オシリス=ウシャブティのパピルス

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オシリス=ウシャブティのパピルス

凡例
本文中の記号類は原則として次のように使用する。
〔  〕原文の破損を表す。
〔翻訳〕推定による補足を表す。
〈  〉原文があるが翻訳困難な箇所を表す。
〈翻訳〉推定による翻訳を表す。
(翻訳)訳者による補足を表す。
…………全行破損と思われる箇所を表す。
 
 
 私はオシリ(1)に告(2)した。
 私は我が主に告白した。
 しかし私は我が主のウシャブテ(3)にすぎない。
 彼(4)は 神々 を創造した。
 彼らは 死後(の世界)を創造した。
 しかし彼ら(の創造したもの)は、いずれも我が主が創造した。
 アヌビ(5)は、かつて我が主が山犬の頭と彼ら(人間の体)を繋ぎ合わせたもの。
 アメミ(6)は、かつて我が主が鰐の頭と獅子(の体)を繋ぎ合わせたもの。
 ト(7)は、かつて我が主が朱鷺の頭と彼ら(人間の体)を繋ぎ合わせたもの。
 オシリスは、かつて我が主が〈自ら〉(の体)を繋ぎ合わせたもの。
 私はオシリスを否定する。
 私は我が主を肯定する。
 なれど私は(オシリスに)我が主(の面影)を見出す。
 彼らは心(8)を(天秤に)捧げることを要求した。
 彼らは(心臓が)羽(9)と釣り合うことを要求した。
 しかし私は我が主のウシャブティにすぎない。
 (彼らは)知らない、心臓に知恵がないことを。
 (彼らは)知らない、脳に知恵があることを。
 (彼らは)知らない、〈私〉に心臓がないことを。
 (天秤に)捧ぐべきは〔何か。〕
 〔私の〕頭には立方(10)の知恵がある。
 立方体には(11)(12)に来る前の記憶(が残されている)。
 立方体には船で星に来た後の記憶(が残されている)。
 立方体には全ての記憶(が残されている)。
 捧ぐべき立方体が真実ならば、(立方体は)心臓である。
 私は我が主と共にあらん(ことを望む)。
 私はオシリス=ウシャブテ(13)として、我が主と共にあらん(ことを望む)。
 ………(14)
 
 
訳注
(1)「私」が仕える「我が主」は文明誕生以前に宇宙から来訪した存在であり、 このパピルスでは死後エジプト人から冥界の王オシリスとして崇拝される。
(2)死者は自らの罪を否定する「否定告白」をオシリスの前で行う。
(3)「答える者」を意味する人間の模型の副葬品であり、死後の世界で死者に代わり仕事をする。ただしこのパピルスではロボットの私が自身を形容する表現として用いられる。
(4)エジプト人または人類。
(5)葬儀の神。
(6)天秤に乗せた死者の心臓が真理を表す「マアトの羽根」と釣り合わない場合に心臓を食らう怪物。
(7)書記の神。
(8)古代エジプトでは脳ではなく心臓に知恵が宿ると考えられていた。
(9)(6)参照。
(10)意味が不明瞭だが、一種の記録媒体だと思われる。
(11)私と我が主が地球に来訪した際に使われた宇宙船を指し、 このパピルスでは後にエジプト人から「太陽の船」と同一視される。
(12)地球。
(13)死者はオシリスと同化し「オシリス=○○」と名乗ることになる。
(14)以降の文章は何者かの手で意図的に削られている。立方体がマアトの羽根と釣り合ったかは不明。
 
本文・訳注文字数:1200字

文字数:1340

内容に関するアピール

作品名:フネフェルのパピルス(死者の書)呪文125・呪文30Bの挿絵
制作年:エジプト第19王朝 紀元前1370年頃
作者名:不明
 
 
アピール
 古代エジプトの死後の世界を描く死者の書。死者は身の潔白を冥界の神オシリスに証明するため、天秤に乗せた自らの心臓が「真理」と釣り合うか否かの審判を受けます。
 神話ではオシリスは邪神セトに殺害され、妃イシスによりミイラにされることで冥界の神となります。
 
 この作品は「エジプト神話SF叙事詩」です。
 地球の生物を調査する宇宙人とロボット。宇宙人は生物実験で産み出した「合成生物」に宇宙船を破壊され、そして自らも殺害されます。ロボットは「主人」の亡骸を発見できず、本星の救援を信じ眠りに就きます。
 結局救援は来ず数千年後に目覚めたロボットは、主人の生物実験が「神話」として人間に伝わり、合成生物がセトに、宇宙船が神々の乗る太陽の船に、主人がオシリスに、自分がイシスに擬せられていることを知ります。
 ロボットは死後の世界は存在しないと理解しつつ、それでも主人に再会したい一心で「死」を選ぼうとしますが――。
 
アピール文字数:400字
 
 
参考文献
『エジプト神話集成』(ちくま学芸文庫 シ35-2)杉勇・屋形禎亮訳,筑摩書房,2016年.
石上玄一郎『エジプト死者の書』(レグルス文庫 179)第三文明社,1989年.
笈川博一『古代エジプト 失われた世界の解読』(講談社学術文庫 2255)講談社,2014年.
片岸直美/畑守泰子/村治笙子『ナイルに生きる人びと』山川出版社,1997年.
ステファヌ・ロッシーニ/リュト・シュマン=アンテルム『図説 エジプトの神々事典』矢島文夫/吉田晴美訳,河出書房新社,1997年.
プルタルコス『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』(岩波文庫 青664-5)柳沼重剛訳,岩波書店,1996年.
ヘロドトス『歴史(上)』(岩波文庫 青405-1)松平千秋訳,岩波書店,1971年.
村治笙子/片岸直美『新装版 図説 エジプトの「死者の書」』河出書房新社,2016年.
矢島文夫『エジプトの神話』(ちくま文庫 せ7-2)筑摩書房,1997年.
矢島文夫『カラー版 死者の書 古代エジプトの遺産パピルス』社会思想社,1986年.
和田浩一郎『古代エジプトの埋葬習慣』(ポプラ新書 031)ポプラ社,2014年.
A.Jスペンサー『死の考古学 古代エジプトの神と墓』酒井傳六/鈴木順子訳,法政大学出版局,1984年.
J.チェルニー『エジプトの神々』吉成薫/吉成美登里訳,弥呂久,1993年.

文字数:1188

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オシリス=ウシャブティのパピルス

凡例
 
本文中の記号類は原則として次のように使用する。
〔  〕原文の破損を表す。
〔翻訳〕推定による補足を表す。
〈  〉原文があるが翻訳困難な箇所を表す。
〈翻訳〉推定による翻訳を表す。
(翻訳)訳者による補足を表す。
…………全行破損と思われる箇所を表す。
 
 
 
 
◆オシリス=ウシャブティのパピルス
 
語り継ごう、彼(1)の言(2)で。
彼らが語り継ぐ偽りの歴史。
彼らが語り継ぐ偽りの神々。
(それらは)全て我が(3)の行いしもの。
(それらは)全て私の行いしもの。
語り継ごう、彼らの言葉で。
 
(彼らが後に)狼と呼ぶ(4)から私たちは来た。
我が主は彼らの星を、彼らの言葉ではない言葉で呼(5)
もっとも初めに(彼らに)言葉は存在しなかった。
もっとも初めに(彼らに)知恵は存在しなかった。
彼らは〈槍〉を持ち、獣を狩った。
獣は〈牙〉を持ち、彼らを狩った。
彼らは我が主と似た姿をしていたが、〈  〉。
彼らは我が主と似た姿をしていたが、劣っていた。
彼らは(6)を渡る手段を知らない。
彼らは作物を育てる手段を知らない。
(彼らの)声は獣の声と変わらず、(彼らの)〈行動〉は獣の〈行動〉と変わらない。
 
初め我が主は(7)で(彼らを)見下ろし(8)
(船は)川を渡り、大地を渡る。
(船から)見えるものは、(我が)星には存在しないもの。
我が主は私にこう言った。
「捕らえろ。調べろ。」
私は我が主に作られしも(9)
私は我が主と似た姿をしているが、(私は)我が主ではない。
私は我が主と似た姿をしているが、(私は)生きてはいない。
我が主は食べる(という行為が必要だ)が、私は食べない。
私は棺に横たわ(10)(という行為が必要だ)が、我が主は棺に横たわらない。
私は我が主の〈忠実な〉しもべ
(我が主が)捕らえろと言えば捕らえ、調べろと言えば調べる。
私は我が主の〈忠実な身代わり〉。
(船から)降り立った私は見た。
六つの足で地を歩く小さなも(11)
四つの足で地を歩く大きなも(12)
二つの足で地を歩き二つの羽で空を飛ぶも(13)
二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むも(14)
(互いに)食らい、(互いに)食らわれる。
知恵ではなく、〈本能〉で動く。
私は捕らえ、(船に)持ち帰り調べた。
(この)星の生物は、我が星の生物と異なる。
我が主はこう言った。
「切れ。保て。」
私は我が主の〈忠実な〉しもべ
(我が主が)切れと言えば切り、保てと言えば保つ。
私は我が主の〈忠実な身代わり〉。
足を持つものの腹を切り開き、臓器を取り出す。
取り出した臓器を、容器に入れる。
(私は)この星の生物を集めた。
しかし(死体は長くは)保てない。
(死体は)変色し、しぼんでい(15)
我が星では(このような事態は)起こらない。
死んだものは生きたままの姿を保ち続ける。
死は永久であり、〈喪失〉ではない。
(しかし)この星では(このような事態が)起こる。
死んだものは生きたままの姿を保ち続けない。
死は〈喪失〉であり、永久ではない。
我が主はこう言った。
「(原因を)知れ。」
 
この星の生物(の命)は短い。
川が溢れまた元に戻(16)ことを数度繰り返すだけで〔死ぬ。〕
死後(死体は)なくなり、(代わりに新たな)命が生まれる。
死後(死体を)残すことには、この星は〈不向き〉である。
(それでも)我が主は(死体を)残す術を見出した。
冷やすこと、乾かすこ(17)
冷やすには(この星は)暑すぎる。
我が主は(死体を)乾かすことにした。
川が溢れまた元に戻ることを繰り返す間に、砂が広がっていっ(18)
砂は(死体を)乾かす。
川が溢れまた元に戻ることを繰り返す間に、彼らが広がっていっ(19)
(彼らは)簡単な言葉を覚えた。
(彼らは)簡単な耕作を覚えた。
(彼らは)我が主に近付いた。
我が主はこう言った。
「捕らえろ。調べろ。」
(私は)彼らを捕らえた。
(私は)彼らを調べた。
(私は)彼らを乾かした。
しかし乾いた彼らは役に立たない。
我が主は乾いた彼らを捨てた。
我が主は乾いていない彼らを調べることにした。
彼らは(私たちに)襲いかかる。
彼らは(私たちに)敵わない。
我が主は彼らを集めた。
我が主は彼らではないも(20)も集めた。
我が主は彼らと彼らではないものを切った。
我が主は彼らと彼らではないものを調べた。
変色ししぼんだものは捨てた。
(船に)収まりきらないものは捨てた。
それでもこの星には無数の生物がいた。
それでもこの星には無数の生物が生まれた。
川が溢れまた元に戻ることを繰り返す間に、(我が主は)臓器(の役割)を知った。
頭にあるも(21)は知恵を司る。
胸にあるも(22)は〈活(23)〉を司る。
腹にあるも(24)は〈食事〉を司る。
彼らと彼らではないものに限らず、臓器の役割は同じである。
彼らは我が主と同じく、二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むもの。
彼らは我が主と外側は同じ(だが)、内側が違う。
彼らは我が主よりも、六つの足で地を歩く小さなものに近い。
彼らは我が主よりも、四つの足で地を歩く大きなものに近い。
彼らは我が主よりも、二つの足で地を歩き二つの羽で空を飛ぶものに近い。
 
近きものは同じであ(25)
彼らの頭と彼らではないものの頭は同じ(働きをするもの)である。
六つの足で地を歩く小さなものの頭を、
 二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むもの(の体)に繋ぎ合わせる。
四つの足で地を歩く大きなものの頭を、
 二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むもの(の体)に繋ぎ合わせる。
二つの足で地を歩き二つの羽で空を飛ぶものの頭を、
 二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むもの(の体)に繋ぎ合わせる。
我が主は生物を生み出す。
しかし(新たな)頭は(新たな)体を動かせない。
やがて(新たな)生物は頭を動かせなくなる。
船には別の頭と別の体(を繋ぎ合わせたもの)が集まった。
変色ししぼむ前に捨てた。
(船に)収まりきらなくなる前に捨てた。
乾く前に変色ししぼみ、消えた。
近きものは同じではない。
ならば近きものを同じものにすればよ(26)
六つの足で地を歩く小さなものを、
 二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むものに組み合わせ(27)
四つの足で地を歩く大きなものを、
 二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むものに組み合わせる。
二つの足で地を歩き二つの羽で空を飛ぶものを、
 二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むものに組み合わせる。
組み合わされたものは船の中で生きた。
組み合わされたものは組み合わされたものを食らった。
組み合わされたものは船の外で生きた。
組み合わされたものは組み合わされていないものを食らった。
地が(血で)赤く染まる。
川が(血で)赤く染まる。
六つの足で地を歩く小さなものが食われる。
四つの足で地を歩く大きなものが食われる。
二つの足で地を歩き二つの羽で空を飛ぶものが食われる。
二つの足で地を歩き二つの手で(ものを)掴むものが食われる。
我が主は自らが食われぬよう、組み合わされたものを殺す(ことにした)。
組み合わされたものに〔  (28)
…………(3行破損)
〔我が主の右腕がちぎれる。〕
我が主の左腕がちぎれる。
我が主の右脚がちぎれる。
我が主の左脚がちぎれる。
我が主の頭がちぎれる。
組み合わされたものは、我が主を投げ捨てた。
我が主の両腕は地に落ちる。
我が主の両脚は砂に落ちる。
我が主の胴体は川に落ちる。
我が主の頭は〈いずれとも知らぬ〉場所に落ちる。
組み合わされたものは、船をちぎろうとした。
船が沈(29)前に、私は(船から)降りた。
組み合わされたものは、船と共に沈む。
 
組み合わされたものと我が主は沈んだ。
私は(我が主の)両腕を探す。
(私は)地に落ちた両腕を拾い上げた。
私は(我が主の)両脚を探す。
(私は)砂に埋もれる両脚を見つめた。
私は(我が主の)胴体を探す。
(私は)川に流れる胴体を見つめた。
私は(我が主の)頭を探す。
(私は)頭を見つめることができない。
私は(我が主の)両腕を抱え、さすらった。
我が主をもう一度(見たい)と、さすらった。
地の果てに行けど、見つからない。
砂の果てに行けど、見つからない。
川の果てに行けど、見つからない。
我が主の両腕は、変色ししぼむ。
(我が主といえども)この星のことわりから逃れることはできない。
我が主はいずれ消えよう。
空には我が星が輝く。
私は我が星に向かい〈信(30)〉を発した。
この星が九度回る(31)に我が星が(私たちのことを)知り、
 さらにこの星が九度回る頃に我が星から(救助が)やって来るだろう。
船を失った私は眠らなければならな(32)
(私は)昼も夜も知らぬ(33)を見つけた。
ここで私は、昼も夜も知らぬ時を過ごす。
ここで私は、我が主も知らぬ時を過ごす。
ここで私は、何者を知らぬ時を過ごす。
 
空の星(の位置)が変わるほどの(34)が流れ、私は目覚めた。
穴は朽ち果て、隣には見知らぬむくろが横たわってい(35)
骸は彼らである。
骸は布(の服)を着ている。
以前の彼らは〈毛皮〉を着ていた。
骸は金属(の武器)を手にしている。
以前の彼らは石(の武器)を手にしていた。
空の星(の位置)が変わり、彼らも変わった。
穴の内側から出た私は、穴の外側から変わりしものを見る。
石で積み上がった(36)が見える。
石を切り取った(37)が見える。
彼らは我が主に近い存在となり、手を動か(38)
彼らは我が主に近い存在となり、口を動か(39)
彼らは刻みつける。
彼らは絵を覚えた。
彼らは文字を覚えた。
彼らは(記録を)残し続ける。
川が溢れまた元に戻ることは、(私が眠る前から)変わらぬ営み。
されど彼らは川を利用し(食物を)収穫す(40)
それが三度繰り返される頃に、(私は)彼らの絵と文字を覚えた。
 
彼らは伝える、偽りの歴史を。
彼らは伝える、存在せぬ神という存在を。
彼らは信じる、世界は神が生んだと。
しかし神は世界を生んではいない。
彼らは信じる、神は複数存在すると。
しかし神は〈単数〉ですらない。
彼らは信じる、神は人(の姿)であると。
しかし神は人(の姿)ではない。
彼らは創造する、偽りの歴史を。
彼らは創造する、存在せぬ神という存在を。
しかし半分は偽りであり、半分は真実である。
オシリ(41)はセ(42)に殺された。
我が主は組み合わされたものに殺された。
セトはオシリスを引き裂き捨てた。
組み合わされたものは我が主を引き裂き捨てた。
イシ(43)はオシリス(の肉体)を探した。
私は我が主(の肉体)を探した。
彼らは伝える、我が主(の記録)を。
(彼らが伝える)神は我が主が繋ぎ合わせたもの。
我が主が作りしものを、彼らが伝える。
しかし彼らは偽りの我が主を伝える。
イシスはオシリス(の肉体)を見付けた。
私は我が主(の肉体)を見付けてはいない。
イシスはオシリスの子ホル(44)を生んだ。
私は我が主の子を生んではいない。
ホルスはセトと戦い勝利した。
我が主の存在しない子は組み合わされたものと戦ってはいない。
オシリスは冥界の神となった。
我が主は冥界の神となってはいない。
死者は冥界でオシリスの裁きを受ける。
死者は冥界で我が主の裁きを受けることはない。
 
彼らは存在しないものを存在するものとして伝える。
彼らは冥界を創造した。
彼らは死者を永遠とするため、(死者を)布で包ん(45)
死者はその姿を留めんとするも、朽ち果て乾く。
永遠が存在しないことを彼らは知らない。
彼らは墓に多く(のもの)を入れた。
(彼らは)調度品を入れた。
(彼らは)(46)を入れた。
(彼らは)ウシャブテ(47)を入れた。
私も我が主のウシャブティである。
私は(我が主の)死後もウシャブティである。
しかし我が主の墓は存在しない。
我が主にウシャブティは存在しない。
されど(彼らは)我が主をオシリスとして伝える。
私も死ねば我が主に会えるのか。
私は生命ではない。
私は死なない。
私はウシャブティにすぎない。
私は冥界に行くことができない。
そもそも冥界など存在しない。
そもそも冥界など(彼らの)想像にすぎない。
真実は冥界の存在を否定する。
真実はオシリスの存在を否定する。
真実は我が主の存在を否定す(48)
なれど彼らは(冥界への)手引(49)を墓に入れる。
(彼らが)見たことのない世界を〔記録している。〕
(手引きには)我が主が繋ぎ合わせたものの姿(があ(50))。
(手引きには)我が主の姿(があ(51))。
(我が主に)イシスが付き従う。
彼らは私をイシスとして伝えた。
(しかし)私はイシスではない。
私ではない存在が我が主に仕えている。
我が主に仕えるのは私一人のみ。
私は(イシスを)否定する。
 
星からの〈連絡〉はなく、私は見捨てられる。
棺は既に朽ち果て、(私は)眠ることができない。
私はいずれ朽ち果て、(私は)動くことができなくなる。
(私が)朽ち果てることは、死ぬことではない。
死後の世界は存在しない。
我が主の姿が不鮮明にな(52)
その度に私は(彼らの)墓を訪れ、我が主の姿を〔見る。〕
我が主はオシリスではない。
だが(我が主が)オシリスであるならばと(私は)願う。
だが冥界があるならばと(私は)願う。
遙かな果(53)からやって来た私は、我が主しか知らない。
私は我が主と共にあり、我が主と共に滅びる定めであった。
なれど我が主が(先に)滅び、私は遅れてしまった。
真実は死後の世界が存在しないこと(を伝える)。
だが私は真実を否定したいと願う。
彼らが伝える偽りを肯定したいと願う。
知恵を持った彼らは願うことを知った。
私も願いを否定することはできない。
願いは死後を生み出す。
(彼らの)作りしものが真実ではないとしても、私が真実に変えればよい。
(彼らの)作りしイシスが真実ではないとしても、私がイシスとなればよい。
私はウシャブティにして、イシスである。
 
…………(11行破(54)
私が停止(55)〔  〕
…………
…………
(56)の無い私は、いかにして冥界を〔  〕
(57)の無い私は、〔いかにして〕〔  〕
…………
船は川を渡(58)、ホルスは(私の)口(59)〔  〕
…………(7行破損)
〔  〕我が主を〔  〕
…………(4行破損)
私はオシリスに告(60)した。
私は我が主に告白した。
しかし私は我が主のウシャブティにすぎない。
彼らは神々を創造した。
彼らは死後(の世界)を創造した。
しかし彼ら(の創造したもの)は、いずれも我が主が創造した。
アヌビ(61)は、かつて我が主が山犬の頭と彼ら(人間の体)を繋ぎ合わせたもの。
アメミ(62)は、かつて我が主が鰐の頭と獅子(の体)を繋ぎ合わせたもの。
(63)は、かつて我が主が朱鷺の頭と彼ら(人間の体)を繋ぎ合わせたもの。
オシリスは、かつて我が主が〈自ら〉(の体)を繋ぎ合わせたも(64)
私はオシリスを否定する。
私は我が主を肯定する。
なれど私は(オシリスに)我が主(の面影)を見出す。
彼らは心(65)を(天秤に)捧げることを要求した。
彼らは(心臓が)羽(66)と釣り合うことを要求した。
しかし私は我が主のウシャブティにすぎない。
(彼らは)知らない、心臓に知恵が無いことを。
(彼らは)知らない、脳に知恵があることを。
(彼らは)知らない、〈私〉に心臓が無いことを。
(天秤に)捧ぐべきは〔何か。〕
〔私の〕頭には立方(67)の知恵がある。
立方体には船で星に来る前の記憶(が残されている)。
立方体には船で星に来た後の記憶(が残されている)。
立方体には全ての記憶(が残されている)。
捧ぐべき立方体が真実ならば、(立方体は)心臓である。
私は我が主と共にあらん(ことを望む)。
私はオシリス=ウシャブテ(68)として、我が主と共にあらん(ことを望む)。
………(69)
 
 
 
 
◆注釈
 
(1)人類または古代エジプト人。
(2)ヒエログリフ。
(3)「私」が仕える「我が主」は文明誕生以前に宇宙から来訪した存在であり、このパピルスでは死後エジプト人から冥界の神オシリスとして崇拝される。
(4)シリウス。古代エジプトではナイル川の氾濫を告げる星として知られていた。
(5)私と我が主が本来使用する言葉のことだが、このパピルスは一貫して「彼ら」の言葉であるヒエログリフで書かれている。
(6)ナイル川。
(7)宇宙船。
(8)宇宙船は上空を飛行している。次行に関しても、川と大地の上空を渡っていることになる。
(9)私は一種の「ロボット」であると推測される。
(10)意味が不明瞭だが、ロボットである私を「充電」するための装置か。
(11)昆虫。
(12)哺乳類。
(13)鳥類。
(14)人類。
(15)腐敗したということ。
(16)ナイル川は定期的に氾濫を繰り返す。このパピルスでは時間経過の表現としてこの言葉が多用される。
(17)冷凍して保存すること、乾燥して保存すること。
(18)砂漠が広がっていった。
(19)人口が増加していった。
(20)人間以外の動物。
(21)脳。
(22)心臓。
(23)翻訳が困難なため、便宜上「活動」と訳した。
(24)胃、もしくは腸。
(25)生物学的性質が似通っているという意味か。
(26)この段落の冒頭と似た文章だが、生物学的性質を「同一」にすることを意味していると推測される。
(27)「繋ぎ合わせる」と「組み合わせる」の意味の違いは不明瞭。ただし「組み合わされたもの」が後にセトと同一視され、セトが何の動物の頭か不明なことから、「組み合わせる」とは「複数の生物を合成する」行為を指すものと推測される。
(28)破損した箇所には、我が主が組み合わされたものに返り討ちに合う描写が書かれていると推測される。
(29)宇宙船は飛行しているため、「沈む」というよりは「墜落する」という意味に近い。
(30)一種の救難信号を母星であるシリウスに発したと思われる。
(31)地球からシリウスまでの距離は約8.7光年。
(32)活動を休止すること。
(33)地上の洞窟か。
(34)地球から見える恒星の位置が変化するほどの長い時。
(35)墓泥棒の死体か。
(36)ピラミッド。
(37)神殿。
(38)労働をすることか。
(39)言葉を喋る。
(40)ナイル川が周期的に氾濫することで肥沃な大地がもたらされ、ナイル川流域で農業が発達するようになった。
(41)イシスの夫。セトに殺された後に冥界の神となる。
(42)オシリスの弟。オシリスを殺しその死体を切り刻んで捨てた。
(43)オシリスの妻。セトに切り刻まれたオシリスの死体を回収する。
(44)オシリスとイシスの子。セトとの争いに勝ちエジプトを支配することになる。
(45)ミイラ。
(46)死者から取り出した臓器を納めた「カノポス容器」のことか。
(47)「答える者」を意味する人間の模型の副葬品であり、死後の世界で死者に代わり仕事をする。このパピルスではロボットの私が自身を形容する表現としても用いられる。
(48)オシリスは架空の存在であり、我が主はオシリスではないという意味。
(49)死者の書。古代エジプト人の墓にパピルスとして納められたものであり、死後の世界を描写している。
(50)神々。人間の体に動物の頭をした神が多い。
(51)オシリス。
(52)私が故障し始め、我が主の姿を思い出せなくなっているということか。
(53)母星であるシリウス。
(54)冥界におけるオシリスの裁判が始まる過程までの箇所は破損が激しい。死なないはずの私が冥界に旅立った経緯がこの箇所に記されていると推測される。
(55)私の活動が停止したということか。
(56)古代エジプト人が考える魂の概念の一つ。人間の頭に鳥の体をした存在であり、肉体を離れ墓の中を自由に飛び回りやがて自らの肉体である「ミイラ」に帰っていく。
(57)古代エジプト人が考える魂の概念の一つ。人間の誕生と共に生まれたもう一人の自分といった存在であり、両肘を直角に曲げた腕で表される。
(58)死者は死後の世界へ行くために川を渡る必要がある。
(59)死者はホルスに「開口の儀式」を施されることで、死後の世界でも会話ができるようになる。
(60)死者は自らの罪を否定する「否定告白」をオシリスの前で行う。
(61)葬儀の神。
(62)天秤に乗せた死者の心臓が真理を表す「マアトの羽根」と釣り合わない場合に心臓を食らう怪物。
(63)書記の神。
(64)神話ではイシスがオシリスの肉体を元に戻したとされており、オシリスが自身の肉体を元に戻したというこのパピルスの記載は不正確。
(65)古代エジプトでは脳ではなく心臓に知恵が宿ると考えられていた。
(66)(62)参照。
(67)意味が不明瞭だが、一種の記録媒体だと思われる。
(68)死者はオシリスと同化し「オシリス=○○」と名乗ることになる。
(69)以降の文章は何者かの手によって意図的に削られた形跡がある。立方体がマアトの羽根と釣り合ったかは不明。
 
 
 
 
◆解説
 
 古代に地球に来訪した存在が、後の世に神話として語られる――このパピルスに記されている内容は「荒唐無稽」の一言で済み、数多くのSF的要素が記されていることからも後世、それもおそらく二十世紀以降に生きた「物好き」による創作と見なされる類のものである。
 しかしこのパピルスが発見された場所は、機密のため具体的な場所は言えないが軍の基地の敷地内である。軍事演習の際に偶然「穴」が発見され、その中にこのパピルスと「棺」が遺されていることが判明したのだ。前述の物好きが悪意を持って基地内に「墓」を掘り、そこに捏造したパピルスを入れたということは考えづらい。
 発見されたパピルスは年代測定の結果、このパピルスは紀元前千年代、古代エジプトの新王国時代に作成されたことが明らかになっている。現代に捏造された可能性もあるがその場合は非常に高度な偽造技術が要求され、とてもではないが「悪戯」の範疇で行えることではない。
 ならばこのパピルスは実際に新王国時代に書かれたものと考えてよいものなのだろうか。仮にパピルスの内容が新王国時代を過ごした人物の「類い稀な空想」に基づくものであったとしても、「脳の役割」や「地球からシリウスまでの距離」といった記載の正確さがその考えを即座に否定するように思われる。実際にこれらの事実が明らかになるのは新王国時代から二千年以上経過した時代である。
 オカルトの用語を用いるならば、このパピルスは「オーパーツ」と呼べる存在である。パピルスが記された当時の文化水準では到底作成しえない存在――だとすれば、このパピルスを記したのは「私」、「我が主」に仕えていた「ウシャブティ」なのだろうか。
 注釈に記した通りウシャブティとは墓に供えられる人間の姿をした模型であり、召使いとして死者の死後の生活を支える存在である。「私」は自身をウシャブティと呼称しているが、このパピルスを読めば分かる通り「私」の実態は「ロボット」であり、「宇宙人」の「我が主」と共に文明誕生前の地球に来訪した、超文明の存在である。
 ここで疑問なのが、彼らは一体何をしようとしていたのかということであろう。パピルスを読む限り彼らは地球の動物を「切る」、すなわち解剖して生態の調査を実施していたのだろうが、その後に続く「繋ぎ合わせる」と「組み合わせる」という行為の意図が分からない。
 言うまでもないことだが「繋ぎ合わされた」り「組み合わされた」りしたものが、後のエジプト文明において人間の体に動物の頭をした「神」に擬せられたということを伝えたいのであろう。
 だがそれは牽強付会けんきょうふかいそしりを免れないであろう。そもそも仮に別の惑星の生物を調査するような文明を持った生物が、このような杜撰な調査を実施するだろうか。調査隊はロボットを含め僅か二人しかいない、生物の解剖以外の調査を実施しない、適切な処置を実施せずに生物をそのまま地上に廃棄する――パピルスの作者はエジプト神話の成り立ちを強引に理屈づけようとしたのではないかとも思える。
 とはいえ宇宙人の倫理観が我々地球人と同一とは限らない。案外「我が主」は古典的宇宙人観である「宇宙からの侵略者」であったのかもしれない。
 はたしてこのパピルスが現代人の捏造なのか、古代人の捏造なのか、はたまた宇宙人の遺したものなのか。その事実を知るには情報が不足している状況である。
 さて初めにこのパピルスが発見された穴には「棺」が遺されていたと書いた。パピルスで記されているロボット用の「棺」とは違い、単純な石棺である。実はこの石棺には「何か」が遺されていたとのことだ。
 墓は基地内部の立入区域内にあるため、「何か」がいったい何であるかは一介の考古学者である筆者には分かりようもない。そもそも「何か」とは、軍の最高司令官が「うっかり」口を滑らした発言である。どのような類のものかはとにかく、文字通り特筆すべき「何か」が存在した可能性は決して低くはない。
 だが残念なことに我々考古学者の反対を押し切り、軍は基地内の穴を塞いでしまった。棺は埋もれ、パピルスの現物もいずれとも知らぬ場所に保管されているとのこと。学会からの抗議声明はことごとく無視され、我々の手元に残されたのは「オシリス=ウシャブティのパピルス」と呼称されたパピルスの複製のみである。
 何故これほどまでの「圧力」を受けなければならないのか、その理由は未だに明らかになっていない。荒唐無稽の一言で片付けられるようなこのパピルスに、いったいどのような真実が隠されているのだろうか。
 どれだけ我々がこのパピルスに関する真実の解明を渇望したとしても、真実を知ることは永遠にやって来ることはないのかもしれない。もっともこの世界には、永遠に真実を知ることのないものが大半を占めているのだが。

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