梗 概
ファーストコンタクト
2019年8月16日、スーパーコンピュータ「京」は共用を終了し運用を停止した。およそ100年後の2119年9月1日(防災の日)、磁気浮上式人工島、最新防災都市にして世界最大級の教育・医療クラスター「新神戸ポートアイランド」の街開きが盛大に開催された。教育用クラウド量子スーパーコンピュータ(Kクラウド)の本格稼働である。参列者のひとりである眼科医のひとみ・コガは、亡き父トオルの眼を自ら手術した日のことを思い出していた。
ある日、トオル・コガは自身の子供である双子の姉妹ケイコとひとみを日本政府が未来構想特区計画で展開する予定の「ファーストコンタクト計画」の臨床試験に参加させることを依頼され、熟考の末に承諾する。姉妹は順調に成長するが、姉のケイコは18歳(義体を装着でき、Kクラウドに接続制限がなくなる年齢)で自ら命を絶つ。トオルは過去の自分の判断を後悔し、ニューロインテリジェンスの研究を始めるが、そこで徐々に明らかになるのは、日本政府が計画している壮大な復興計画と臨床試験への疑惑であった。
当初「ファーストコンタクト計画」は、「もはや震災後ではない」という下品なコピーとともに立ち現れた根拠のない政治家のプロパガンダにすぎなかった。最初に動いたのは科学文部省と名を改めたMEXTである。ナノフォトニック集積回路とマイクロエレクトロメカニカルシステム製造技術を駆使したクラウド直結型生体コンタクトレンズ(自己の細胞由来の水晶体レンズ)、および教育用クラウド量子スーパーコンピュータ(Kクラウド)の開発が国家事業となり推進された。一方、人間の生体とクラウドとの直結による知識の標準化と格差の解消は世界の理解を得るのに時間を要しなかったが、顕在意識だけではなく潜在意識をもバックグラウンドでコントロールできる被験者(ファーストチルドレン)の意識の多元化問題は、医学・心理学のみならず、法学・哲学をも巻き込んだ国際論争に発展していく。
その頃、トオル・コガは自らを議眼化(ファーストコンタクト装着)することを決意、長女ケイコとの接触(潜在意識へのダイブ)を図るが失敗する。しかし潜在意識のなかでのKとの会話を手掛かりに研究を進め、中途(自我確立後)での議眼化は、顕在意識と潜在意識をコントロールできるが無意識は認識できないこと、誕生後にすぐ(自我確立前、あるいは自我が不安定な場合)に議眼化すると顕在意識と潜在意識に加え、無意識をも認識できることを発見する。さらに、「Kクラウド」はバックアップとして、過去に運用停止した「京」や「富岳」が使用されていることを突き止める。
数年後、トオルの死の間際、眼科医となっていたひとみが、トオルに議眼化の再手術をする。意識が遠のく中で、トオルの目から涙が止めどなく零れ落ちる。トオルは「Kクラウド」の無意識領域、「京」の中の遊園地で長女との再会を果たしていた。
文字数:1195
内容に関するアピール
最大のオプティミズムと最良のシナリオで、日本の100年後を描きました。飛び道具や新しいアイデアはありませんが、小道具として「クラウド直結型生体コンタクトレンズ」「教育用クラウド量子スーパーコンピュータ(Kクラウド)」「意識の多元化(永遠の生命)」「AIの無意識」などを使っています。
本文では、人間の意識(無意識)のメタファーとして、新神戸ポートアイランドの構造とKクラウドを印象的に描写したいと思っています。ラストは、スーパーコンピュータ「京」を人類とコンピュータとの初めての意思疎通、ファースト・コンタクトを実現した基体として描くことにしています。
余談ですが、正真正銘、人生で初めての創作です。書き終えてから気が付いたのですが、僕の大好きな『航路』(コニー・ウィルス)と『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス)によく似ています。無意識とは恐ろしいなとつくづく感じました。
文字数:389