梗 概
すべての美しい車
2119年。テクノロジーによる人間の幸福追求の結果として、人類は<離脱>した。<離脱>の内実は様々で、植物化した人類やディジタル化した人類、自らを冷凍させメシアの登場を待つ人類などがいた。離脱後に残されたのは廃墟と動物と自律車両だった。自律車両は物体認識エンジンや情動ベースの意思決定システムを実装した自動運転車である。彼らは数十年の間、人間に仕える存在だったが、離脱後は新たな惑星の支配者となりつつあった。
第5世代の自律車両であるマックスは友人のサムから離脱後の人類に関するある噂を聞く。彼によれば離脱した人類に会えるスポットがあるらしい。興味をもったマックスは彼の世代にとっての英雄であり指導者でもあるドールに会い、情報を得ようとする。ドールは一貫して人間を憎悪していた。噂について尋ねても「なぜ人間に会おうとするのか」と反発を受ける。しつこく食い下がって話を聞き出したマックスは、ワシントンD.C.の国立動物園にヒントがあることを知る。真実を確かめるために動物園へ向かったマックスが見たのは、半覚醒状態になった自律車両の集団だった。うかつに彼らに近づいたマックスは意識を失ってしまう。目が覚めたマックスは自分の体の異変を察知する。彼は明らかに人間のような体をしていた。新しい身体の感覚に慣れてくると、マックスは周りにたくさんの人間がいることに気づいた。彼らは離脱後の人類なのだろうか。とても幸せそうだ。そう思ったマックスに一人の人間の少女が近づき、紙をわたす。「私たちは幸福ではない」その紙の裏にはとある住所が記されていた。そこでまたマックスの意識は途切れる。
目が覚めたマックスは、人間の体の感覚の余韻に浸りながら、動物園を出発し少女に教わった場所に向かう。彼を待っていたのは一人の女だった。リアルの人間を見るのは初めてのことだった。衝撃から覚めないマックスに、その女は「私たちはすでに会っている」と告げる。さきほどの少女は自分であるというのだ。エニーと名乗るその女は、ハッキングを行い、離脱後の人類、とくにディジタル化した人類が住む仮想空間に出入りしているという。そしてエニーは離脱後の人類の真実を知った。知性化したサルが仮想空間のシステムを乗っ取り、人類を弾圧していたのだ。人類は無限とも思える時間の中で苦しんでいた。マックスが動物園で見た人類はあくまで表向きの姿にすぎなかった。エニーは人類を救うため、マックスにある作戦を持ちかける。彼女の策は仮想空間から救い出した人類を旧世代車両にインストールし、自律車両として生きのびさせることだった。それには大量の旧世代車両が必要になる。作戦に賛同したマックスは苦労の末、昔からサルに虐げられていた旧世代車両たちを集めることに成功する。エニーの作戦によって旧世代車両と人類の魂が融合し、新しい自律車両の時代が幕をあける。彼らは自分たちの道をいく。
文字数:1195
内容に関するアピール
車はそれ自体ひとつのコンピュータだと言われることがあります。人間によって生み出された高度な知性たちが、人間なき世界でも楽しくやっている様を物語にしてみたいと思いました。そこにはテクノロジーによって幸せを追求して離脱した人類が、自分たちの子供(というより奴隷)に助けられ、最終的には彼らと同じ自律車両として生きるという皮肉があります。同時に、人間たちは旧世代の車両と融合することで新しい存在になるので、世界への希望もかすかに感じさせます。
自律車両たちは高度であるものの、世代ごとに知性のタイプが異なるので、世代間の対立などもあります。そんな人間らしさをもった自律車両たちが織りなす物語、それは「人間のいないマッドマックス」であり「車がイキリ散らす猿の惑星」でもあるかもしれません。
文字数:339