なぜ私は会社を愛するようになったか

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梗 概

なぜ私は会社を愛するようになったか

 201X年。連続起業家の僕クニオは、新しい会社を作ろうとしていた。
 起業のパートナーは決まっている。長年お世話になっている50代のサブさんだ(既に売上数十億円規模の会社を経営中)。
 
 サブさんとどういう会社を作るべきか、居酒屋で議論する。「クニオちゃんは本当に頭いいね」と普段からサブさんは褒めてくれる。サブさんは業界の大物と多数繋がっている。僕は会社の哲学と事業プランを練る。
 会社というものは会社員をペットのように扱うものだと常々思っていて、会社員でいてはダメだと起業した経緯のある僕は、「会社員は会社のペットだ」という自論を展開する。
 それを聞いて、サブさんは「ペットビジネスが良いのではないか」と言い出した。彼が関わっている社団法人で、保護犬や保護猫を啓蒙する運動をしているらしい。
 サステナビリティやSDGsが流行り始めた世の中だ。ただ、ペットビジネスをそのままやるのも芸がない。そこで僕は企業でハラスメントに遭ったり、メンタルを病んだ社員達を「保護社員」認定して、里親となる新たな会社を探すというアイデアを提案した。
 
 サブさんの賛同を得て、僕達は「保護社員募集サイト」という事業を始める。
  例えば、ミスズさん(東京都、38歳女性)。大手メーカーの広報担当。上司から「仕事の効率が悪い! SDGsじゃない! グレタさんを見習え!」と日々叱責され、パニック障害に。「鬼滅の刃」を見るのが生き甲斐だ。「鬼滅」には人間の業の全てが描かれていると、力無く語る姿が印象的である。僕が好きな、「エミリー、パリへ行く」などのお仕事系ドラマは苦手。自らの現状を思い出してしまい、悲しくなるから。
 僕らのサービスのおかげで、彼女は新しい会社で働くようになった。
「毎日働くのが楽しくて楽しくて! 緑の多いオフィスは居心地がいいし、朝から夜まで可愛がってもらって、本当に充実してるんです! キャンキャン!」
 こうした事例が積み重なり、僕達の会社は急成長した。官公庁と「保護社員コンソーシアム」を設立。僕はメディアにも多数出演するようになる。
 しかし、釈然としない。「会社員をペット扱いする」ことは僕が嫌だったことではないのか。
 そんな折、コロナ禍が発生する。「働き方改革」が進む中、僕達のプレゼンスは一層増す
 202X年、僕とサブさんは政府の「会社と社員の新たな関係性」研究会に有識者として呼ばれた。会では、「保護社員」の先進事例として、ミスズが意気揚々と自らの体験を語ってくれた。
 
「毎日、オンライン会議が楽しくてたまらないんです。家に会社がやって来たみたいで! 癒されるし、可愛いんです。スタバまで会社と散歩してもいいですし。スタバで会議もできますからね。そう、朝から夜までみっちりオンライン会議が詰まっていますよ!」
 
 僕とサブさんは席上で顔を見合わせた。
 そうだ、会社はペットであるべきなんだ。

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内容に関するアピール

 東京都のこのデータを活用し、「そもそも人間にとってペットとは何なのか」を考えました。私は元々、ペットという存在を認めていませんでした。「ペットという存在を許す精神が人間として劣っているんだよ」。「ペットを可愛がるということは、思考の崇高さがないということ」(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の「第三世代」にも同様のセリフがありましたね)。このような言葉が私の口癖でした。

 つまり、「ペット」を創作の題材とするということは、世の中の劣った状態を、そのまま受け取るという怠惰な行為だとは言えないでしょうか? まあ、私も兎や猫を飼っていましたが……ただ、猫に対し、彼の怠惰を許すことはしませんでした。

 それはさておき、世の中の状態を是とすることは想像力と矛盾しないと思います。そして、私は常に、創作行為とは「状態」に過ぎないのだ、と考えているのです。

 ファスビンダーの映画に流れる考え方として「愛は常に奴隷状態を生む」というものがあります。夏にリバイバル上映をしていた「ペトラ・フォン・カントの涙」を観れば、それは顕著です。そして、ペットという存在もある種、こうした主従関係を、必然的に孕んでしまうものだと思います。

 このような考えを念頭に置きながら、今回のストーリーを設計しました。

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課題提出者一覧