パーソナライズド・リアリティ

印刷

梗 概

パーソナライズド・リアリティ

「僕」の仕事は、「パーソナライズド・リアリティ」、通称パーソナル内の「世界シミュレーション」アプリを開発するエンジニア。世界シミュレーションアプリとは、プレイヤーの嗜好に合わせたMR(複合現実)上にセカイ(近未来、中世西洋ファンタジーなど)をシミュレートし、現実世界でありながら、シミュレートされたセカイで生活することができるというものだ。全く別のセカイで生活しながら、日常生活を送ったり、仕事をしたりすることができる。

昔から「僕」は「彼女」の幻影を見ていた。それは単なる幻覚なのかもしれないし、MR上のプログラムなのかもしれないし、あるいは本物の人間なのかもしれない。職業柄、《パーソナル》のスマートデバイスを体内に取り入れている「僕」にとって、既に現実とMRの区別をはっきりと付けることはできなくなっていた。「彼女」は「僕」の初恋の女の子によく似ていた。

「僕」にはニイナという恋人がいる。ニイナのことは好きだったが、愛してはいなかった。とはいえ、情は感じている。ニイナと出会ったのはマッチングアプリだ。このアプリは「運命の人」との出会いを容易にした。個人のオーディエンスデータに基づいて選び出された恋人候補は、価値観が正確に一致している。もはや苦労して恋愛相手を探す必要はない。だから「僕」はニイナに対して何の不満も持っていないし、ニイナも「僕」に対して何の不満も持っていなかった。きっとこのまま結婚するのだろうと思っていた。

しかしある日、ニイナが急に「僕」の前から姿を消した。連絡もつかず、行方もわからない。その日以来、「僕」の前に「彼女」が姿を変えて何度も現れるようになった。「彼女」はあるときは初恋の人のような姿で、あるときは母親のような姿で現れた。「彼女」は近付こうとすると、姿を消してしまう。

「僕」はニイナを捜索するが、連絡を取ることができない。ニイナの荷物を整理していると、彼女の両親から送られた手紙を見つける。「僕」はニイナの実家を訪れるが、既に彼女の両親は亡くなっていた。彼女の地元で「僕」は偶然、彼女の高校時代の友人と出会い、話をする。だが、友人が話すニイナの過去は、「僕」が知るニイナと全く別の人間だった。

困惑する「僕」の前に再び「彼女」が現れる。「彼女」はまるでニイナのような姿をしていたが決してニイナではなく、はっきりと「彼女」であることがわかった。「僕」は初めて「彼女」と対面する。「僕」はニイナの姿を通して「彼女」と話をしていた。

「僕はてっきり君とずっと一緒にいるつもりでいたんだ」と「僕」が言うと、
「そんなことは無理だって、初めからわかってたじゃない」と「彼女」は言った。

「私はずっと前からあなたを知っていた。そして交わるはずがなかったの。だって、あなたと私は同じ時間を生きていないのだから」
そう言って「彼女」は消滅し、二度と「僕」の前に姿を現すことはなかった。

文字数:1200

内容に関するアピール

家族、そしてそれを構成する愛がもはや成立不可能なのでは、という自分自身の実存 から出発して、それでも孤立せずに生きていくための物語を書きたいと思っています。

100年後のSF要素として出している、MR(複合現実)、網膜モニターや脳波で操作するスマートデバイス(電脳)、パーソナライゼーションといったテクノロジーは既に存在し、100年後の世界を構想するには飛躍が弱いとは感じています。ですが、こうしたテクノロジーがより洗練され生活に浸透していくと、「見たいものだけ見る」ような「フィルターバブル」状況をいっそう推し進め、人はいっそう孤独になり、いっそう家族や愛は成立不可能になってしまうのでは?という予感があり、今の時代と接続させるSFを書くためにはこうした要素を使いました。

文字数:335

課題提出者一覧