エンディングノート

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梗 概

エンディングノート

健は婚約者の清美とともに終活事務所に向かっている。清美は松葉杖をつき、右足を引き摺るようにして歩いている。

消失病。三年前に発見された未解明の現象は、罹患者に関する記憶を周囲の人間から奪い、同時に罹患者の身体を消失させていく。清美は右足の膝以下を消失させており、成型した人工皮膚を使って見た目を誤魔化していた。
 実績皆無でありながら消失病専門を謳う終活カウンセラーの北条は、清美が調べて見つけた人物だったが、健は北条の作り物のような笑顔に忌避感を抱く。
 清美は北条の指示通りに終活を進めることをあっさり決める。一方健は終活、特に断捨離に抵抗感を示す。北条はそんな健に、数多くの物ではなく、清美の過去や思い出、残りの日々を1冊のノートをまとめ残すことを勧める。その提案に、これまで一切過去を明かしたがらなかった清美も賛同する。健は清美の言動に疑問を持ちつつも、清美の全てを書き留めていくことにした。

一日目、右腿まで消失した清美は精密検査を受けた。身体に何一つ異常がないと分かる。
 七日目、両足が消えた清美は車椅子生活になった。清美の相続人調査結果で、両親や兄を含む親族一同が死亡している事を健は知る。
 八日目、墓はどうするかと健が訊くと清美は家の墓に入ると答えた。ここで健は彼女の故郷が瀬戸内海の孤島であることを知る。
 十五日目、両手が消失した清美は北条の紹介で入院した。健は薄れゆく記憶に抵抗するように清美の故郷の島を訪れる。しかしそこには廃屋と廃病院、墓地しかなかった。
 二十二日目、健は何かを探すようにノートを見返す。ノートには、島、一族、実験、神隠しなど何かを調べていた形跡があった。しかし健には何のことだか殆ど分からない。
 三十日目、北条に呼び出され病院に赴く健。そこには消失病末期の顔だけになった女性がいた。北条に促され健は女性に励ましの言葉をかける。その言葉に女性は応える。
「私の事は忘れて、新しい人と幸せになってね」
 こうして健は清美の全てを忘れた。

「綺麗になったね」
 事務所の一室、健のノートを手にした北条の正面には、全身を人工皮膚で覆い別人になった清美がいた。
 消失病は北条と清美の故郷の島で生み出された透明人間化技術であった。視覚と他人の記憶から透明になる技術の確立には非人道的な実験が無数に行われ、その牙は島の外部にまで及ぼうとしていた。
 四年前、北条と清美の兄妹は消失病の根絶と新たな人生を歩むことを決め、島の全てを壊した。先に北条が消失病と人工皮膚を使って別人となり、今回は清美の番だった。
 この四年の間に、清美は健と恋をし、清廉潔白な身で彼と添い遂げたいと望むようになっていた。そこで清美は、消失病にかこつけ自身に関する情報を全て健に開示することで、健の記憶から清美に関する全てを消し去ったのだった。
 綺麗な身になった清美は健を想い、微笑む。
「まずは笑顔の練習をしないとね」

文字数:1200

内容に関するアピール

記憶や存在感が減っていく話です。
 終活で使われるエンディングノートは大きく分けて6つの項目に分けられるようです。
 ①私について ②身体について ③財産について ④葬儀やお墓について ⑤大切なあなたへ ⑥マイ・ウェイ
 本作はこれらの項目に沿って、作品全体を一つのエンディングノートに見立てて作りました。
 実作では、健目線で北条の胡散臭さや清美の不自然感を冒頭から前面に出し、謎をしっかりと提示します。読者の目線を意識し、一読目では作品の不可解かつ不気味な雰囲気が楽しめて、二読目で各登場人物の思惑と言動の流れや伏線に納得感が得られるような情報の出し方を目指して頑張ります。

《参考サイト》
 一般社団法人終活カウンセラー協会「エンディングノートに書く項目」(https://www.shukatsu-csl.jp/note 最終確認日:2021年2月25日)

文字数:376

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