年輪

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梗 概

年輪

 目覚めて、起き上がってしたこと。
 自分の肌を確かめた。
 左足のその一つ一つの肌に刻まれたそれを確かめながら、肌をなでた。
 目にうつる、見覚えのないその肌の色、斑点としみ、ほくろ。
 鏡のない部屋では、自分がどういう顔をしているのかさえ、よくわからない。
 よれて垂れたその手で、自分の顔に触れた。
 弾力のあった頬はたるんで、押しても押し返されることはない。
 小鼻から口角にかけて、深く刻まれた一本の線。
 唇をなでると、その乾いた薄い皮膚がとれそうになる。
 顎にあった大きな膨らんだほくろは、覚えている感触よりもさらに盛り上がっているような気がした。 
 額にあるたくさんのひだ。それらはくっきりとまるで境界線を描くように均等にならんでいる。
 疲れてかがむと、手に髪がかかった。
 長かった黒い髪の毛は、短くなって、毛先は縮んで灰色に染まっている。
 視界にはいるだけ髪をかきおろす。
 そのごま塩のような色合いの髪に、安心感が芽生える。
 死んだ母親の髪にそっくりであった。
 口にたまったつばを飲み込もうとすると、うまく飲み込むことができず、思った以上に咳き込んでしまった。
 咳をするために、腹をへこませると激痛が走った。
 脇腹、背中、胸、へこんだところ以外の箇所にも痛みがつながっていく。
 その痛み耐えて、手のひらで腹をさすった。
 腹には、延びきった皮膚がしぼんでかさなって手のひらで触れるだびにたぷんたぷんとゆるるかに動いた。
 腹をさすっているとあるべきものの不在にきづいて、あるべきところをさすったが、凸の部分が存在しない。
 私のおっぱい。
 腹の皮膚の重なりに、巻き込まれた別の延びきった皮膚。
 その皮膚の先端に、黒々とした突起物があって、少し安心した。
 乱れた息を整えようとして、また深くかがんだ。
 右手につかんだ膝のきしむ感覚
 太ももに、けっして落ちなかった脂肪の塊が熟れてくさった果物のようにだるんと垂れ下がってついている。
 左手で足の指をなでた。
 その足の付け根に描かれた線をなぞる。
 ああ、とうとう解き放たれたのだ。
 見られるということ、消費されるということ、売られるということ、役割を求められること。
 その刻まれた年輪のような線、一つ一つが教えてくれる。
 もう私は若くないと。
 あの選択は間違ってなかったと。
 ようやく、息を吸って生きていける。
 そんな気持ちが胸の中にあふれていった。
 

 
 
 

 

文字数:999

内容に関するアピール

題名:「老いる」  制作年:1975年 作者名:三栖右嗣 

若さと老いその価値のバランスを崩したいです。。
年のせいで損をしたので書いてみたいです。

主人公は若い女性。老いを手に入れた場面のラストシーンです。

文字数:101

課題提出者一覧