Plutonic? Plastic!

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梗 概

Plutonic? Plastic!

 フユコは重たいドレスに身を包みながら、川の水に足をひたす。友人の写真家である美玲の個展を象徴する写真の撮影。それが今日の仕事だった。
 足がつらないように、徐々に身を沈めていく。冬の水着撮影で寒い現場には慣れていたつもりだったが、夏が訪れたとはいえまだ冷たい水に全身を浸けるのには時間がかかった。

「力を抜いて。そうすれば絶対に浮くから」
 写真のクオリティとフユコが川に流されないために招かれた同性のダイバーが真剣な顔で繰り返す。それは泳げる人間の理屈だろう。暖かい格好しやがって。水を一切通さないドライスーツでピクトグラムみたいな体型になったダイバーの腕に背中からもたれかかる。顔が水面に出るまでとにかく鼻から息を細く、長く出し続ける。思い浮かべるのは、仕事のあとのネギラーメンのことだった。
 レンゲで掬うたびにドロリと音を立てそうな魚介とんこつのスープ。唇に残るざらつきすらも愛おしい。少しやけどをしながら啜る固めの麺は噛めば噛むほど小麦のやさしい味わいが際立ち、塩気の効いたスープとハーモニーを奏で始める。それだけでは飽きるだろうと割り込んでくるネギがしゃくしゃくと音をたてて、少し”くせ”のあるツンとした風味を滲ませる。追加で注文した魚粉のムラが一定の味を作らせない。チャーシューは口に含んだ瞬間に崩壊が始まり唐突なしょっぱさのあとに脂のやさしい甘みを残して去っていく。さて、今日はどのお店で食べようか。
 鼻から出ていく空気の抵抗がなくなり目を開く。目の周りに水が残っているのに痛みがないのはカラーコンタクトのせいだろうか。そんなことを考えながら、フユコの瞬きと呼吸は止まった。

 彼女の死因は、ネギラーメンの食べ過ぎだった。
 厳密にいうと、マイクロプラスチックを生体分解・吸収可能な新世代特有の爪や毛髪、骨のプラスチック化を起こす『失たんぱく質症ならびにカルシウム症』に起因する腎機能障害だった。
 彼女らの体内で分解・吸収されていたプラスチックは、自己治癒ができない爪や骨を生み出す。最新の理論では、たんぱく質とカルシウムを平均以上に摂取することで、たんぱく質が正しく爪や毛髪に使われる。ということになっていたが、司法解剖の結果、たんぱく質を摂りすぎたフユコの身体からは大量のリンが検出された。リンによってカルシウムの吸収が妨げられた彼女の体内ではカルシウムやたんぱく質に変わる物質として分解・吸収されたプラスチックがありとあらゆる細胞に成り代わっており、内臓や細胞もビニル化していることが判明した。
 また、彼女が好んで食べていたラーメンのルーツを辿っていくと、魚粉をエサや肥料として使用している農家にたどり着いた。生体濃縮されたプラスチックが人間をもプラスチックに変えてしまった第1例だった。新世代の人類の登場に沸いていた世界中の政治家や研究者たちは血相を変えてマイクロプラスチックの根絶に取り組み始めた。
 大量のリンがプラスチックと結びつき安定したことで難燃性が増し、荼毘に付すことすらできないフユコの遺骸はマイクロプラスチック研究の権威である教授の研究室に飾られることになった。

文字数:1295

内容に関するアピール

ジョン・エヴァレット・ミレイ、≪オフィーリア≫、1851-52年、テート・ブリテン
ウィキペディア オフィーリア(絵画)

 ネギを追加トッピングで注文したラーメンを食べていたある日、ネギラーメンってオフィーリアだ。という謎の天啓と確信を得て、これで行こうと思ったのですが、両社が全く結びつかなくて大変でした。
 偶然読み返したメモ帳のとあるページに、退屈しながら聞いていた社長講話でお腹空いた以外に唯一書いていた内容が、マイクロプラスチックを生体分解できるようになった人間の爪や骨などがプラスチックになって細胞もビニル化していくというもので、それが見事にオフィーリアとネギラーメンを結び付けてくれました。
 プラスチックを生体分解・吸収できる新世代の人類の登場に沸く世界と、除光液やマニキュアで溶ける爪、高温のお湯でチリチリに縮むウィッグのような髪質のモデル・フユコの作中の慢性疾患による苦労の多い生活と、彼女のご褒美であるネギラーメンをひたすら美味しそうに書きたいです。

文字数:432

課題提出者一覧