希望は、戦争❤リターンズ

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梗 概

希望は、戦争❤リターンズ

 キザミはリュックから絵具と絵筆を取り出した。絵具は、ガル粒子の密度の濃いものを選ぶ。
 砂漠の上に絵を寝かせて、絵と向き合う。
 長い煙突が目に入る。空は青でも赤でも黒でもない。くすんだ土色をしている。煙はまっすぐのぼっているのに、冷たい風が吹いているような気がする。樹々は枯れている。カーブを描く道路の上には、黒い人影がひとり、手押し車を引いている。その荷台に何かが積まれている様子はない。道のそばにはいくつかの家らしきものが建っているが、人の気配がない。
 この絵のなかには、帰るべき家があるのに、肝心の、帰るべき人がいない。
 キザミにとって、この絵になにを描き足せばいいのかは考えるまでもなかった。
 まず赤い絵具で自分を描き足した。その隣に青い絵具でエドも描いた。赤と青の人影が加筆された。戦争までの長い旅路、長い家路を歩く二人の姿だ。
 キザミは筆を止めない。人影を街につぎつぎと描きこんでいく。子供。大人。夫婦。老人。商人。賞金稼ぎ。死体。赤ん坊。キザミが知る限りの人間の輪郭を描いた。この滅びを迎えた地球で彼女が出会ったあらゆる人間を描いた。その数は五十にも満たないが、絵のなかの街を満たすには十分だった。
 作業を見守っていたエドが声をあげた。
「黒粒子の密度が上がっている! 信じられない。キザミ、君の落書きがこんな風に役に立つなんて! 君が落書きしたその絵は、いまもまだ美術品としての価値をもっていると我々に判断されたんだ。これなら、その絵で《史跡再現》が可能だ!」
 その声を聞きながら、キザミはこれまでの旅を思い出した。
 旅はエドと出会って、《家》という言葉を知ってから始まった。
《家》に帰るために戦争を起こすための旅。それは旅路でもあり、家路でもあった。
 採掘場としての価値しかもたない今の地球で戦争が起きる。外の星から人がやってきて人口が増える。人がやってくれば、《家》のないこの地球にも《家》が建つ。戦争が、キザミに《家》と好きな人とを与えてくれる。
「エド。地球に来たら、私と一緒に《家》に住んでくれる約束、忘れないでよ」
「君の協力には感謝している。約束は守る。それに、私もホログラムではなく、自分の身体で君と話がしたいと思っている」
「待ってる。私、ずっとこの星で待ってるから」
 キザミは想像する。
 足元に置かれた絵の風景が、現実になることを。
 その風景は、過去の地球人が見たら寂しいものに映るかもしれない。けれど、キザミの生きる地球のどこにも、この絵よりもあたたかな場所は存在しない。
 人がいて、そして《家》がある。
《家》のなかには、キザミがまだ知りえない、人間の生活がある。道には、帰りを待つ人のもとへと向かう人びとの姿。
 この星から失われたもの。
 これからこの星が取り戻すもの。
 戦争と《家》。
 キザミはよりよい未来を思い浮かべて、胸が高鳴るのを感じた。

文字数:1188

内容に関するアピール

〇参照作品
松本竣介「議事堂のある風景」(1942 画布、油彩)

 滅んだ後の地球で家に帰るために家というものを生み出そうとする少女の話です。観念的な「人が帰る場所」としての家なので、掘立小屋を作ればいいというわけではないです。
 環境がひどいことになり人口もがっつり減少した地球で生きる少女と、地球の失われた文化を復興し宇宙の観光地とする計画のための調査に来た異星人とのガールミーツボーイでもあります。そのために戦争が必要とか、ちょっと現代人の僕にはなに言ってるかよくわからない感じがしたのでそういうのを書ければと思います。
 異星人の当初の目論見としては、歴史画(神話とか)を資料にしようと思っていたけど、二人の悪だくみによって戦争画がたくさん資料とされてしまいます。

・少女の算段
 地球は滅んでいる→地球で観光として戦争を起こす→戦争には人が必要なので人が地球にたくさんやって来る→人が増えるので家や道ができる→家路に着ける→家に帰れる!

 メインの物語は、少女が恋をしたエドに好かれるためにハートフルなサバイバーとして頑張る予定です。

 松本竣介の絵は戦争画としては変わっている(なにしろ従軍していない)のですが、なんとなく以前から「よくわからない絵だな」と思って気になっていたので今回使ってみることにしました。

文字数:553

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