柔らかな個体

印刷

梗 概

柔らかな個体

多様化した生物が共生する時代。街にはロボットや人間、動物が入り乱れ、それぞれが権利を主張しながら生きている。私は人間に似せたチタンの身体を与えられ、長い間同じ街で暮らしていて、夜は行きつけの店で過ごすことが日課となっている。

とある晩のこと。ある者は料理を楽しみ、ある者は自らを解体・研磨し、ある者は客同士で話し込む中、私は自らの感覚器官を充電して過ごしていた。ふとした出来事から客として来店していた一人の青年と知り合うことになる。名前をサルコリーニという。陽気で人懐こい人柄で、最近引っ越しきたと語る。出自も異なり、接点は同じ街に暮らしているという程度、年齢差を数えると百歳にもなるが、互いの日常を語り合うには最良の友人となりつつある。チタン加工は研磨して仕上げるのが一般的であるために、私の外見は体温を持たないロボットそのものだ。私を敬遠する人間も未だに多いが、サルコリーニが気にする様子はない。おかげで私は年齢と外見を忘れて過ごすことができる。しばらく交流を続けていると、噂話がきっかけで彼の素性が明らかになっていく。サルコリーニは、人間と契約を交わしたアンドロイドであり、より人間らしい思考や動作を実現するためのデータ収集を目的として生活することそのものが仕事だというのだ。その仕事には彼自身の死も含まれているが、任された努めがあることを喜び、達成する瞬間が楽しみだとサルコリーニは話す。

病院にて、私は主治医に最近の出来事を話す。通院は私の習慣のひとつで、月に二回と決まっている。口うるさい主治医から身体の調子を診てもらわなければならないが、それは私の身体が元の肉体からチタンへと換装されたものだからだ。長く治療を重ねてきて、原型を保っている部分はもう残っていない。病院では長年の付き合いである主治医も治療員たちも、私を御年百二十八歳の老人として労わるように接する。

主治医に語る近況の多くは街や店での出来事だが、最近はサルコリーニについての話題が多い自覚がある。彼の日焼けの様子や食べ過ぎが祟って少し太り始めたことなど、かつて自分も経験した懐かしい記憶を思い起こす。話しているうちにふと自分の死について疑問を感じ始める。主治医に問うてみると、チタンの身体では肉体的な劣化がないため、身体的な動作を止める術はないと告げられてしまう。「自分はいつ終われるのか」私はサルコリーニが持つ明確な生と死の目的を羨みながら思い悩む。今まで通りの日常生活を続ける私だが、日常のルーティンをただ継続していた日々とは異なり、新しい友人であるサルコリーニとの会話と古い友人である主治医との問診に影響され、揺れ動く日々を送る。私は自問自答を繰り返しながらも、老人であって肉体を失ったサイボーグでもある自分の立場に決着をつけるために、あるひとつの選択をする。

 

文字数:1170

内容に関するアピール

100年後の未来を想像し、何が変わって何が変わらないのかを考えています。たとえば〝現在生きている誰か〟がまだ生きているとしたら、どうやって生きているのか、どういう気持ちで生きているのか。一世紀先でも生きているなんて傲慢な話ですが、だからこそ、少し先の未来を手の届く範囲内と捉え、現代と未来との距離感を想像できる物語にしたいと思っています。

本作では、物理的に変わっていく生態を発想の起点として、老人と若人・人間とそうでないものの交流の風景を投影し、そこから生まれる気づきを描きます。無慈悲に変わりゆくことに焦りを感じるのか、どう足掻いても変わらないことに絶望を感じるのか。死も悩みも喜びも、すべてが形を変えて、でも消え去ることなくそこにあるとしたら。歓迎すべきものか、拒絶すべきものなのか、自分に問いながら描いています。

文字数:359

課題提出者一覧