バグイーター

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梗 概

バグイーター

 村長の娘が捧げられるのは次の次の日の出。いつまでも逡巡している余裕はない。あの美しい娘の若い甘やかな命を、たとえこの世を統べるものの託宣だとしても、到底聞き入れることなどできぬ、時語りは憤怒の想いを固くこぶしの中に握りしめた。
 数年来の大旱魃、作物は実らず家畜も死に絶え、村の民たちの暮らしももはや焼けた鉄器の上を転がる水玉のようなもの、跡形もなく消え去るのは必定。
 だがしかし、時語りは思い返す、そもそもこの世の成り立ちに絶対的な力を持つものがあるのか、そしてそのご意向を我ら村の民程度のちっぽけなものどもが真に理解することなどできるのか、古来知識の網の狂気した時代から、語り継がれてきた時語りとしての奥義、おのれの修めてきた過ぎた未来の書物のどこにも、そんな事実など書かれておらぬ。読み手の想いや解釈にて如何様にも取れる文言などただ迷妄な言い伝えの類、そんなものがこの俺の愛する女をいけにえとして要求するのなど、断じて認めるわけにはいかぬ。たとえこの村が滅ぼうと俺の知るところではない、時語りはその夜、娘をさらって村を出る。唯一生き残った馬にまたがり、眠虫にて眠らせた娘を横抱きにして。
 早朝それに気づいた村長が、頼みの綱としたのが山の徒の男衆。虫食いとしてさげすまれている者たちで普段の行き来は表向きにはなく、得体の知れぬ力を持つともいわれるが、それも定かではない。ただ、今、眼前で薄気味悪くニタニタと笑っている人外の者たちにこの村の命運を託してもよいのかと村長は一瞬怖気をふるうが、まなじりを決して言い渡す。時語りの生死は不問、娘は生きてさえすればよい、手足も貞操も好きにするがよい、その村長の言葉に欣喜雀躍としてその命に従う山の徒の男衆。
 ろくに草も食んでいない痩せ馬、山道を越えるのも往生、たちまち山の徒に行く手を阻まれ、ぎりぎりと悔し気に歯を食いしばる時語り、
「頼む、道を開けてくれ」
「できねぇ頼みだな」
 にやにやと笑いながら歩み出る一人、懐からよく肥えた蟷螂を取り出し、時語りにそれを掲げてみせる。
「もう、止められねぇよ」
と、その虫に食らいつき、半身をかじり取る。おびただしい緑色の血潮が高く噴き上げ、恍惚と顔面にそれを受ける男。大きく口を動かし、じゃりじゃりと咀嚼し、大きな音を立てて嚥下する。感に堪えぬように身震いし、一瞬よろけるが、さらに邪悪な薄笑いを浮かべると、ぺろりと口の周りの粘液を舐めとり、「ああ、いいねぇ」
と随喜する。
 その姿がふっとおぼろに震え、気付いた時には地面に投げ出されている。馬のいななく声と、その断ち切られた前脚の痙攣する様子、真っ赤な馬の血に塗れた鎌、巨大な蟷螂に人間の顔をのっけた化け物が、時語りたちの前で笑っている。

文字数:1134

内容に関するアピール

本当は正義なんてなんでもいいやと思っていて、どういうことかというと何が悪なのかで正義が決まるのではないかと。
ヒーロー像については、例えばキャプテンアメリカが白人から黒人に変わろうが、だからどうしたという思いがあって、その国その文化の中で適当に決めりゃいーじゃんと思う。チャンバラ世界のヒーローは普通は日本人だろうし。009なんて、昔から多様性を獲得してるし、今旬なので思うけど、そもそもアンパンマンは多分人間ですらない。

結局人間に分かる悪は人間的なものに過ぎないのではないかと思ってる。

文字数:243

課題提出者一覧