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梗 概

飼っていたクマノミ(海水魚)が死んだ。乃愛は淋しさのあまり涙を流しながら、庭に埋葬した。部屋には水槽だけが残った。処分しようと思った瞬間、水が何かを問い掛けてくるような気がした。乃愛は水にクマノミの残留思念が残っているのだと思い、捨てるのをやめた。それからというもの、水槽に残った水は乃愛のかけがえのないペットとなり、家族となった。水につけた名前はキャシー。時々、水を瓶に移し替えては散歩に連れて行った。水を可愛がれば可愛がるほど、乃愛のなかからクマノミの記憶はなくなり、水そのものを愛するようになっていった。あちこちで乃愛が水を持ち歩き、水に向かって話しかけているのを目撃した人々は、彼女を異常者扱いするようになる。両親は心配し、乃愛を精神科に連れて行き、様々な心理テストを受けさせたが、何ら異常はなかった。或る晩、乃愛が眠りにつこうとしたときのこと。キャシーが入った水槽に耳を傾けていると、頭のなかに声が響いてきた。「乃愛、わたしを飲んで」「いやよ。そんなことしたらわたしたちの関係が崩れてしまうじゃない」「乃愛がわたしを飲んでくれたら永遠に一緒になれるわ。お願いだから飲んで」こんなやりとりが毎晩続いた。或る日、天気予報で快晴と聞いていたので、キャシーを入れた瓶の蓋を閉めずに、乃愛は海辺で日光浴をしていた。ここ数日寝不足だった乃愛はつい眠ってしまう。ポツリ、と雨水が乃愛の額に落ちた。次の瞬間、バケツをひっくり返したような雨が降ってくる。咄嗟に起き上がった乃愛はキャシーの入った瓶に目をやる。倒れている瓶口からはキャシーが海に向かって流れてゆく。「キャシー! キャシー!」乃愛は悲鳴にも近い声で叫ぶ。しかし何の返答もなく、キャシーは雨水と海水のなかに溶けていった。乃愛は泣きながら海にもぐりキャシーを探し出す。そして思い出す。キャシーを飲んでしまえば、永遠に一緒になれるというあの言葉を。乃愛は塩辛い海水をごくごくと飲んでゆく。海水のなかにキャシーが生きていると信じながら。呼吸が苦しくなり、いよいよ命が尽きると思われたそのとき目の前に天使が現れる。薄れゆく意識のなかで乃愛は天使に名前を訊く。すると「現世では其方にキャシーと名づけられた」と返ってきた。乃愛は恍惚の笑みを浮かべ、天使に抱かれながら空に昇っていった。永遠の契りを交わしながら。

文字数:975

内容に関するアピール

寂しがり屋な少女にまつわる物語。幻想小説的な文体で書きます。(もう実作は書き始めている)水そのものをペットにすることで、すべての生命の源である故郷を連想させるのが本作の目的。キャシーという名は映画ミザリーに出てくるキャシー・ベイツから取りました。ペットを飼ったことがある人なら分かると思いますが、ペットは家族であり、息子、娘のような存在になり得ます。だからこそ別れは辛いのですが、本作はそのペットと永遠に一緒になるというハッピーエンドで読む人の気持ちを和ませるでしょう。

文字数:235

課題提出者一覧