梗 概
ヒキコモランド物語
コピュラ氏は、本物の太陽を見たことがない。外に出なくても、「ネカフ」の中にいれば全て事足りるからだ。「ネカフ」は衣食住を全て保証してくれる。必要最低限の娯楽はあるし、運動しなくても体がなまることはない。医療技術の進歩により、死ぬまで健康に生きることができる。ただ1つ、ネカフの中で生活するには、赤い錠剤を1日1粒、飲まなければならなかった。彼はネカフ中央監理局に「何の薬か?」と問いかけた。すると,「その錠剤は、脳内の承認欲求を制御し、人付き合いをしたいという本能を和らげる薬だ」と教えてくれた。
ある日、コピュラ氏に提供されたのは、赤い錠剤ではなく白い錠剤だった。「今度は何の薬か?」と問いかけたが、中央監理局は「黙って飲みなさい」と、詳細を教えてくれなかった。彼は白い錠剤を飲んだ。直後、彼は無理やり地上へ放り出された。理不尽な仕打ちに困惑する彼に対して、中央監理局は「これはネカフの民の通過儀礼だ」と説明した。白い錠剤は、赤い錠剤に含まれる成分を抑制する薬だった。なんでも、脳内の承認欲求を完全に抑制するためには実体験に基づいた拒絶反応が必要で、外の世界に「留学」しなければならないとのことだった。
承認欲求の本能を解放させられた彼は、外の暮らしを体験することになった。生まれてはじめて見る太陽にめまいを覚えながら、彼は外の世界を歩いた。そこには、人間とそっくりな風貌をしたアンドロイドたちが暮らしていた。アンドロイドは、100年前の人間と同じ暮らしをしていた。政治、経済、文化、生活と、ネカフで暮らす人間が失ったさまざまな概念を保存しながら暮らしていた。人工知能に取って代わられたのは、「人間の営為」そのものだった。コピュラ氏はアンドロイドの街で一緒に暮らすことになった。
アンドロイドはみな悩みを抱えていた。人間関係のストレス。仕事の行き詰まり。家庭内トラブル。それらのうちのほとんどは、ネカフに行けば解消できる悩みだった。コピュラ氏には金銭がなかった。働かなければ生きていくことができないと知った彼は、仕事の口を探そうとする。しかし、受けた会社はすべて不採用だった。彼はこの世界に幻滅して、自殺を選ぼうとする。
そんな矢先、彼はとある会社の営業職として採用される。そこはアンドロイド用のネカフを提供する会社だった。アンドロイドはネカフに対して偏見や抵抗感を持っていたので、利用者はそれほどいなかった。コピュラ氏はネカフにいた経験談を語って聞かせる、営業活動を行った。その結果、アンドロイド用のネカフは大繁盛し、彼は巨万の富を得る。それだけではない、アンドロイドたちから「ネカフの父」の名前で慕われ、神格化される。彼は必要とされる人材になった。もはや、留学先から帰るに帰れなくなった。でも、それも悪くないと彼は思った。コピュラ氏は、承認欲求を思わぬ形で実現するに至ったのだ。
文字数:1192
内容に関するアピール
100年後の未来ということで、シンプルですが非常に難しかったです。10年先、1年先どころか、一寸先さえ分からないのに、どうやって説得力のある世界をつくり上げていくか。
考えた末に、「せっかく自由にやっていいのだから、素晴らしい未来が実現しているユートピアを夢想すればいい」という結論に至りました。自分にとってのユートピアは、恥ずかしい話、自己完結型の世界に閉じこもる、「引きこもり型世界」です。とはいえ、「引きこもりサイコー!」ではあまりにラジカルなので、バランスをとって物語を考えたつもりです。
現代ではSNSやらYoutuberやら,他者への承認活動に血道をあげることがトレンドのようですが、そうした傾向が長続きするはずはないと思っています。人と人は(安易には)分かり合えないし、承認欲求が満たされることはめったにない。こうした胃のキリキリしそうなトレンドは、人類には向かないと思うのです。
文字数:397