最後のコハダ

印刷

梗 概

最後のコハダ

「帰れってんだ!!」

 寿司職人歴40年の源八は、今日も役所から派遣された職員の胸ぐらを掴み、表へ放り投げた。

フィッシュペースト24は、酢飯に塗るだけでまるで寿司を食べているような気持ちになれる新たな発明である。現在日本では各寿司屋にこれを推奨し、使用店に補助金を与えることで魚の減少を食い止めようとしていた。

逆に反対派に対して市は徹底的に圧をかけているため、源八の店には毎日複数人が「魚を大切にしろ」というプラカードを持って立っていた。

 ある日流山組若衆、潮崎が源八の店に客を装い入店する。潮崎は小銭稼ぎとして店を食中毒で訴える取引を、裏で役所と交わしいてたのだが、子供の頃から貧乏でフィッシュペースト24しか食べたことのなかった潮崎は、初めて食べる本物のコハダに涙を流し、なんとかこの店が存続を続けられるよう自ら力を貸す。

しかし役所と流山組は相当な深い仲になっており、潮崎は組の意向を破ったことでリンチされ、小指を跳ねられてしまう。

自らの指の醜さに涙する潮崎に源八はエンガワを握り、余った皮の部分をパリパリに焼き、指の代わりにつけてやると、潮崎は感謝し、自分にも寿司を教えて欲しいと弟子入りを志願する。

 修行中、潮崎は白身のたんぱく質とフィッシュペースト24の相性が抜群で、かなり本物の魚の味に近くなることを発見し、源八にこれなら使用する魚を減らせると提言するが、源八は潮崎が塗った白身の寿司を全て踏みつける。

――魚じゃないなら、寿司じゃねぇ。

当たり前の言葉だが、潮崎はここで改めて源八の覚悟を感じた。

 ある夏、大きな台風によって街は避難せざるを得ない状況になる。

潮崎は早く店から逃げるよう源八を説得するが、源八は全ての魚を生簀から出し、本物の寿司を握り続ける。

何度も何度も避難所に寿司を運び続ける源八と潮崎だったが、店内の魚は全てなくなってしまう。万事休すかと思ったその時、源八が奥から取り出してきたのはフィッシュペースト24だった。

源八は、自分に何度も嫌気がさしていた。今の世の中の状況を見て本物の魚しか使わないなんて店の終わりを早めるだけだと分かっていた。それでもここまでやってこれたのは、自分が心の底から魚が好きだったから。寿司が大好きだったから。

源八はフィッシュペースト24で寿司を握り、己のプライドは握りつぶした。

潮崎が避難者全員分の寿司を運び店に戻ると、源八は既にどこかに消えており、そこには切り落とされた右腕が置かれていた。そしてその横には、コハダが一貫握られていた。

 潮崎は源八の店の場所を借り、肉寿司をオープンしていた。

潮崎のやっていることは間違っているか分からない。でも、例え限られた環境の中だとしても、源八の技術を残し続けたいというのが潮崎の意思だった。

「ナリ怖くても、シャリ優しく。サビはメリハリ、テキパキ握れ」

源八の教えを店の中心に掲げ、今日も潮崎は寿司を握る。

文字数:1196

内容に関するアピール

己にとっての正しさ、世の中にとっての正しさ、自分の大事な人にとっての正しさ。
正しさだけでも多くの切り口がある中で、最後に自分は何を正しいと思うのか、というの正しさの残し方を、いろいろな人物を通して描きたいと考えました。

正義は勝つ。だからこそ自分の正義が破れたとき、源八は戦うことをやめました。
敵対した意見に乗っかることで初めて、この場合でいうなら源八はフィッシュペースト24を使うことで初めて、何が正義かを知ってしまった。

だからこれ以上戦うと自分が悪になることを知っていたから、最後に人が寿司を食べて笑ってくれたのを見て、源八は寿司職人としての生涯を終えました。

実作を書くときは、江戸っ子源八と若者潮崎の噛み合わないジェネレーションギャップの会話のシーンを入れて、真面目すぎない作品にしたいです。

文字数:348

課題提出者一覧