梗 概
満月と新月
日本自治区に彼は暮らす。20代、母のみ、父はもたない。住むのは列島の中央近く、ジンツーと呼ばれる中都市。名はミヤ‐ハルカ、日属登録されていた。
日本自治区内専門学校をでて、職業バンクから行政官庁に派遣されている。月に行くための書類管理が現在の仕事である。
かっての中国が東アジアを大きく併呑した拡大中華人民共和国(拡大中国)に日本自治区は属する。ほかに、地球には、それほど大きくないが北アメリカのアメリカ‐カナダ自由連邦、南アメリカでかってのヨーロッパから移転されたキリスト諸教会を擁するラテン諸国があり、それ以外の広い地域を、多数のイスラム諸国が占める。イスラム諸国も支配形態はさまざまであったが、イスラム諸国以外の国々に、住民のイスラム教化がじわじわおこっていた。それは日本でも同様だった。拡大中国は、宗教を厳しく管理し、原理主義は禁止され信者は潜伏していた。
月の裏側に拡大中国の植民地があった。宇宙にさほど関心のないイスラム諸国、すでに資本力のない南北アメリカに差をつけて、中国だけが唯一、埋蔵された水やヘリウム3を利用して植民地をつくり、地球の本国とのあいだに定期航路をもっていた。植民の選択は、真正中国人には無条件で、自治区民にはしつこい審査と中国人化登録を条件にしていた。ミヤはその担当だった。
小学校の同級生であったサラが、申請代行のためにたびたび彼の前にあらわれる。サラは、シングルマザーで、5歳の男の子アリーがいた。食事に誘い、ミヤは彼女が好きになるが、彼女はミヤに、パートナーとして未登録のあいだはとアナルしか許さない。ミヤは少年アリーをかわいがる。ミヤの母もアリーは気に入っている。
ミヤの母は、自分も月に植民すると志願する。そこへサラは、孫という名目でアリーがついていけないだろうかと相談する。パートナー登録直前にサラとアリーがいなくなる。
ミヤの上司は、サラが隠れイスラム原理主義なのでその子も欠格、登録しようとしたこと自体なかったことにしてやるとミヤに告げる。さらに上司は、ミヤの実の父親は拡大中国軍日本管区のもと高官だからの配慮で、おかげでミヤも今の派遣を不相応に得ているのだから、適宜観察対象となることを説明した。行動が不適切との名目でミヤの耳もとにモニターが当面義務付けられる。GPSと音声記録がつねにモニターされる。
ミヤの母は、月に発った。その連絡ロケットが消息を絶った。母をなくして悄然とするミヤのまえにサラがあらわれ、そのロケットからイスラム教徒が全排除された折に死者もでたことを述べ、実はそのときミヤの母と一緒にいたミヤの父であるもと高官も含めてロケットを排除することが聖戦につながると、ミヤのモニターを通して宣言した。
ミヤはほどなく、派遣先を変更され、日本海側の僻地の地域管理員となる。後ろ盾の父親がいなくなったらこんなものかとミヤはあきらめる。
10年以上が経過、イスラムはどんどん勢力をひろげる。ほかの国については、報道管制のためあまりわからない。月植民地の宣伝はどんどん激しくなり、月を足掛かりに宇宙にという台詞もきかれるようになる。
その宣伝がぴったり止む。イスラム諸国が侵攻、月からさらに植民船が太陽圏外に出るという噂が流れる。
ある日、地平線近くの月の周りで光が走った。職場周辺でたまにみたことのある青年がやってきて、ミヤを連れ出す。彼は成長したアリーで、トンネルを改造して隠れイスラム原理主義者のつくった避難所に彼をつれていく。
噂はどちらも本当だった。満月はまばゆく分離し、こちら半分のこして去っていく。月の向こう側そのものを植民ロケットにし、盾になるこちら側をのこしたのだった。ミサイルロケット群が光をはなって追いすがる。さら地上、中国の要所、対応して各イスラム諸国要所にミサイルがおとされる。多くは核である。残された月のかけらが、地球に降り注ぐ。重力の均衡が変化しあちこちに地殻変動が起こる。避難所を出るのに数か月かかる。
その後、中国軍日本管区との連絡は取れない。やがて、中国自体が、ウイグル共和国華人自治区となったと通知される。
空には、細い三日月状になった月が浮かび、そのむこうに星が光っていた。
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内容に関するアピール
具体的に100年後というとわりと現代を無視できない時間です。まるっきりの出鱈目が書けたら楽しいのですが、どうにも現実から離れられず、この形になりました。
100年かけて、中国は月の裏側でなにかするだろうし、イスラム教徒は増えるだろう、という2つをベースに物語を考えました。
イスラムなんだからさいごに「星と新月」がうかんでいたらきれいだろう、というのはともかくとして、知識の十分にない状態で書くと、いまどきはかなりヘイト的に問題になりそうで、もっと勉強が必要という自覚はあります。
文字数:240