梗 概
ある余生のそばに
伯母がくらげ療法措置に入るという。生命維持ポッドにクラゲと一緒に入る療法といえば聞こえはいいが、人間を痛みなく眠らせておくだけのものだ。クラゲが接触する刺激が人間を安定させるらしい。生命維持に関わる活動ができない人が対象だが、最近本人の希望でも措置可能となり、伯母は望んだ。まだ67歳で病気はなく生活に不自由はないのにだ。
この療法に違和感を持っていた私は、母に「若い頃は反対しそうな人だったのにね。様子を見てきて。私だと意地を張るから」と背中を押され、療法施設内の仮滞在室に移った伯母を訪ねた。
部屋には本人が入ることになる医療ポッドがあり、すでにクラゲが入っていた。ポッドの置いてある真っ暗な部屋への扉を開け、こちらの部屋の明かりがポッドにあたると1cmにも満たないクラゲ達が花びらのように舞い上がる。
「段々光に反応するようになってかわいいんだから」
クラゲに餌をやりながら伯母が笑う。伯母の笑顔を見るのは数十年ぶりでそれが最後だった。
医療ポッドが並ぶだけの淋しい施設を共に見学しながらなぜと問えば、死んだ後は海に撒いて欲しいと思ってた。生前からそれっぽくていいでしょなどと言う。
言葉が出なかった。伯母は続ける。ただ夢を見て暮らすのは悪いこと?
私は中止させようと手を尽くしたが、伯母は療法に入ってしまった。罪悪感で落ち込むなか、伯母の後見人に指名された私の元には定期的に健康状態のデータが届く。「いい夢を見ていますよ」と慰めのように担当医は言葉を添える。クラゲに優しくさすられて楽しい夢を見て、それは幸せなのだろうか。
七年が過ぎた頃、伯母危篤の連絡が入った。措置前の伯母の希望通りポッド内で老衰するか、医療機関に入院させるか決めなければならない。
施設を訪ねると伯母のポッドは他と切り離されて単独で置いてあった。眠る伯母の上に、小柄で半透明な伯母が横たわっていた。それは伯母の姿を模したクラゲだった。施設に説明を求めたが、データ上は正常だったためモニタリングはしていなく、なぜクラゲがこうなったかわからないと言う。
相談の上、伯母の希望通りにすることにした。クラゲもそのままだ。クラゲに餌をやるために、仕事をリモートに切り替えた。
できることは何もなかったのかと七年考え続けたことを反芻しながら毎日世話をする。クラゲは次第に餌やりの時の光に反応するようになった。ゆらと揺れ体を起こす程度だが嬉しくなってしまう。
危篤を聞いた伯母の知人と母が訪ねてくる。知らない伯母の姿を語られ罪悪感を持つのは厚かましいのかとも思う。どうなんだよ、とポッドに触れると想定より揺れた。クラゲが頭をもたげる。焦点の定まらない目のようなものは口柄がそう見えるだけと専門家は言っていたが、その目がこちらを向く。口柄の周囲に皺がより目を細め微笑んだように見えた。思わずホッとしてしまった私は、己の単純さをただ笑う。
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内容に関するアピール
[伯母]
男女雇用機会均等法の施行から数年で大学を出て就職し結婚はしなかった。
管理職を務め、定年直前こそは閑職にいたが辞める際にはかつての部下たちに送別会をしてもらい、それなりに人徳もあった。金に困ってはいない。
真面目な人で社会における自分の意味などを考えての行動ではあった。
[私]
伯母の妹の息子。
当時としては先進的な伯母を妹である母は苦手としていたが、見たこともないものをお土産としてくれ、色々なことに詳しく、色気はないが目鼻立ちの整った伯母を小さい頃の私は結構好きだった。大人になってからはあまり会ってはいない。
[クラゲ]
若返ることもあるベニクラゲと群体のカツオノエボシをモデルにした架空のクラゲ。毒はない。
光を遮断し、抗生物質の入った溶液内での安定した育成と敵はいない環境(なのだ)の中、仲間ではない生き物である伯母に影響を受け、突然変異を起こして群体となった。
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