隣人の幸せ

印刷

梗 概

隣人の幸せ

 この世のありとあらゆる文化を保存するCDB(CultureDataBank)財団が、過去にさかのぼり創作物のアーカイブ作業を始めて半世紀が経過した。また、財団が創設される四半世紀前には人間の脳と神経系のつながりが解明されている。自身の脳以外を機械化することが可能となって半世紀、サイボーグやアンドロイドの外見が生身の人間と見分けられないほど精巧なものとなった。

 

カンナ・ナカジマはCDB財団の創作物部門に勤めている。一般客からの注文を請けて、財団の持つデータベースより指定された『創作された人格(いわゆるキャラクター)』を人型ロボットにインストールしたものを発送するチームにおいて、全自動で行われる作業工程のチェックと発送後の個体管理を行っている。

発送後の個体は、常に財団のクラウドサーバーに思考・行動ログを送信し、AIによるキャラクターの『ぶれ』判定や、ロボット三原則への抵触、法律違反に該当するような事項が無いかをチェックされている。基本的に思考・行動プロセスの再演算によるエラー回避処理や、違反リスト登録・ペナルティ付与は自動的に行われており、自動で対処できない案件への対応をメインとして業務を行っている。

 

近頃、キャラクターの『ぶれ』や、ロボットの違反行動以外のトラブルが目立つようになった。 特定作品の同じキャラクターを所有しているロボット所有者によるものである。このキャラクターは私が持っている機体以外すべて回収してほしいという匿名の要望だけなら無視できるが、他所有者への恫喝や暴力、ロボットの誘拐や破壊を行うものまで現れた。この現象について、他部署のアーカイブも参考に事態の収束方法を探したが、めぼしい解決方法は見つからなかった。その代わりに、類似した現象が発生していたことが分かった。『解釈違い叩き』と『同担拒否』と呼ばれていたこの現象は、100年前、アーカイブ資料になっている作品がオリジナルとして発表されたその当時からあったのだ。

 

 カンナの所有するロボット、130年前に発表された近未来を舞台にした作品に登場する公安警察の小隊長「田坂マコ」とともに、トラブルを起こした犯人の特定や、事態を未然に防ぐためのボディの強化や、システムのアップデート、所有者に向けたルールの整備を行った。

 それでも、この事件は終わらなかった。ある作品で騒ぎが収束しても、別の作品で似たような事態が発生するのだ。

 カンナは事件に対応していくなか、自分たちが送り出してきたロボットとの適切な距離や、人格を降ろされたロボットの幸せについて考え始めていた。AIとはいえ、一個人の人間としての思考をモデリングされているのだ。財団のアーカイブに収録されている資料の中でも散々思索や議論が行われてきた内容を改めてマコに問いかける。創作された架空の人間を、独立した思考を持ったロボットを一個の人間と見ていいのか、自分はどこに視点を定めればいいのか。『二人』の議論は朝まで続く。

文字数:1227

課題提出者一覧