発火点

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梗 概

発火点

いまや地球はうだるほど暑い。どこもかしこも暑い。太陽はゆっくりと膨張している。植物は枯れ、海は沸き立っている。

荒療治をこばむ潔癖な者たちは暑さに耐えかねて息絶え、そして過激な身体改造と薬品の過剰摂取を辞さない一握りのひとびとだけ生き残った。鋼のうろこのような見た目の皮膚がかれらのからだをびっしりと覆っている。

かれらは自らを火の民と称し、耐火薬を浴びるように飲みながら暮らしている。耐火薬を飲むことで、大地の灼熱とぴったり同じ温度に体温をたもつことができ、数百度におよぶ熱にも耐えることができる。その代わり、耐火薬にはつよい酩酊の作用がある。

主人公はとある退屈な集落で暮らしていた。学生だったが、煉瓦造りの学舎で授業をまともに聞かず、図書室から延滞し続けている石板に刻まれた物語を隠れて読んでばかりいた。娯楽はきわめて限られていた。

あるとき読んでいた物語の題辞エピグラフに、どこかで見たことのある名前の人物によるテキストが引かれているのに気づく。おぼろげな記憶を辿ると、火の民以前の時代に生きていた曽祖母と同名の作者であるような気がする。図書室の司書に問い合わせると、そんな無名の本はここにはないと言われる。それは石板に転写されておらず、転写される予定もなく、燃えやすい紙媒体のままで南方にある村の巨大な冷蔵書庫の中にまとめて放り込まれているはずだという。

もとより生活に倦んでいた主人公は車を盗み、南方の村をめがけて旅に出る。その頃、ひとびとの体温はまだ紙の発火点にはぎりぎり達していなかったのでそのうちにゆかねばと考え、急いで北から南へ——ぬかるんだ塩原と化した海を横切りながら——移動する。太陽は日を追うごとに大きくなってゆく。途中で自動車が逆火を吹くが、そこを通りがかった耐火薬の工場に勤める青年がその修理を助け、旅に合流する。二人はなんとか時間内に目的の村へ到達する。

書庫にたどり着いたとき、体温はまだ発火点を越えていなかった。そこにはひとりの門番がいるばかりで、利用者も司書もいないらしい。体温が閾値に達するであろう24時間後には書庫から出ることを一応約束して、巨大な冷蔵書庫に入り込む。次第に読むことに夢中になり、手当たり次第に本をひらきながらどんどん奥へと分け入ってゆく。見も知らぬ無数の物語を前にして、これまで石板で与えられていた文章がどれほど退屈なものだったかを知る。時を報せるベルが鳴っても、本から顔をあげることができない。

そして二人とその周囲の本は炎につつまれる。庫内の温度は発火点を超えて上昇していく。二人は大急ぎでありったけの耐火薬を飲み、炎の燃え盛るのをうっとりと見つめる。どうせ誰も読まないならば燃えても同じことだろうと思う。結局、曽祖母かもしれない人物の著作を探すのはすっかり忘れている。

 

文字数:1163

内容に関するアピール

近所の公園を散歩しているときに耐火樹が植えられているのを見て、それでは耐火性のひとびとがいたらどんな暮らしをしているだろうと思って筋書きを思いつきました。

うだるような暑さ、やるきのなさ、やり場のない鬱屈、すてきな酩酊感がどんどん赤熱してゆく文章を書ければと思っています。

文字数:135

課題提出者一覧