できることなら、もう一度白夜の下で

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梗 概

できることなら、もう一度白夜の下で

 彼が彼女と再会した時、彼女が以前と同じものを身にまとっているのに気づいた。

 惜しげもなく使われている毛皮は何の動物のものだったろうか。帽子もコートも黒ずくめ。それに引き立てられる彼女の白い肌はほのかに赤みがさしていて、それはただ寒いからなのか、それとも彼女の抑えようのない感情を示しているのか、判断できなかった。

 けれども、それよりも不可解なのは彼女の表情だった。彼が初めてその笑みに――本当に笑みだろうか――直面したとき、それは気位の高さに見えた。癇に障る、それでいてひれ伏さずにはいられない気位の高さ、平凡な道徳や通俗的な価値観を軽蔑するのが当然だといわんばかりの、貴族的な態度を意味しているのだ、と。周囲の冷気でさえ雪積もる季節のせいではなく、凍てつく彼女の双眸にその原因があるのであろうか、とまで思われた。

 しかし、こうやって改めて直視すると――直視できる、というのは彼がその威光に慣れてしまい、その尊さに対し鈍感になって、彼女が彼に与える影響力が減じてしまった証左であるのだが――、彼女のまなざしには、まったく異なった感情が秘められているように感じられた。

 彼女に射すくめられたときには、何かが吟味されているように感じられるのは間違いのないことだ。でも、少し伏せられた目は、自信のなさと不安を秘めている。敵に包囲された北国の要塞で、援軍が来るのを今か今かと待ちわびている歩哨のようだ。あるいは、群衆の中の孤独。ただ一人でもいいから理解者が欲しい、と呼んでいる。無知の中に取り残された知恵ある言葉、不条理の中に意味を求めようとする精神。

 より卑俗なたとえを用いるのなら、かつての社交界の花が、己の知性や教養と釣り合わぬ愚かな男の妻となってしまい、伝統によって定められた義務をこなすこと以上の喜びを忘れてしまったようだ。長いまつ毛と意志の強そうな眉がそう思わせているだけなのだろうか。すべてはこちらが過剰に意味を読み取っているだけのこと、彼女が目の前で過ぎ去っていくときに見せたほんの一瞬の光の加減に、彼女の想いのすべてを見ようとする彼自身の愚かさのせいということもありうる。

 ロシアの文豪のヒロインのようだ、と彼は独語するが、すぐにそれを打ち消す。その連想はあまりにもありがちで、彼女ならきっと鼻で笑うことすらしない。その連想は彼女が注意を払うには凡庸すぎるし、彼女の行く手にはきっと幸いが待ち受けている。あの禁欲的な作家が望んだような結末は、彼女の先にはない。

 彼女は通り過ぎていくことだろう。彼がここにいることも知らずに。彼女は彼よりも多くを見るだろう。

 だから彼は彼女に背を向ける。いつか別の場所で出会うことになるかもしれないと期待して。それが何年先のことであれ、彼は待ってさえいればいずれ会えると確信していた。

文字数:1164

内容に関するアピール

 イメージの元となった作品はイワン・クラムスコイ「忘れえぬ女」です。

 最初に観たのは、20129月「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」で、再会したのは201812月「Bunkamura30周年記念 国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア」展でした。

 同じ絵を鑑賞していたはずなのに、まったく違った感想を持ってしまったのが不思議であったため、この作品をテーマにしました。

 梗概は、その時の驚きをそのまま言葉にしたものです。これが、SFになるかどうかについては、あえて度外視しました。求められていることは、これがどんな話になるかということではなく、その作品の描写である、ととらえたからです。

 出会いと別れと再会の話、にしようと考えています。

文字数:327

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