郷愁

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梗 概

郷愁

草原に立つ少女の体内を、夏の草いきれが突き抜けていく。
緑豊かに連なる稜線が、入道雲を抱えた青空をなぞる。
空に届きそうな高層ビルや、複雑に入り組んだ立体道路のような人工的建造物は、この高台からは一切視界に入らない。
だからこそ、少女はここからの風景を気に入っていた。
腰を下ろしていた天然の芝生に、そのままゆっくりと背中を預ける。学校指定の夏服をやわらかな草が撫でた。

夏休みの宿題、いつから始めようか。

隣から聞こえてきた友達の相談に、少女はぎゅっと目を閉じた。
宿題も、部活も、勉強も恋愛も受験も将来も、今だけはこの空に消えてなくなれ。
身体が軽くなった少女は勢いよく立ち上がり、そのまま走り出そうとして、ふと振り返る。
ジジッと鳴いて、セミが飛んだ。

  ■

突然の雨をしのぐべく、少女は古びたバス停で束の間を待つ。
髪の先から垂れる水滴を振り払い、頭上の曇天にため息をついた。
今朝テレビで流れていた天気予報は、雨が降るとは一言も言ってくれなかった。
尖らせた唇が震える。風邪を引いたらどうしてくれよう。

あれ、お前もいたのか。

青年の声は、不満に満ちた少女の胸中をぶしつけにかき回した。
短く切られた髪、ごつごつとした二の腕、柴犬のような瞳に、腹立たしいえくぼ。
雨に濡れた身体が肌寒さを忘れ、内側から熱を作っていくのがわかる。
山中のバス停で二人きり。いや、本当に二人だろうか。少女はふと振り返る。
誰かと目が合った気がした。

  ■

夏祭りの日。町内の神社が明るく活気づく。
浴衣を着た二人の少女の元に、青年が笑顔で手を振りやってくる。
娯楽も飲食もそこそこに、花火を見るべく高台に向かった。
上がっては散り、大地を揺らして夜空を彩る打ち上げ花火を三人が見上げる。

すごいよねぇ、あれもみんな、誰かの作り物なんだよ。

友達の言葉に、少女が答える。
「私達の未来も、作り物だらけなのかな」
空間が停止した。夜空では咲きかけの花火が凍らされたように留まっている。草木のざわめきも、命の鼓動も聞こえない。
時間を忘れた世界の中で、少女は振り返る。
「私も、そのうちの一人ですか?」

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眼前に表示されていたビジョンを閉じ、彼は首をかしげて作品のタイトルを読み返す。
ID:036023「郷愁」
初めて訪れた故郷からの帰り道、彼が視聴していたのは、今日まさに葬儀が行われた祖父の遺作だった。
画家を生業としていた曾祖父がこの地に移り住み、そこで祖父が生まれ、父が東京に出て、高層ビルの下で彼が生まれた。
現代で失われつつある感覚を仮想空間上で体験できるログは、嗜好品の一種として世間に出回っている。
彼も何度か試したことはあるが、どれも記憶には残らなかった。今回も、きっと一緒だと思っていた。
登場人物の誰もが、どこかで見たことがあるような気がした。
その印象を頼りに記憶を探る際の心地良さを、彼は言葉で言い表すことができなかった。

文字数:1200

内容に関するアピール

SF、というものがあまり得意ではないので、あんまり深く考えずに自分の好きな土俵に連れ込んで書きました。
あと、「これは梗概じゃないよ」って怒られる覚悟はできてるので、この講座に申し込むまで読み方も知らなかった梗概の書き方を教わりたいです。

人間が心の中に持っている原風景の希少性は、時代が経つにつれ高まっていくのではないかと思っています。
なんて書いてて思ったのですが、100年後の人達の原風景はそもそも僕らの世代が思い描くものとは根本的に違うのかもしれません。

作品の中に登場する人物が視聴者に干渉する、という通常起こり得ないバグは、人間が絡んでる以上どんなにテクノロジーが進歩しても存在する奇跡だと思ってます。
そこに面白さを見出して生きていきたいです。

あと、テキストの頭にだけ勝手にスペースが入るのどうしたらいいでしょうか…。

文字数:361

課題提出者一覧