梗 概
慰安旅行
職場の慰安旅行で、男がリゾートを訪れる。プールサイドで年上の美しい女と知り合い、互いのことを話し始める。
男はエクスプロラトリ・データ・アナリストである。機械学習に投入する前のデータを、直感的・経験的知識を使って前処理することで、よりよい人工知能モデルを構築できる。
女は二流のファッションモデルで、最近は仕事が減っている。観賞用に飼われることもあった。普通に生活をしているのを、鑑賞されるだけだという。けれど飽きられて、今は事務所に戻ってきている。
夜になり、女の部屋に移動する。壁には前衛的な絵画が飾られていて、女が解説をする。まだジャンルが定まっていない絵が好きだ、と女が話し、男の爪に絵画を真似たネイルアートを施す。
ベッドの中で、女は年老いた叔母から伝え聞いた、猫のブリーディングの話をする。遺伝子操作ではなく交配により子猫を産ませること、人気の種は時代とともに移り変わること、年老いた需要のない猫は、慈悲をもって安楽死させられたこと。
男は、代々伝わっている養蜂について話す。ミツバチをビニールハウスに入れることで、いちごの花の受粉が効率よくできる。人間でも作業できるけれど、ミツバチを使うほうが効率がよい。
ふたりは薄々気づいていたが、自分たちが猫やミツバチのように、制御された環境で生かされていることを確信する。
夜が更けて、意識が朦朧としてくる。女は諦めて、心地よく眠ろうとしている。男は意識を取り戻そうとするが、強い眠気に勝てない。
部屋に緊急アラームが鳴り響き、建物が大きく揺れる。ロボットが入ってきて、男だけを部屋の外に搬出する。途中で注射を打たれ、ゆっくりと覚醒する。
男は仕事場に戻され、大規模な地震が発生し、複数の大都市が機能不全に陥っていることを聞かされる。人工知能が災害分析と復興計画を始めている。その過程で、データを前処理する仕事が大量に発生していた。男はアナリストとしての仕事に明け暮れる。
人差し指に爪に描かれた模様が気になって、仕事の合間に絵画の歴史を調べ、批評の勉強を始めた。帰宅後に絵画の分析を試みることもあった。
やがて復興計画はほぼ完了する。同僚たちの多くが、暇になったこの時期に、慰安旅行でリゾートへ行った。そして戻ってこなかった。
男は、都市計画の仕事に加えて、絵画や音楽などの、文化・芸術分野の仕事が入ってくるようになった。ジャンルが確定しない作品を分析し、新しいジャンルを予測したり、あるいは誘導するために、データを前処理する。
女には連絡が取れない。しかし仕事で使うデータベースにアクセスすると、モデルが確かに存在したことが分かる。愛玩動物としての需要がなくなり、新しい芸を身に着けられなかった彼女が、慈悲をもって安楽死させられたことを確信し、男は悲しむ。
文字数:1156
内容に関するアピール
地上の支配者(的ポジション)である人間が、猫やミツバチと共存しているように、100年後の支配者である人工知能が人間と共存する世界を描きました。その未来において人間が幸せかどうかは、現在の世界で他の生物が幸せかどうか、と相似の関係があると考えています。
養蜂所のミツバチは人間に利用されていますが、利用価値があるが故に、種が存続しています。現代社会では、猫は愛玩動物の立場を獲得することで、種が存続しています。我々人間は、そのような関係がおよそ健全であると考え、発達・維持させてきました。寄り道をしつつも。
人工知能が世界を支配したとき、人間にとってのベストシナリオは、人間の倫理感と矛盾しない共存関係であると仮定しました。ときに強引な介入があるかも知れません。しかし猫やミツバチが適応進化しながらも、猫やミツバチであり続けるように、人間も人間の営みを続けることでしょう。そんな世界を描きました。
文字数:395