私が泳げないのはこの水が悪い

印刷

梗 概

私が泳げないのはこの水が悪い

BMIが25を超えたのを放置していると、高血圧、高血糖、高中性脂肪の中年三高に見舞われ、終いには心臓まで痛み始める始末。医者からも「いい加減運動をしろ」と言われるほどなので、意を決してランニングするが二日目にして膝が壊れかけ、プールで泳いでみると元水泳部なのに平泳ぎすらまともに泳げなくなっていることに気づきいよいよ絶望が極まる。

せめてもう一度泳げるようになれないものかと鬱々と過ごしていると、ある日家のポストに一枚のチラシが入っていた。「あなたが泳げないのは水が悪いからだ。ここに来ればカナヅチだろうと泳げる!」と、非常に気になりそのジムへと向かった。インストラクターの他に怪しいスーツの男がいた。彼から渡された名刺には「新未来創研 営業課 新野浪太にいのろうた」と書かれている。
 実はこの日は新野の研究所と取引しているジムのオープン日と言うことで、技術的なデモも兼ねたプレゼンの為にやってきたというのだ。実際にプールを見ると私より不健康そうなオッサンがプロのアスリート並みに泳いでいるのをみて俄然興味を引かれた。そこでお試し3ヶ月のコースに申し込もうとするが、月額が4万円もする。値段について新野にクレームを言うと、高コストの新技術を使っているので仕方ないと返される。「具体的にどう凄いのだ?」というと、ある水槽を示された。

それは何の変哲もない水槽だが底にカナヅチが沈んでいる。泳げない奴の象徴。しかし、新野が水槽のポンプのスイッチを入れた途端変化が起こった。カナヅチが浮き上がり泳ぎ始めた。話を聞くと、泳いでいるように見えるが実際は水の動きでそう見えている、と。
 これは彼らが電極性クラスター変動水、通称ECHHOエコーと読んでいるものでこの技術のキモは、今まではファンやモーターなどでしか調整できなかった水の動きを、水そのもの、、、、、に働きかけて制御できるようにしたというものだ。これを使うと、カナヅチだろうと生きた魚と見紛うような動きだってさせることができる、と。

新野から「ジムとは別に、研究所のデモ企画としてこの水槽ごと2週間レンタルをやっている」という話を聞き水槽をカナヅチごと借り受けることにした。人生初のペットのようなものがカナヅチであることに複雑な気持ちを抱きつつ世話をすることにした。
 当初は感情移入どころかシュールすぎて水槽の方すら見るのも辛かったが、3日も過ぎると元気に泳ぎ回っている(ように見える)カナヅチを自然と受け入れていた。私にとって泳ぐものは友達である。一週間もすると完全に生活に馴染んでいて、二週間の刻限の間際となるとこれが生き物以外の何物でも無いと思うようになっていた。そのタイミングで新野から電話がかかってきて、「慣れたでしょう?」と。ジムに入会するならその間は水槽を無料で貸し出しにするがどうする? と聞かれ入会を決意する。

確かにこのECHHOの効果は凄まじく、水泳部時代よりも寧ろ軽快に泳げたが、ふと冷静になって気づいた。医者から言われたのは「泳ぎを極めろ」では無い。体脂肪を落としたいのだ、と言うことを新野に言うと「だったら最初にそう言ってください。実は弊社にはこういう製品もありまして」

文字数:1328

内容に関するアピール

かつてのロボット犬がブームだったとき、結局電気とプログラムがあれば、鉄だろうと犬の形をしていればペットとして扱われることが分かったので、水がカナヅチを魚のように動かせば結局魚として扱われるのではないかと。

文字数:102

課題提出者一覧