梗 概
オドラデク
十七歳の夏、足立令輔は大型自動車にはね飛ばされ、次に目覚めたときには八十年余りが経過していた。ぐちゃぐちゃだったはずの両腕両脚はまっすぐ伸びていて、つやつやと光沢を帯びていた。それは機械の身体だった。
六十五年前(事故から十五年後)に脳のスキャン技術が確立し、人間の精神のデータ化が可能になった。一方で、当時の義体は機能性やコスト等の問題が山積みだった。手術後もなお病室で眠り続けていた令輔はひとまずデータ化され、今度は記憶媒体の中で眠り続けることになった。そして現在、ようやく新しい身体のアテがついたというわけだ。
そのような経緯を令輔に教えてくれたのが、星野はゆくという青年だった。はゆくの祖父は、令輔が通っていたジャズダンス教室の先生で、令輔にとって憧れの存在だった。「もう一度これを踊ってほしいんだ」とはゆくは古い動画を見せる。高解像化された動画には、楽しげに踊る先生と令輔の姿が鮮明に映っていた。令輔ははゆくに先生の面影を見出す。かくして令輔のリハビリを兼ねたダンスレッスンが始まった。
リハビリは順調に進むが、それがかえって令輔を戸惑わせた。機械の身体なのに違和感なく踊れる、むしろ昔より上手くなっている。記憶以上に高く跳べる脚。回転の安定性。可動域の広さ。本当に自分の力で踊っているのか令輔は分からなくなる。
練習場で出会う人々にも驚かされる。芸術的理想のために腕を増やし尾を生やす者。競技ルールに則り、振り付けをプログラミングして完全自動化する者。サイボーグ化が当たり前の現代では、ダンスのありかたも八十年前とは異なっていた。自分が何のために踊るのか分からなくなる令輔だったが、はゆくの励ましもあって「自分の力かなんてどうでもいい。ただ、自己表現したいだけなんだ」と思い直し、また練習に打ち込むようになる。
ところが発表会の前日、「現在の令輔はデータ化された令輔そのものではない」ことが判明する。六十五年前のスキャンデータはあまりにも粗く、高性能義体の要求には見合わなかった。そのため、有象無象の人間のデータを基に一種の超解像技術を適用した結果が現在の令輔だったのだ。
自分というものが信じられなくなった令輔は、自暴自棄になって車道に飛び出そうとする。すんでのところではゆくがその腕を掴む。「お前は間違いなく足立令輔だよ。億万回動画見たおれが言うんだから信じろ」ダンスに特化した高性能義体を令輔に選んだのは、他ならぬはゆくだった。
そのとき何かが閃き、令輔は衝動のままに路上で踊り出す。最初は見蕩れていたはゆくも、真似して踊りはじめる。初めて踊るそのダンスは、かつて病室で眠る令輔に先生が語りかけたものだった。他愛もない、誰にでも踊れる簡単な振り付けだ。しかし、そのダンスによってはゆくとコミュニケーションできていることが、令輔には不思議と心地よいのだった。
文字数:1200
内容に関するアピール
もともとは、モノクロ写真の自動色付け技術から着想しました。
100年後もずっと残り続けるもののひとつにダンスがあると思います。ただ、踊る身体のほうは全然別物になっているかもしれません。未来は今よりも良い世界になっている……良い世界になっていろ! って思いますが、世界がどれだけ良い方向に進んでも、個人単位ではかえってつらい目に遭っている人が必ずいることでしょう。そういったままならない思いを抱えることになった主人公が、特にどでかい何かを成し遂げたり克服したりするわけではないんですけど、ちょっとだけ救われる話です。
実作では、ジャズダンスの身体的な描写や、技術の進歩によるダンスのありかたの変化、令輔・はゆくの切実な感情などを面白く書けたらいいなと思います。
文字数:327