アーカーシャの遍歴騎士

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梗 概

アーカーシャの遍歴騎士

 憲治はリベンジポルノを根絶するアーカーシャ、サイバー空間上の存在である。盗撮画像も彼の管轄だ。今日も、いじめで全裸の写真を撮られた十一歳の少年の画像を一斉に削除した。彼は誰かの名誉を守るために存在する。

 いつものように依頼が届く。肉感的な女優、美恵のバスローブを羽織っただけの写真の流出を防ぐこと。濡れ場を撮った後で寛いでいるところを、誰かが勝手に撮影したものらしい。美恵は常に完璧な姿を見られたいらしく、ヌードを撮られることにためらいはないが、だらしないところを見られるのはとても嫌がる。依頼人は不明だが、彼女のマネージャーだろうか。憲治はその画像を何のためらいもなく削除しようとする。

 だが、それは罠であった。アクセスした途端、その画像は憲治が本来持つはずのない感情をインストールした。途端に憲治はその画像に執着を覚える。そのせいで削除が一瞬遅れる。ローカル環境に保存された枚数は推定不能。憲治の上司は彼に芽生えた感情をエラーとして抹消しようとするが、憲治はこの胸の疼きが何よりも愛おしくなり、それを拒む。上司はそれを容認するが言い放つ。

「再び遅延することがあれば、容赦なく君を削除する」

 汚名返上の手段として与えられた仕事も美恵の画像の削除だった。それも彼女が十八歳未満だったときのヌードだ。あと一日で十八歳になる、誕生日の前の晩の写真。間違いなく違法であり、ダークウェブで拡散する速度もバスローブのとき以上だろう。今度こそ削除せねば、とその画像に触れる。再びの罠。そして、憲治は涙を流す。

「これほど美しいものを削除することこそが犯罪なのではないか」

 そして思い出す。憲治という模擬人格のオリジナルの男が、美恵とかつて恋人関係にあったことを。そして、この裸体も憲治がとったプライベートのデータが流出したのだということを知る。事件の発端は、オリジナルの憲治が、美しいものが容赦なく検閲される現代の法に対する抗議として拡散したことだった。

 無数の声が、オリジナルの男の態度を弁護する。

「たった一日の違いが何だというのだ。それに、彼女は二十歳になる前から裸体を見せている」

「データを削除する行為そのものが、アーカイブの姿勢に反するものだ」

「お前の仕事は無駄なことだ。あの十一歳の少年はとっくに屈辱から死を選んでいる」

 美恵自身の言葉も聞こえてきた。

「子供の頃の私がこれほどきれいな体をしていたとは知らなかった。お願い、消さないで」

 それでも、憲治はこの画像を削除することを選ぶ。法は守らなければならないし、美恵の言葉も、落ち目になりつつある女優の話題作りとナルシシズムのために過ぎないと喝破する。

 憲治は自分の胸を引き裂き、まだ鼓動している美恵の記憶を体内から取り除く。同時に、全世界から十七歳の美恵のヌードを削除する。そして、再び感情のない存在となって、終わりのない仕事に戻っていく。

文字数:1194

内容に関するアピール

 ある程度の知識があると、対立する二つの陣営のどちらにもそれなりの理由があり、尊重すべき歴史的経緯があることがわかるので、明確にどちらを支持するという態度を取ることをためらうようになる気がします。

 表現者を志しているにもかかわらず、あえて表現の自由を制限する側の人物を主役に据えたのも、その倫理的なためらいのなせる業かもしれません。

表現の自由を抑圧する姿勢にはどうしても賛同できません。法律はどうしても教条主義的に働くもので、子どもを守ると称しながらも、子どもの表現の自由や作品鑑賞の自由に制限を与えているのは、否定することが難しいでしょう。

 とはいえ、自分よりも弱い立場の誰かを踏みにじるような無制限の自由というのも何か間違っている気がして、その辺りの居心地の悪さも作品に取り込んだ作品にしようと考えています。強くて正しいものが独善に陥らないためには、迷いが必要だと考えるからです。

文字数:392

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アーカーシャの

SF創作講座事務局よりお知らせ(2019.9.24)

本作品は公募新人賞への応募のため、公開を停止しております。

文字数:55

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