梗 概
明るい部屋の友人よ
経済・軍事の動向から小店舗の自動ドアの開閉頻度まであらゆるデータを集積して総合処理をし、政治上の合理的判断から近所の相談事まで、あらゆる行為判断を直接行える巨大電子計算機(通称オートマン)が、連合する国家を跨ぐ単位で機能し事実上の行政単位に近い意味を持つ時代。日本は米国を含むオートマンの行政単位に所属し、近くある指導者層の入れ替わりや、インドを中心とする行政単位(を統括するオートマン)との開戦の噂に晒されつつも概ね平和だった。
主人公は、全自動化された刑務所で看守の職に就き、実際は特に仕事もなく過去に作った自分の借金の額をただ眺める不毛な日々を送っている。ある日、囚人の一人がオートマンを「懐柔」して脱獄。システムが異常を表示しない中、明らかに脱走している囚人を追うとそこにいたのはおどおどした少年だった。報告しようとする主人公にモロイという名の少年が言うには「彼はぼくの、味方だから、だめだよ」。オートマンを彼と呼ぶモロイは、巨大な電子計算機の“判断意思そのもの”と友人になってしまった少年だった。
モロイを匿うことにした主人公は、彼からオートマンの経済判断情報を得ることで自身の借金を一気に解消することを画策。モロイは協力する代わりの条件として、自分に友達を作るのを手伝ってほしいという。モロイにはオートマンの他に友人がいないのだ。二つ返事で引き受けるが、残念、主人公にも友人はいない。取り立てにやって来た金の貸主の一人アパカと共に、モロイに友人を作るための試行錯誤が始まった。
莫大な情報と処理に基づくオートマンは強力な判断装置だが、その複雑さ故かひとつひとつの決定は因果が理解し難いものが多い。モロイはその、多くの人間にとって不可解な判断を推測することができた。友人がしそうなことについて、理屈を飛ばして予想できることがあるように。一方人間を相手にしてその推測をすることは致命的に苦手だった。不可解を解するモロイは人間からするとまた不可解なのだ。
まるでオートマンに邪魔をされるかのような「偶然」も重なり友人作りは尽く頓挫した。モロイはオートマンが戦争回避の為に次の指導者に自分を据えたがっており、それを拒否する説得として人間の友人を作るのだと説明した。モロイと接してきた主人公は、彼のその不可解に見える説明を、朧ながら理解した。
公表された指導者候補にはやはりモロイの名があった。行政地区へ招かれたモロイは立ち去る直前、主人公に対し、ぼくの友達になってくれないかと言う。主人公は答えることができず、モロイは今までの礼を言って行政地区へ去った。
後日、再び無為に過ごす主人公へ匿名のメッセージが届く。予感を得た彼が記載先に手持ちの全額を放り込むと、あれよあれよと借金が消滅してしまう。「本当にそれでいいのか、オートマン」と呟く彼の目の前で、指導者補佐候補に主人公の名が加わった。
文字数:1197
内容に関するアピール
ある時代についての物語とは、多くはその時代において未だ解決しない物事についての物語です。そして時代における問題を解決へと導いてきたのは、往々にしてその時々の孤独な人々でした。百年後の物語を書くということは、百年後にある孤独を描くことではないかと思います。
人間の意識が、脳細胞の連鎖の結果なぜ立ち上がるのかは未だ判然としていないようです。だとすれば、複雑な情報処理をする巨大な総体が作られたとき、そこには疑似的な一種の意識が立ち上がり、そしてその意識と分かり合う人もまた、現れるのではないか。ありふれていますが、この話の根っこのアイデアはそういったものです。
借金にまみれた主人公や付け焼刃の友人作りといったコミカルで軽やかなシーンを経由して、モロイや主人公(そして恐らくオートマンも)の孤独を追い、「友達になってほしい」に答えられない沈黙の中に宿るものを見届けられればと思います。
文字数:392