座敷封司の鬳

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梗 概

座敷封司の鬳

真実錨の示す情報になんの根拠もないとわかった以上、俺にとって誰が大切な人だったかなどわかるはずもなかった。
 けんをはじき、字空じくうを曲げ、妻や友や親戚だったかもしれない人を、一人ずつ打ち消していく。墓標へ変わっていくそれらを見て、ありもしない思い出に浸りながらも、俺はこの惑星ほしの地表を墓石で埋め尽くしていった。
 はたして何億字打った頃だろうか、けんからほとばしる祝詞のりとがすべての人に行き渡ると、もはや、生きているものは一人もいなかった。
 人々は皆、唯一確かな安らぎに包まれて眠っている。青白い墓標の山の中にもはや彼らはおらず、ゆえに、この惑星ほしに座敷童子がいようが、いまいが、関係ない――もう、めそめそと苦しみ嘆きながら衰退していくことなど、ありえようもなかった。
そして、その救済は俺にとっても必要なものだろう。
 けんを額に押しつけて、俺はゆっくりと死をそらんじていった。人々にそうしたように祝詞のりとを込めて、けん強く握ろうとした。するとその刹那、でたらめな記憶が、走馬灯のように俺の脳裏によぎった。

あの封子祭の日の夜、馬に乗った姉の妛彁に抱き留められながら、おれは無間城への道程をゆっくりと進んでいた。道ばたから眺めている村人の好奇と忌避が入り交じった視線を受けながら、おれは姉に懇願していた。
「なぁ、妛彁。おれは逃げたりなんかしないよ。約束する。みんなが不安に思ってるのはわかってるんだ。おれがどこかに逃げてみんなが不幸になるんじゃないかって、みんな怖がってる。でもね、妛彁。おれはどこか遠くに一人でいったりなんてしないよ。だって、おれは怖がりだからさ、いつだってみんなと一緒じゃないとダメなんだ。そう、だからひとりぼっちでお城にいなきゃいけないなんて――そんなの嫌だよ」
 姉は聞いているのかいないのか、うなずきもせずに、ただその言葉を聞いていた。
 おれはそれ以上何も言えなかった。
 城にたどり着くと、おれは姉から引き離され、城の奥の石棺の中に閉じ込められた。
 何重にも重ねられた石棺の中で、おれは自分の情けない声を幾度となく聞いた。それ以外には何も聞こえず、何も見えない。無明の闇の中で、俺はすこしずつおれがおかしくなっていくのを眺めていた。
 おれは石棺の中で、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「おれは座敷童子なんかじゃない。おれはひとりぼっちなんかじゃない。みんなと一緒に石の中で眠って、時間が来たら起きるんだ。そう、墸見村から異蟐谷の果てまでみんながみんな眠っている。おれが起きてお城の中から出たらみんなを起こしてまわるんだ。ほら、みんな石の中で眠っている」

その光景は、今まさに俺の目の前に広がっていた。
 青白い墓石の山、その奥には、今もなお増殖を続けている無間城がうっすらと見える。
 俺は考えた。ここにいる俺は偽物で、本当のおれは今でもあの城の中の暗い石棺の中で眠っているのだろうか? それともこうして眺めている俺が本物なのか? おれは一体誰でどこにいるのが正解だったのだろうか?
 考えるのをやめ、俺はけんを強く握った。
 その後のことはもう誰にもわからない。
 おれがどうなったのかを俺自身はもう知るよしもない。
 ただ、ひとつ確かにいえることはある。
 漪能 ナミノはもうこの惑星ほしにはいない。

文字数:1405

内容に関するアピール

作品名:WZ PictureCode:DG-2234

制作年:1985

作者名:ズジスワフ・ベクシンスキー

 

本作は『惑星に取り憑いた座敷童子が逃げないように、ウィンチェスターミステリーハウスめいた無限増殖する城に閉じ込め続けるSF』です。
 主人公である座敷封司の漪能 ナミノが、座敷童子の怪異に対抗すべく、けんという現実改変ツールを用いて戦うのですが、なんやかんやあってくたばります。

元々お題が発表された当初は「よし、我が子を食らうサトゥルヌスでヴィーガンを喰うSFを書いてやろうやんけ!」だのとぼんくらなアイディアを発散させていたのですが、過去の講座参加者であるT氏とU氏に諫められ、もっと異なるアプローチで今回のお題に挑もうと考えました。

1,過去にエンディングが決められず執筆できなかった作品をベースにする。
 2,DailyArtやCityArtSearchなどで気になるアートを集める。
 3,ベースとなる作品のラストを様々な絵画の中から探し、その絵画に合わせてストーリーをチューンナップする。

大まかに上記のような流れです。ラストシーンへのつながりが上手くいくのかどうかわかりませんが、仮に上手くいったならば、講座修了後も本手法を用いていくつかストックしている作品を完成させられそうです。

絵画はポーランドの画家、ズジスワフ・ベクシンスキーの作品にしました。

滅びの画家と呼ばれるベクシンスキーに負けないように、良い滅びを書きたいと思います。

 

追記:「一点を選び」とお題に書いてありましたが、二点組み込んではいけないとは記されていなかったため、ズジスワフ・ベクシンスキーの「無題 picture code:DG-2231」もサブとしてビジュアルに組み込みました。

 

 

◆参考文献

宮沢賢治『ざしき童子のはなし』青空文庫 

田中克彦『エスペラント――異端の言語』(岩波新書)岩波書房 2007

松原隆彦『目に見える世界は幻想か?~物理学の思考法~』(光文社新書)光文社 2017

マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)講談社 2018

佐藤勝彦『[図解]相対性理論と量子論』PHP研究所 2006

リックアンドモーティ シーズン2第4話『ニセモノか、ホンモノか』

BLAME! THE ANTHOLOGY(ハヤカワ文庫JA)

文字数:962

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