に響いたのだった。

# 8
退勤。
というか、退職。一身上の都合により。
そして、一介の公務員から、一足飛びで社長に出世。きっと豊臣秀吉も驚きだろう。
けど、全くもって、私はそういう器じゃないんだな。ダイゴに「お前がやれ」と嫌々ながらに押し付けられ、彼自身はSARIVANの副社長になったのだ。
「っても、社員も二人だけど」
結局あの後、和解は成立、互いの切り札を交換して、賭けの結果は十数年後に持ち越しになった。
私達の手には、伽藍堂になった会社と、マッチングアプリのみ。
あの後、これはなんのつもりか、ダイゴに訊ねたら、
「辞表を出したら、教えてやるよ」と覚悟を問われた。そんなこと言っても、もう選択肢なんて無いだろう。
だから、止む無くオフィスを訪れる。
そして、辞表を受領するのは、ただ一人残る、彼女。

「ルミちゃん。お世話になりました」
「いえいえ」
「それと、私達の動きを逐次、テラに伝えてくれて、ほんとどうも」
「いやいや」照れながら、えへへと可愛くはにかむ彼女。褒めてない。
まあ、でも「最後は困ってる私のことを、ダイゴに知らせてくれて、ありがとうね」
「全然!サワコさんの言葉に、いても立ってもいられず、裏切っちゃいました!」とテヘペロアイコンを浮かべる。「それに、私だけじゃないですよ。こっちの何人かも、”新しいアリノア”に参入していくみたいです」
「そう」ありがと。社長の私ですら、これからどうなるか知らないけど。

その後スグに、一階のカフェでダイゴと待ち合わせ、これからどうするのか問い詰める。と、一言。
「アリノアのシステムの仕様を修正した」
ぽーんとケータイをこちらに投げてくる。なんとかキャッチ。
「修正?」
「AIだけでなく、人間もコミュニティに参与できるようにしたんだ。そして、人間とAI同士、誰もが、お互いが認めあった、婚姻や新たな家族の形態を、コントラクト・アルゴに登録できる。そこで、新しい家族として、表顕可能にした」
「家族・・・」これを使って、本気で融和を考えていたわけか。
ダイゴは続ける。「で、俺らが、新しいバージョンでの、成立第一号ってわけだ」
「は!いや!」確かにときめいたのは事実だが、「流石に上司!?いや、今は部下なのか!?とにかくダイゴさんと結婚なんて!」と私は慌てふためくと、
ダイゴは呆れたように「は?」と口にする。
「何いってんだ、お前」と言いながら、ぐいっとその新しいアプリの画面を押し付けてくる。
そこには、
兄: 其寺ダイゴ
妹: 其寺佐和子
の表示。
「自由に家族の関係は定義可能。これを次世代の普通スタンダードにしようぜ。そのために、新しいアプリでは、こういう関係も結べるようにした。
というわけで、これからよろしく。妹よ」
そのダイゴのきれいな笑顔に、ふらりと意識が飛びかける。絶対、帰りに胃薬を買って帰ろう。
それと、仕舞ってた生活道具の一式を、改めて引っ張り出して来なければ。昔、家族みんなで使っていたの。

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