鮭彗星の回帰

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梗 概

鮭彗星の回帰

宇宙漁師のワタルは、元漁師の祖父の八十歳の祝いで、親戚や幼馴染のシオと食べた食事を覚えている。食べられるのは最後になるという絶滅危惧種の鮭とイクラ、そして似た味のコメットサーモンの肉。どれもが子供心に最高に美味しかった。十年前に地球に接近した通称鮭彗星は、食用可能なタンパク質を多量に含んでいた。そして燃え尽きずに地上に届いたいくつかの流星は、国連食品管理局の下で貴重な食料として管理されていた。

大人になったら鮭を獲る漁師になると誓ったワタルは、成長し、肉体を改造した宇宙駆けるフィッシャーマン、宇宙漁師になる。そして二一一九年、三十年周期で近づく鮭彗星の再接近を、ベテランの男ウィル、若いナスカの男女三人のチームで迎えた。他のチームと共に大型漁船に詰め込まれ、地球公転軌道から離れて最初の漁に向かう。彗星から分離する大小の鮭を、ワタルたちは宇宙空間に網を拡げて捕獲する。地球の鮭とも、他の魚とも似つかぬ異形に食欲をそそられ、熊のように喰らう。鮭の肉は、単に食用という以上の快楽をもたらす甘露でもあった。

地球に帰還する漁船の中、三人はチームの船室で過ごす。ワタルは内臓が満たされるのを感じ、同時に、鮭の分子が体内に染み渡り、肉体を内側から変容させているのを感じる。三人は、お互いの変化に敏感に反応し、相手に食欲すら覚える。

帰還し、宙港でナスカと二人でいるところに、幼馴染のシオが現れる。宇宙漁師になってから初の再会だった。シオは国連の職員として、鮭彗星再接近に備えた活動に従事していた。鮭彗星は貴重な食料源かつ高級嗜好品だが、無秩序な地上への流星の落下は生態系の破壊をもたらすと国連は把握していた。その回避と鮭の捕獲の折衷案が軌道上での捕獲行為で、宇宙漁師は捨石の労働者だとナオは言う。なぜ、そんな道を選んだのかと。同じ社会的問題に向き合っていても、地上の官僚であるナオには、もはや自分は社会から逸脱した下層民に見えるのだとワタルは理解する。ナオに教えられ、ワタルは百歳となった祖父をホスピスに訪ねる。肉体改造と鮭の影響を受けた体は、祖父には血の繋がった孫とは思えない。それも時代の変化に過ぎず、お互い漁師だと言い、孫のあり方を受け入れる。

鮭彗星の地球最接近。全漁民が彗星軌道に向かう。彗星から分離する鮭の数は桁違いで、大漁だが獲り逃しも多い。地球へ突入するものも少なくない。漁民たちは飛び回り、獲り、喰らいつつ、人から逸脱し変容する。以前は慣性で進んでいただけの鮭が、自在に動きまわるようになり、死者も増える。その中でナスカとウィルが鮭に呑まれる。ワタルはその鮭に喰らい付き、共に地上へ落下する。大気圏突入の際にエイのように薄く変容した鮭のおかげで燃え尽きずに降下するが、喰らいつつ呑まれ、三人と一体は融合したまま海へ沈む。意思疎通はないが、生物共通の生存本能を相手に感じながら大洋に溶けていく。

文字数:1199

内容に関するアピール

100年後といえば、現在生きている人々の何パーセントかがまだ生きている未来でしょう。そこには現代からの連続性と、理解不能な分断との両方があるだろうと想像します。

食糧危機の未来において、人類を救う外宇宙からの贈り物が知識でも技術でもなく、タンパク質それ自体の塊である彗星として飛来する未来。そんな100年後を設定し、いくつかの対比から100年後の世界の創造を試みたいと思います。

宇宙の漁師である主人公の青年と、地球の漁師であった祖父。主人公ら男女3人のチームの密接な関係と、地球上で働く幼馴染の女性との関係。そして伝統的な食文化の衰退と、それを代替する異質な食。

実作では、食事の場面の美味しさと野蛮さ、宇宙アクションの描写にチャレンジしたいと思います。

文字数:325

課題提出者一覧