三つ指をついた獣たち

印刷

梗 概

三つ指をついた獣たち

生きざまが人の外見に出る、などという言い回しはこの世界には存在しない。代わりに生獣≪しょうじゅう≫に出るからだ。

一人につき一頭の生獣は、三本の鈎爪が生えている長い腕、笑っているような顔に毛むくじゃらの姿は共通しているが、人々の心や暮らしぶりが己の生獣の身体に蓄積されていくため、その外見は様々だ。
 生獣は普段は人の眼には見えず、主である人間と共に死を迎えた後、初めて死骸が実体化する。まだ生きているうちに姿が見たければ、合わせ鏡をすれば良い。無数の自分の鏡像の中に紛れて、こちらを見つめる生獣を見ることが出来る。
 人々は己の生獣の姿と、それがどう見られるかを気にかけて暮らすのが大抵だった。ボランティアを積極的にする者。生獣用を謳う怪しいサプリを買う者。生獣の写真をネットに投稿する者もいれば、プライバシーとして他人に見せない者もいる。

増川も幼い頃、尊敬していた知人の葬儀で醜い生獣を見たトラウマから、生獣の姿をとりわけ気にする一人だった。どれほど人間を騙せても、結局生獣の姿は誤魔化せない。増川の生活の最優先事項は常に生獣だった。

ある日、増川の耳に聞き慣れない囁き声が聞こえた。
「こまっているの。たすけてほしいな」
 部屋の三面鏡を見れば、自分の生獣がほほ笑むような顔を向けて手を振っている。生獣が喋ったと困惑する増川に、獣は構わず話を続けた。自分たちは憑いている人間の感情を頂いて成長する。ところが人間の方が先に死に、飢えかけた生獣が近くにいるという。仮住まいをさせてやってほしいと頼む生獣に増川は頷く。生獣がいるという場所で合わせ鏡をすると、鏡像の中からするりと一頭の生獣の鈎爪が現れた。

引き取った生獣は美しく、増川の追い求める理想の姿の一つをしていた。
 この手を使えば、自身の生き方を気にせずとも美しい生獣が簡単に自分のものになる。そう気づいた増川の生活は、いかに美しい生獣を集めるかが中心となっていく。ある時は他人の獣を盗んだ。他人を映して合わせ鏡を行い、生獣が映り込んだタイミングで素早く鏡に映る姿を自分と入れ替えると、うまく持ち帰ることができた。

様々な手段で美しい生獣を集めていた増川はある時、鏡像の中に見覚えのない生獣の姿が数頭映っていることに気が付いた。
 首を傾げる増川に、奥にいた歪んだ獣が笑っているような顔を向ける。

「あなたのかんじょうはおもしろいね」

それは元々増川に憑いていた獣だった。
いくら美しい獣を他所から集めようが、増川自身の心が歪めば生獣に現れる。美しかった他所の獣たちまで、姿が変わりつつあるのに気が付いた。増川が後退ったその時、呼んだ覚えのない生獣がまた一頭、鏡像に現れる。

歪な生獣が、近くの仲間にも増川の感情の珍味を教えたのだと説明をするその間にも、合わせ鏡の中では次々と様々な生獣が姿を現す。
「みんなでごはん、たのしみだな」
 鏡像を埋め尽くす生獣たちは、揃って鈎爪のある手を合わせて人間の真似をした。
「いただきます」

文字数:1227

内容に関するアピール

モチーフは落語の『死神』と、O・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』、そしてナマケモノです。増やしたものが、自分の手を離れて勝手に増えていく話を目指しました。

話の生獣たちは実は幼体で、憑いている人間が死ぬと羽化をして違次元に去っていきます。増川のトラウマでもある死骸と思われているものはただの幼体の抜け殻です。人間は感情という食べ物を知らずに提供している家畜ですが、食べた感情で生獣の姿が変わるのを見て勝手に一喜一憂しています。例えば身体が苔に覆われ、花や水晶が生えていれば美しい獣とされ、みすぼらしい獣は不摂生の証として嫌煙されます(実際自堕落な生活は反映されやすいため、健康診断で希望者の生獣を診ることもあります)。
美しい生獣コンテストも度々開かれますが、参加者の感情で獣の姿が変わるのでうまくいきません。

実作では様々な生獣の姿や生態を見せつつ、愛嬌と薄気味悪さを両立させたいです。

文字数:393

課題提出者一覧