Space Selfy.

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梗 概

Space Selfy.

──脳に『別の自分』の記憶が入ってくるのは、夢だと自覚している夢を見ている時の感覚に近い。

 近い未来。宇宙飛行士になる夢に破れた谷田部テラは民間の航空宇宙産業メーカーに就職し、惑星探査機のISCS(Inter-Stella Control System)操縦者となった。
 ISCSとは、惑星探査機を他星へ着陸させ、人工衛星による惑星間データ通信で探査機を地球から操作する先端技術である。ただし、データ通信速度には限界が存在するため、完全にシームレスな操作は未だ実現していない。そのため、探査機には自動操縦用のAIを搭載しており、その惑星の探査にふさわしい行動をとるようプログラミングされている。探査機は1日に2回地球へ向けてデータ送信を行い、地球にいる操縦者はそれを受信、記録し、次なる探査指示を入力して送信し返すのである。また、探査機の電子回路の不具合が出ないよう管理するのも、ISCS操縦者の業務であった。

 宇宙飛行士のように自ら宇宙に行くことは叶わなかったものの、探査機が日々送信してくる惑星探査データのおかげで、テラはそれなりに日々を楽しんでいた。しかしそんな時、担当している探査機の電子回路に自我の芽のようなものが生じていることに気づく。AIは宇宙への夢を捨てきれないテラに管理されるなかで、宇宙を美しいと認識するようになったようだ。データを確認している間、あたかも『別の自分』が探査惑星を見て、聞いて、歩いているかのような錯覚に陥るテラ。
 通常はそれを不具合として探査指示と共に修正フィードバックを送信するはずなのだが、テラは探査機の送ってくるデータがあまりにも情感的で美しいので、修正フィードバックを送信できない。日々育っていく電子回路内の自我。正常に戻さなければならない、それでも後もう少しだけ、この美しい夢を見ていたい。テラは葛藤する。
 しかし、その苦悩にも終わりはやってくる。自我が育った探査機の身の上に待っていたのは、他星の過酷な環境で日々四肢を取り換えながら続く重労働と、単機で探査を続けなければならない半永久的な孤独だった。その苦しみの信号を受信した時、テラは己の欲を優先して探査機を整備しなかったことを自省する。
 テラはようやく、探査機を正常に戻すためのフィードバックを送信するのだった。

 以降、探査機の送信してくるデータは通常通りの報告に戻った。しかしテラはそのなかである決断をする。メーカーを退職したテラは、もう一度宇宙飛行士を目指すことにした。
 『別の自分』の夢を借りるのではなく、自分の目で、足で、宇宙を行くために。

文字数:1074

内容に関するアピール

直接赴く宇宙旅行ではなく、ドローンや無人戦闘機で先進国に居ながら戦地に赴くような、遠隔的宇宙旅行体験を書いてみたいと思い構想したものです。
無人戦闘機のパイロットは日常生活と戦争を行ったり来たりするので命の奪い合いにリアリティを感じられず、ギャップに耐えられなくなる方もいるといいます。
惑星探査をしている自分と、地球でサラリーマンをしている自分のギャップを感じ、一時は探査機の見せる夢に魅せられながらも、最後はそのギャップを埋めに旅立つ若者の苦悩や変化を描きたいです。

文字数:233

課題提出者一覧