梗 概
女王様の国
「本当は、女王様なんていないんじゃないのかなあ」
わたしとシャーリイは、同位の、同学年というレアな関係だ。この国では、身体の電動化率が上がるほど、それに合わせて位が授けられるようになっている。健康体の電動取り替えは違法で、必ず理由が要る。
がんにかかって子宮を摘出した。
生まれつき目が見えない。
職場でメンタルを病んだ。
細かな箇所でも取り替え可能だから、少しずつ、頑張った証拠として電動化されていく。そう。我らが女王様に頑張ったのだと、努力したのだと認めてもらうと、取り替えが認められる。ここは女王様の国。すべてが叶う国。すべてが報われる国。
下位から上位へ声をかけることはご法度だから、同位、同学年で友達になるのは極めて難しい。もちろん規則を守る人もいれば、守らないひともいる。みんな、表面上守っているという顔をしている。私は、小さなときからシャーリイと巡り会って、お互いを話し相手、遊び相手にしてきたおかげで、他の人に話しかけないように注意していれば、その規則はほとんど気にならないものだった。
私とシャーリイは鏡合わせのように似ていて、お互いに電動化された部分が左右逆だった。なんて運命! なんて努力家! クスクスとこぼれるように笑い合いながら褒め合ったのも、本音と冗談と、本心が入り乱れてるからだった。そのうえ、私はシャーリイに見入ってしまうことも多かった。色素の薄い絹のような髪と、それに合わせて仕立てたと思うほど透けるような、つやつやの肌。豊かなまつ毛の下に覗く、最新の義眼は美しく、瞳が虹色に光を反射していた。彼女さえいてくれれば。見たこともない女王様よりも、よっぽど私にとって女王様は、世界は、シャーリイで出来ていた。
「もうあの子はいないよ」
そういって締められるドアの向こう、ソファにカバーが掛けられていた。その不自然なふくらみから、桜貝のような爪がちらりと見えていた。シャーリイの家に行ってももう会うことはできなかった。掃除AI業者が、立ち入り禁止であることを繰り返すだけで、何も教えてはくれなかった。全部持って行ってしまう。そんなの嫌だ。
後先考えず、掃除AI業者が廃棄自動車にすべて積み込んだあと、隙をみて私も乗り込んだ。廃棄自動車の積み荷の中で、懸命に探してもシャーリイはいなかった。重たい机も、ソファも動かして、下敷きになっていないか確認までしたのに。彼女と反対側が義眼である目からも涙が溢れる。泣いても彼女が見つかるわけではないのに。
絶望に打ちひしがれた私を載せた廃棄自動車は、目的地に到着したようで、大人たちの声が聞こえた。私は大慌てで車を滑り降り、物陰に隠れた。
私は初めてそこで、知るのだ。女王様の国の仕組みを。脳だけで生きられることが最上級国民であり、女王様となることを。そして、シャーリイ、あなたが私の半身であり、私があなたの半身であることを。
あなたの言う通り、女王様はいないことを。
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