梗 概
望みは虚構
世界中が監視装置に覆われた未来で
半ば公然の秘密として世界中の人間のカタログがつくられている。
監視官「一合」の前に、どこのカタログにも載っていない
謎の人物=カレが監視カメラに現れることが報告される。
その人物の出身地、目的、行動パターンは
まったく判然としないが調査は早急に進められることになった。
初期調査の結果、その人物、監視中央室との距離が刻々と縮まりながら、観察されることがわかった。その人物を監視し、実際にその目で見たいと思った「一合」は、その人物が次に観察されるであろう予測ポイントへと向かった。
実際、あらゆる監視システムをかいくぐり、その謎の人物は消えてしまった。その目ではっきりとその人物を見た一合にも、まるで幻のように思えてしまって不思議な気持ちだった。
引き続き、調査を進めていく監視官たちだが、どうしてカタログに掲載されていないのか、なぜ注目に値しなかったのかと、改めて訝しがる。システム側のほうでノーティスを報告していなかったことが判明する。その矛盾が監視官たちをますます悩ませた。
ふと、一合は考えた。存在していながら、存在していない人間はいるのだろうかと。全人類は、見られ、分類され、カタログに載せられる。そこの抜け穴とはなんだろうか、と。ますます幻のように消えた彼を思い出し、存在していない=認識していない、という考えがトゲのように突き刺さったままだった。
そう、カレはすでに認識されていたのだ、どこにも行きようのない場所にしっかりと釘付けにされていて。その場所は墓穴か、刑務所に決まっている。一合はシステム稼働日直前で収監された人物を洗い出し始める。そこに一人の人間がいた。顔はまさにカレ、名前はフィッシャー。カタログの原案を考案した立役者だったが、突然その監視システムを大衆に暴露して政治犯として収監されていたのだ。その存在はしっかりと囚人データとして認識されながら、絶対に存在しない場所で観察されるため、カタログに掲載されていなかったのだ。
カタログ暴露後の社会はその実現阻止に動いたが、結局システムとして半ば皆に認識されながら、無視されることで成立していた。明日はフィッシャーの釈放日だった。奇しくもコンピューターが、監視中央室にその観測上の存在しないはずのカレが現れるはずの予想日であった。
一合は、フィッシャーが収監されている刑務所へ、ほかの監視員たちは中央室で待機ということになった。朝日が差し込む正門から人が抜け出してきた。一合は歩み寄ると問いかけた。あなたは正真正銘の人間ですよね、と。しかし、そこにいたのは刑務官で、フィッシャーはすでに亡くなっていた。遺品を整理していると、封筒があった。「君は見ているよ」と。その頃、監視中央室はもぬけの殻となっていた。システムは停止し、フィッシャーだけが載っていないカタログだけが存在していた。
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内容に関するアピール
バンバンと景気よく政治批判の写真がインターネット上に流れてきますけど、規制のためその写真を見れない人もいます。あるいは、都合の良い情報にすりかえられて、そちらを信じる人もいるでしょう。監視社会になってきて、情報を誰かが独占している気がする。そんな人間に操られている気もしますよね?でも、この梗概の舞台では、ただカタログが存在して、人の来歴や過去を集めているだけです、誰も利用しようとはしていません。支配も、規範もない。フィッシャーはそんな未来に失望していたのかもしれません。勝手な思い入れですが、執念は執念ですから、お化けとなってさ迷っていたのかもしれません。あるいはただ偶然でも自分のところにたどり着いた人間に支配されたかったのかもしれません。尻尾を捕まれてみたい人間って以外と多いものですから。秘密を共有するとお互い親密になるものですしね。彼が欲しかったのは、そんな物だったのかもしれません。
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