梗 概
キンダガートン・バトルシップ
戦艦「酔猿」は被弾し主砲を失った。機関部も損傷し、もはや退却していく自軍の陣形を乱さずに航行することができない。
すみやかに他の戦闘艦の航行の障害となる宙域から移動し、廃船認証の手続きをとり、ただちに自らの解体にはいることが国際宙戦法規に定められている。
さいわい、頭脳部の大半は無事に守れたので、それらの処置をとることに難事はないはずだ。「これをしないと、我ドランケンモンキー(酔猿)のごとき重砲をそなえた巨大かつ重要な艦船は、ハイエナどもの手で闇取引され、テロリストに渡った日には、惑星間連盟により厳重に管理されたこの戦争、ひいては太陽系世界の平和そのものを脅かす重大な火種として再利用されかねない」同じドックから出戦した若い船たちが、老艦を残し次々と火星へと帰還して行くのが見える。
戦火から離れ、規定通り武装を一つずつ無効化し自分を解体している酔猿のレーダーは、よたよたと航行する小型の球形宇宙船を捕捉する。常に戦域周辺を回遊し宇宙戦のおこぼれを狙っているハイエナども「スカベンジャーズ」が小型宇宙船を追撃している。攻撃を受けている小型宇宙船は民間周波帯を使ってSOSを発信しており、武装はしていない模様だ。
国際宙戦法には「非戦闘員の保護」が規定されており、戦闘中であってもそれを無視することはできない。「酔猿」は自己の解体を一時中止して、スカベンジャーどもを蹴散らし、小型宇宙船を助ける。そのくらいの武装はまだ残っていた。
助けた小型宇宙船は激しく損傷していて、中からは生体反応がある。「酔猿」はドローンを放ち内部を探索する。そこにはインキュベーター(恒温槽)が並び、細胞分裂を繰り返す人間の胞胚が納められていた。胞胚は、ほぼ人体の形状をとり始め、生誕間近であった。
酔猿には搭乗者がいない。したがって人間を生かすような設備はほぼないと言えた。酔猿は周囲にハイエナどもが寄れば反撃できるだけの装備を小型宇宙船に施して放ち、再び自艦の解体に着手する。しかしドローンから、胞胚が人間として誕生し始めたと報告され、またも解体を中断する。
酔猿は、球形宇宙船に残った半壊のAIを再起動し、乳幼児たちの養育を学習する。
しかし、生まれてきた子供達は、一般的な乳幼児に比べ成長が格段に速いようだ。そのことを球形宇宙船のAIに尋ねても、質問をはぐらかされる。酔猿は、軍事行動に特化した自らの知識と機能を総動員し、次々に生まれてくる乳幼児たちの養育をする。
自艦の解体義務は、常に遂行すべき任務の最上位にあるのだが、たび重なるスカベンジャーズの執拗な襲来と、目の前の子供達の成長と悪戯が、再びそれに着手することを許してくれない。やっと一息つけるときには、自らの来し方を思う。
惑星間連盟からの使者が、サルガッソーのような宙域を漂う酔猿を発見し接触してくる。老艦の戦績を顕揚し、歴史に残すという。
いよいよ来たか、と老艦の頭脳は思う。
子供達は、惑星間連盟の戦争を設計管理遂行している各国の、さらに上層部にいる者たちが、自らの生存延命のために利用する目的で遺伝子から培養されていた命だった。
酔猿は、最後の能力を使い、子供達を冷凍睡眠にし、その宇宙船に外宇宙への旅に足るだろう推力を与え。彼方へと放り出す。
もうほとんど機能する武器もなく、衰えつつある知能で「100年前の人間が私を見たら、技術的特異点(シンギュラリティ)などと言ったかもしれないな」と、連盟からの使者を待ちながら 老艦は思う。
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内容に関するアピール
いまから100年前の7月、元は僧侶だった三島海雲によってカルピスが発売されたそうです。その頃の人たちが、今の我々の世界をどれほど現実味を持って想像し得たでしょうか。
自分がそこにいたら、まさかコンピューターが生活の隅々にまで行き渡り、もうすぐ宇宙旅行が実現されようとしているなんて、楽しい読み物の中でしか実現されない絵空事と感じていたんじゃないかと思います。
となると、いまから100年後、一体世界どうなってるかなんて、僕にはまともに想像できる気もしません。
でも、カルピスの乳酸菌は今でも僕らの生活を守ってくれているし、あの頃あった戦争やテロは今もなお、なくなる気配すらありません。
とんでもなく高度なテクノロジーの中で、今でも1000年前でも同じようなことを、人間は続けているんじゃないか、そう思い、こんな(ありえない?)物語を考えました。
文字数:373