ティムツー

印刷

梗 概

ティムツー

 物置の隅にある小さな引き戸を潜り抜けたら、僕のための小さな隠れ家がある。両の腕を伸ばせば壁に手がつくような部屋の中央には、白く濁ったメカがあった。
 ひい爺ちゃんの爺ちゃんが遺したらしく、じいちゃんの部屋で埃を被っていたからかっぱらってきたのだ。
 ポケットから取り出したハンカチでメカを拭いて蓋を開ければ、灰色の雲がもくもくと飛び出してきて顔に纏わりついて、髪が少しくしゃっとなる。
今日は少しご機嫌ななめのようだった。
 このメカは蓋を開けると天気を模すのだと、ヒゲに霜を張り付かせながらじいちゃんは僕に教えてくれた。
 春の霞んだ空。夏の夕立。晩秋の木枯らし。そして冬の猛吹雪。
 蓋を閉めてまた開ければ天候がコロコロ変わる様に、僕はあっという間に夢中になった。
 飽きることなく眺め続けて、一つ思うようになったことがある。
 じいちゃんはこいつをただのメカというけれど、僕はどうにもこいつが意思を持っているようにみえるのだ。
 僕が泣いている時は、励ますように雲一つない晴れとなった。怒りに震えている時はまるで窘めるかのように、霧雨を浴びせてきた。
 偶然といえばそれまでだけど、そう思えばよりこのメカに愛着が湧いた。
 僕はこのメカにティムツーと名付けた。
 小さい頃にティムという犬が死んでしまった。その形見である爪のカケラを肌身離さず持っていたのだけれど、メカをもらってきて少し経った頃、メカに落としてしまった。なんとか取れないかと奮闘したけれど、メカの奥底に潜り込んでしまったようで、どうやっても回収できなかった。
 ひどく気落ちしたけど、このメカに意思があるのではと思うようになってからは、まるで落としたカケラからティムの魂が生まれ変わったのではと夢見るようになった。メルヘンな考えだけれどそうであってほしいと願って、僕はティムツーと呼ぶのだ。
 さて、そんなティムツーがご機嫌斜めのようだから、ボディーを綺麗にしてやろうと一度蓋を閉める。鼻唄混じりに硬いタオルで拭いた後に柔らかな布で磨きをかけてやる。
 白くボケたボディーは変わらずそのままだが、心なしかツヤが出たように見えた。
 だから、雲一つない快晴を拝んでやろうもう一度開けて何も天気が出てこないなど思いもしなかったのだ。
 変だなともう一度開け直す。けれど何も出てこない。奥を覗き込めば、複数に重なり合った金属板が底にあるだけだ。
 もう一回やってみる。やっぱ何も出てこない。
 ここでようやくおかしいと気がついた。
 慌ててじいちゃんに相談に行けば、壊れたのだろうとあっさり言われてしまった。
 ティムツーが長い長い生を終えた、と信じたくなくてひっくり返したり小突いてみたりしたけれど反応がない。
 死んだのだ。
 縋るようにティムツーの足を掴む。
 ひんやりした冷たさとボタンのようなでこぼこした触感が指先に伝わった。
 不審に思って顔を近づければ、確かにスイッチがある。ティムツーの電源ボタンであろうか。
 途端に脳内に電流が走る。ティムツーはティムとは違ってメカだ。メカなら直せるかもしれない。
 そう思うが早いか、僕は部屋から抜け出す。
 この家に残っているかもしれない設計書を見つけ出すのだ。
 僕はもう一度じいちゃんの部屋へ走り出した

文字数:1336

課題提出者一覧