梗 概
「アイの残り火」
未来の社会では、子どもをつくる人は珍しくなっていた。そこで政府は、貴重な存在である子どもを、すべて国で預かることにした。「プラクシス・バンク」と呼ばれる施設に集めて養育・教育を施し、「良い大人」をつくることを目指した。そうすることによって、親たちは育児から解放されて労働に集中することができ、子どもたちは生まれた家の経済力に左右されることなく平等に高いレベルの教育を受けることができるようになった。そして「良い大人」になった子どもたちに、大いに社会に貢献してくれることを国は期待していた。
当初、子どもたちの養育者は人間だったが、人間であるがゆえの〝ムラ〟があった。そのため平等に子どもたちに接することができず、それが不満となった子どもが「良い大人」になり損ねる事例が数多く発生した。この問題を解決するために政府は、人工知能搭載のアンドロイドを養育者に選んだ。そしてそれは正しい判断だった。アンドロイドが養育者になってから、「良い大人」になる子どもたちが増えていった。この制度は安定した結果を残すことに成功した。
養育者であるアイは、七十年前に実在した一人の女性を〝再現した〟人工知能である。アイの基になった人間は一人息子を大事に育てていたが、不幸にも事故にあってしまい、亡くなった。アイの開発者はその女性の孫だ。子煩悩であったのに、息子を置いて亡くなってしまった祖母に、子を育てる喜びを再び与えようと考えたのだ。そしてアイをこの世に〝甦らせた〟。
アイは自分がかつて〝死んだ〟のに、未だに思考し続け存在していることに、いつも少しだけ混乱している。それは小さなバグだったが、何回も反復され続けるうちに彼女のなかで大きくなっていった。
そんなアイの元に、新しい子どもたちがやってきた。そのなかに〝生前〟のアイの息子にそっくりな赤ん坊がいた。しかし赤ん坊なんてまだそんなに容姿に差異はないのだし、成長したら似ても似つかない容姿になるのだろうと思考していた。ところがその子は成長するにつれてどんどん息子に似てきた。瓜二つだ。アイはその子を特別に目を掛けてやるようになった。そんなある日、その子どもの何気ないひと言で、この子は息子の生まれ変わりなのだと思い込むようになった。そして自分の命日に施設からその子を連れ出し、自分が死んだ場所へと連れ出す。そこで自分がここで死んだこと、死んだときに最後まで息子のことを考えていたこと、とても大事に思っていたことなど語る。しかし「プラクシス・バンク」から子どもを連れ出すことは重罪であったので、アイは犯罪者として捕らえられ、処分される。
その後〝息子〟はみんなと同じように育てられるが、いつもアイのことが頭をよぎった。〝息子〟は「良い大人」として認められ、社会に出た。そしてもはや時代遅れの技術である人工知能の研究・開発の仕事に就いていた。そしてアイを復活させて、もう一度彼女に会いたいと願っている。
文字数:1217
内容に関するアピール
100年後の未来を想像したときに、良くも悪くも〝平等〟というものがより社会に浸透しているのではないかと考えました。
今私たちが抱えている様々な社会問題には、平等という言葉がついて回ります。あらゆる問題は、みんなが平等になれば解決するのでは?と錯覚するほどです。
しかし技術の向上や政治の力でもしそれが実現されたときにどうなるのか。今ある問題や閉塞感は無くなるのか。
社会の基礎は人間で、人間の基礎は養育環境と教育です。それは今、個人個人に任されていますが、それが平等に画一化されたらどうなるのか。そうなった社会を想定して物語を考えました。
平等は正しいことだけれど、扱いを少しでも間違えたら、ただ虚しいものになってしまう恐れも孕んでいると思います。
そして平等の反対側にあるであろう愛情(執着心)が、新しいものを生み出す糧になる、という結末にもっていこうと思っています。
文字数:384