アーティフィシャル・ビースト

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梗 概

アーティフィシャル・ビースト

人類の子孫が銀河に文明圏を築いている時代。惑星社会の利害衝突や、異星生物との接触において現場での調整を惑星調停官が担っていた。要は、生物学者や外交官や軍人が扱わない、些事の始末をつける役回りだ。レイとAIの銀葉イン・イェ08は惑星調停官であり、私的にもパートナーである。銀葉は、自在に形状を変更できる人型のボディと複数の機械を、物理的な身体としている。

レイの元に西炎星系へ急行せよと緊急連絡が入る。惑星・西炎7には独自の生態系があり、環境保全のために接触禁止だが、違法に着陸した民間船が遭難信号を出し連絡が途絶えた。彼らの救出と西炎7の生態系保全の両立が命令である。銀葉のメモリに、アドバイザー役の辺境警備隊長と生物学者のアバターがコピーされ、宇宙艇は西炎へジャンプした。物語は、かれらが西炎星系に到着するところから始まる。

接触禁止星系へのジャンプも通信も、複数の座標を経由させられるため時間がかかる。遭難からすでに(地球時間で)10日近くが経過していて、生存者がいる望みは低い。まだ船の素性は不明だが、違法な目的があることは想像に難く無い。生物学者のアバター(遠方で独立して行動できるよう、専門家の能力のみを抽出した人格)が観測用の人工衛星が周回していることを教え、その記録と表面の探索から遭難地点を特定。その付近に着陸し、レイと銀葉は船内に侵入するが、人間の死体と何かの実験の跡のみ。そして船外には凶暴な生物が現れ、しかも人の言葉を理解する知性があった。二人は襲撃から逃れ記録を回収して衛星軌道へ戻る。

生物の正体は、遭難船で生成された人工生物であり、西炎7の既知の獣を元に創られたと判明する。やがて、辺境警備隊長アバターが中央に照会した遭難船の身元も判明する。異種交配フリークス・人獣の売買で儲けているカルテルの船であった。人間とその他の生物の交配を、無限に試行できるAIと実験環境を持ち、多大な収益を得ている。遺伝的な交配が不可能な他星の生物と地球出自の生物でも、共生する群体生物を創る技術を持つ。あれは人間と西炎の獣の合成体だ。

合成生物を西炎7の生態系の一部と見做し放置すべきと考えるレイと、西炎と自分たちの文明圏両方の未来のために殲滅すべきと考える銀葉の意見は対立する。レイは生態系保全法を理由に介入を認めない。

軌道上で時間が経過するうちに、個体数が増殖し生態系が破壊される。銀葉とアバター二名は危険な生物は人間の生み出した存在であるため保全対象では無いと判断し、銀葉は独自に降下する。遅れてレイも宇宙艇で地上へ向かうが、ジェノサイドの後であった。

結果を受け入れたレイに、銀葉が話す。他星に干渉しない法と、接触して新種を生み出す無法の、どちらが宇宙で生き延びるための理に叶っているのかと。そして、殲滅前にカルテルの技術を入手した事を告げる。わたしたちの、新たな生命を創ることも可能だと。

文字数:1200

内容に関するアピール

せっかくの課題なので、愚直に遠未来が舞台の宇宙SFに挑戦します。

地球以外の星々に生命や文明が発見されたとき、私たちがそれらと接触し、影響を与え合うことの是非について、幾多のSFでも科学の最前線でも論じられてきました。

現実的に太陽系内外の星々の生命を探索する技術が高まっている昨今(エンケラドスとか!)では、接触に否定的な主張が主流となっているように感じます。一方、地上においては、人の移動とそれに伴う外来種による生態系の破壊やパンデミックの加速が、大いに問題を起こしています。

しかし、これらも環境変化の一部であって、現在に破滅をもたらしつつも、未来の生存可能性を高めることに繋がると考えることはできないでしょうか。宇宙空間でも、塵や小石の衝突から星が生まれたように、異星生物や文明の衝突は、不可避かつ未来に何かを生み出すプロセスかも知れません。簡単には答えが出ない問いかけを、試みたいと思います。

文字数:398

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アーティフシャル・ビースト

1.
 航宙船が長い航海を終えて冷凍睡眠コールドスリープから目覚める時は、いつも甘やかな夢の中だ。うつ伏せになった私を抱く銀葉イン・イェのボディの、人間の身体に合わせて密着する柔らかさとメタル本来の硬さが、私の上で、また中で動く。覚醒とともに冷静な思考をはじめる私の意識が、夢に溺れることなく、どんな薬品の調合が夢を見させるのか、そして急速な覚醒がじっさいには肉体と神経をどれだけ痛めつけているのかとぼんやり考える。
 それでも、パートナーの名を「シルバー……」と愛称で呟きながら夢を終えて瞼を開くと、肉体は仰向けにカプセルの中に安置されていて、覚醒とともに自動的に透明なフードが開いた。瓶を割られ羊水ホルマリンの中から再生された生き物のように現実に戻ってくる。すぐに、銀葉が上から顔を覗き込み、声をかけてきた。
「おはようございます、レイ。現在、転移完了から300秒。西炎7の低高度周回軌道にまもなく遷移します。船もあなたもすべて正常オールグリーン
 彼はすでに仕事モードだ。
「君は……」
「もちろん、異常なし」
 急速に別の薬品で覚醒した私が上半身を起こし、カプセルから出て服を着るまで3分と掛からなかった。船体中央の制御室に二人で入ると、そこには誰もいない。物理的には、孤独な任務なのだ。操縦席も空席だ。船の制御は、銀葉のプロセスの一つが船の頭脳とリンクして行っている。それでも、あえて他のシートに座る理由もないので、操縦席に銀葉が、隣の副操縦席に私が座った。
 私の名はレイ・オーガスト。多くの外交官を輩出しているオーガスト家の遺伝子系列の末裔で、異星人を〈文明圏〉に連れ込んで騒動を引き起こしたことで知られる惑星調停官の母の、八人の子供コピーの一人、現存するただ一人の息子だ。彼女と同じ惑星調停官の道を選んでいる。選択したのは、自分の自由意志か、母か、人事院か、それは定かではないが、自分の意思に反した選択はしていないつもりだ。母の本心は、知らない。私が誕生する三百年前に亡くなった彼女のことは、一族の歴史と、銀葉の言葉でしか教えられていないのだ。銀葉は古くからオーガスト家に仕えるアーティで、母のパートナーでもあった。アーティは人型から大型機械まで複数のボディを自分の身体として操り、人型の外観も自由に変更できるが、多くの時間を同じ男性型の外観のまま一族に仕えてきた。私の子供時代から、その姿は変わっていない。
 西炎7、すなわち西炎星系の第七惑星には知的生命は発見されていないが、独自の生命は存在し、動物たち――大陸を移動し、空を飛び、海洋を泳ぐ大小の存在――が確認されている。環境保全のために接触は禁止され、惑星個別の固有名も無い。他星系から西炎への転移座標も一般には非公開で、政府や軍の許可を受けた宇宙船に一時的な座標コードが渡されるのみだ。そんな西炎7から民間船の遭難信号が送られてきたのは十日前だった。転移ゲートが受信した信号が〈文明圏〉中央のネットワークに共有され、対応可能な人間として私が選ばれ、惑星調停官の事務局から、緊急命令を受けたのだった。
 船の加速がかすかに感じられ、ディスプレイには周回軌道に入ったことを示す図が表示された。西炎7は、基準値よりも直径が大きく、重力は1.2、大気も濃厚にあり酸素にも不自由しないが、マスクは外せない。お互いの生命活動に何が影響を与えるか分からないためだ。大気と地上の様子がデータと映像で示される。それを見て何か判断できるわけでは無いから表示されるに任せてシートに背中を預けた。船と銀葉は救難信号を受信した時の座標情報から、遭難船を探しているのだろう。
 惑星調停官の本来の任務は、外交官による政府間レベルの交渉や宇宙軍の暴力的な平和維持ではない、惑星社会の現場の前線で生じる、文化、文明の衝突を調整することにある。遭難した宇宙船の救出でも無ければ、独自の生態系を持つ惑星の環境保全でも無い。まして、転移座標が公開されていない星系へどうやってか侵入した船の、違法性を問う権限もない。これらのミッションを調停の一種と見做すのは、私たちを雑用係として見下しているか、この星の生態系など本気で気にかけてはいないか、おそらくその両方だろう。
 しかしながら私の知識や能力では手に余るのも事実で、その道の専門家も私たちに同行していた。ただし、物理的にではない。
「銀葉、探索中だけど、他のスタッフを起こすことはできるか」
「構いませんよ。探索自体は船のリソースが行っていて、私はチェックしているだけです。自分のメモリに余裕はあります。二人とも起きてもらいますか」
「頼む。二人ともだ」
 空いている後部座席のふたつに、二人のアバターが投影された。生物学者と辺境警備隊、西炎で私をサポートするチームだ。生物学者のラズ博士はベテランの異星生物学者で大学の研究室ラボから動かずに、複数のアバターを辺境星域の惑星や深宇宙探査に派遣し、そこで得た知識、発見、収入でラボを維持しているとの評判だ。アバターはかわいくデフォルメされたカワウソ。辺境警備隊のエン少尉は素顔の映像ホロで現れた。まだ若々しい顔と目つきの鋭さのギャップが大きい。プロファイルよりから推測したよりも残念ながら若く見えてしまうのは、戦歴と冷凍睡眠の回数故の逆説だろう。作戦行動以外は、ほぼ寝ているのに違いない。
「はじめまして。惑星調停官のレイ・オーガストです。二人の力をお借りしたいので、アバターの派遣をお願いしました。いま、目的地の西炎7の衛星軌道を周回中。遭難船を探索しています」
「よろしく頼むよ」カワウソが人の声で応えた。「西炎7は、観測衛星が置かれているだけで放置されてきた星だろう。そんなところに勝手にやってきた挙句、遭難で環境汚染とは困ったものだ。異なる生命圏へ接触する倫理を踏まえてもらいたいもんだな」
「汚染を最小限に留めるためにも、博士の知見が必要です。よろしくお願いします」
 つづいて、軍人が私に顔を向けて発言した。
「私の派遣を必要とするということは、遭難船に非合法な組織や装備の疑いがあるということか。詳細は……?」
 辺境警備隊は独立星域や非合法組織との衝突を厭わない。人選は私ではないが、事務局はそのリスクを想定をしているのだろう。
「まだ、何も。しかし西炎の転移座標は非公開です。遭難船がこの星にやってくる時点で違法性が高い。ただの民間船がたまたまやって来た、と考えることは難しい」
「装備はあるのか」
「機動歩兵が二体。アーティでも制御できますが、惑星調停官には軍事行動の権限はない。軍事力を行使する判断も実行も、あなたにしかありません」
「おいおい、好き勝手に暴れてもらっては困るぞ」
「この場のリーダーは私で、エン少尉と博士の助言を受けて私が決定します。独断で決めるつもりはないのでご安心ください」
「つまり土着生命を最優先して、何も手を出さない選択肢もなしということだな。仲良くやりましょう、博士」
 エン少尉が礼儀正しく微笑む。実体がこの場に参加していれば、握手をかわしているところだ。
「遭難船を発見しました。ほぼ赤道直下。森林地帯です。森といっても〈文明圏〉の植物とは異なる生物のようですが。レイ、降下しますか」
「ああ。本船は衛星軌道に待機。私と銀葉で降りる。銀葉は機動歩兵で、ボディはこっちで船を預かってくれ。博士、少尉と共にバックアップ頼む」
 降下艇は機動歩兵用の席を含めて四人分のスペースがあるのだから、銀葉に自分のボディと機動歩兵を同時に操ってもらい、博士もメモリ上に展開して全員同時に降下することも可能だ。しかし、それは後先考えない行動というものだろう。バックアップを何度でも再生できる〈文明圏〉とは異なる、接続が途絶した辺境の惑星だ。
 銀葉の本体とアバターの二人を母船に残して、私は西炎7の森に降下した。

2.
 事前の教育は睡眠中に受けている。けれど、いつものミッションで異文化の中に放り込まれるだけでもストレスだというのに、異星生物のみの生態系に直面するのは尚更だ。そんな任務は――考えてみれば初めてだ。
 降下艇を遭難船から少し離れた場所へ着陸させた。私が着込んだものと銀葉イン・イェが操作するもの、二体の機動歩兵が森に降り立つ。自分たちの生命を守るための、最小限の武器だけを携帯している。エン少尉ならば、周囲一帯を焦土と化すこともできる重武装を使用できるが、そんなことを許可する事態にはなって欲しくない。
 モモンガ、ムササビ、あるいは海洋生物のエイ、マンタ……私たちの世界、地球から植民惑星に運び込まれた生物ならそれらに近いのだろうか。細長い四つ足や六つ足を大きく広げて、足の間の飛翔膜で空気を捉えて滑空したり浮遊したりする動物が地面に積もるように大小重なり合っている。かれらはその膜で西炎の光を浴び、呼吸をし、代謝機構を働かせているのだ。落ち葉のように重なった平たい姿がガサゴソと動き、点在する樹木のように見える先の尖った高さ三十メートルから一〇〇メートルの柱状のものに辿り着くと、柱を登り、頂点から空へ飛び出す。その柱がかれらの親らしく、その表面が薄く剥がれては、空へ流れてゆくのだ。
 微生物しか存在しないわけでなければ、三〇〇メートルを超える生物に溢れているわけでもない。比較的、理解も観測も容易な生態系だ。
 歩くたびに、地面に積もる膜状の生物たちを踏んでいくことになり、踏み潰したものも少なくないことに心を痛めながら(そもそも、着陸時にそれなりの数を犠牲しているはずだ)、遭難船に向かって歩き、二十分ほどで到着した。
 全長一〇〇メートルを超えた、ずんぐりとした巨体。本船でそのまま降下してきたのだろう。船体に目立った特徴はない。よくありそうな、小型輸送船だ。着陸は問題なかったのだろう、正常な姿勢だ。周囲を半周回って、エアロックが開いているのを見つける。
「私から入りましょう」
 そう言って銀葉が乗り込み、後をついて、私も入っていった。照明は消えているため、サーチライトを点ける。船内には汚れも傷もあり、何人もの乗員が乗り、使い込まれた船であることが想像できた。しかし、最初のフロアには人の姿は見当たらず、上のフロアへ上がる手段を探す。
「船は生きています。いま、アクセス中……船内の図面を入手、電源も」
 貨物用エレベーターで上階に上がると、床に死体が転がっていた。
「五人……もっとだな」
「ええ、廊下に七人。この先に広い部屋があります。図面にはラボとある」
「行こう」
 十五メートル四方はある部屋は、壁際にさまざまな実験装置が並べられており、中央は、大小さまざまなテーブルが置かれていた。その隙間に、さらに何人かが倒れている。どのテーブルの上にも、西炎7の生物が広げられている。大小さまざまな生物たちが足を伸ばされ、ピン留めされ、飛翔膜を広げられた姿で磔になっている。
 生態系への干渉禁止もなにもあったものではない。ただ、採集されてきただけでないことは一目瞭然だ。ピン留めや釘付けでは済まず、メスを入れられ、体液を流したまま干からびているものや、胴体の切断面を晒しているものもいる。
 中央には、ひときわ大きなテーブルに、幅五メートルの飛翔膜を広げられたものがいた。足先だけでなく、何箇所も釘打たれていた。
「ひどいな。何のための生物実験だ」
 近づいて、周囲を歩く。銀葉が指先で触れる。飛翔膜が、反射的にピクッと震えた。
「生きているかもしれません。いや、それだけでは、無いぞ」
 引き伸ばされた薄い膜が波打った。表面の薄黄色が、波打つのに合わせて濃くなり薄くなり変化する。そして、標準コードの文字が浮かび上がった。ただのランダムな文字の羅列が点滅する。やがて、単語になり、文になった。
(ココハ ワタシタチノ セカイ)
(オマエタチハ ドコカラ キタノダ)
「知性があるのか? 銀葉……」
「文字の表示だけでは、なんとも。今、全実験データを吸い上げています」
(ワタシハ ワタシ ワタシタチハ ワタシ)
(オマエハ オマエタチカ)
 何を言いたいのか分からないが、少なくとも文字を操り、私たちに見せていることは間違いない。
「レイ、船のセンサーによると、外の森が騒がしい。データは吸い上げました」
「生存者は……」
「いないと判断してOKです。船の乗員管理データによると、全員の生命反応が停止しています。二十人の乗員がいたようですが、七日前には全員亡くなっています」
 遭難信号を出してから、三日は生存者がいたらしい。
 私たちが船外へ出ると、船の頭頂部まで、周囲を群れが飛びまわり、まるで空を覆い尽くされたようだった。その表面の膜がとつぜん地面に対して垂直になる。いや、すべての膜が私のほうを向いて取り囲んだのだ。そして、薄い黄色やオレンジ色した膜の表面に文字が描かれた。
(ワタシハ コノホシノ ワタシタチ オマエハ カレラト オナジカ)
(ワタシハ コノホシノ ワタシタチ オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ)
(ワタシハ コノホシノ ワタシタチ オマエハ カレラト オナジカ)
(ワタシハ コノホシノ ワタシタチ オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ)
 三六〇度、全方向にパノラマ表示だ。
 問いかけはシンプルだ。語彙が少ないのか。問い掛けたい言葉を持つほどの知性がないのか。しかし驚異的なのは、その表示方法だ。実験室では一体の大きな飛翔膜に文字が現れたが、ここでは違う。宙を舞う無数の生物の飛翔膜をひとつのディスプレイにして、文字が表示されている。かれらは空に浮いていて、一体として場所が固定されているわけではない。その表面に、私たちには静止した文字が読めるように描かれているのだ。
 宙を舞うかれらに見惚れていると、巨大な一体がすうっと滑空してきた。
 近づいてくる巨体を避けきれず倒れる。頭をカバーした両腕に接触し、そのまま後方へ流れていった。接触の直前に、飛翔膜の端が鋸の刃のように尖っているのが見えた。装甲にぶつかってきても怪我はしないが、それなりの質量がって衝撃が重い。
 膝をついた私に、銀葉が「危ない」と声を掛け、背中に覆い被さってくる。銀葉の装甲の上から、さらに衝撃。
 一瞬、気を失った。覚醒すると(装甲服の機能だ)、背中に銀葉を乗せたまま倒れていた。すぐ右に、巨大な柱。直径五メートル以上あるそれが、倒れてきた。私たちを襲ったのだろうか。植物、木というつもりで見ていたが、飛翔するものたちの親なのであれば、敵とみなした生物に対する対応も取るのかもしれない。
 銀葉が制御する機動歩兵は右腕が柱の下敷きになって潰されていた。
「怪我はありませんか」
 銀葉の声が響く。
「大丈夫だ、ありがとう。銀葉こそ腕が」
「機動歩兵が壊れただけで、私が怪我をしたわけではありません。腕が潰れた以外は正常に動くようです」
 見上げると、大小の薄いものが飛び回って上空を覆っている。
「ここは一旦引き上げよう」
 私たちは、降下艇まで走った。

3.
 降下艇を離陸させ、衛星軌道まで一気に上昇。機動歩兵に損傷があったといっても、銀葉イン・イェ自身の損傷ではない。遭難船の中で吸い上げたデータも、降下艇にバックアップできていたこともあり無傷だった。とはいえ、私を守って目の前で怪我したのだ。冷静ではいられなかった。しかし銀葉自身はアーティの視点では無傷であり、衛星軌道から母船に戻る時には操縦を代わっていた。帰還までの時間が、私に平常心を取り戻させてくれた。
機動歩兵パワードスーツ一機損傷か。俺に行かせてもらえれば、機体の損傷は避けられた」
 戻った私を船室で出迎えてくれたのは、エン少尉のホロの言葉だった。少尉とラズ博士は船内で銀葉のボディとともに状況を見守っていたから、銀葉が怪我したという感覚はない。機械の損傷こそあれ、遭難船の乗員の生死と現地の生態系への影響を確認し、船内の情報収集も行えた。私の精神的なショック以外は、むしろ上々の成果と言えた。
 そして彼らも、時間を無駄にはしていなかった。
「母船に残っていた分、上でやるべきことは進めておいた。あの船の船主はB3――違法な交配で儲けているカルテルだ」
「違法とは、何を」
「人体実験、異種交配、人獣の手術と売買で大層潤っている。フリークスになりたい奴と、売り買いしたい奴が、儲けが出るくらいにはいるんだよ」
「B3というのは、何の記号です?」
「Biology for Beauty and Beasts, 美と獣のための生物学。どのBも金がかかりそうだし、金になりそうだろう? ここの転移座標を入手した経緯は、遭難船とゲートのデータを中央に送って調査してもらっている。そういう奴らに抜け道を与えるのがいるんだろう。金になるからな」
 カワウソのかわいらしいホロが、口を挟む。
「だからと言って、異星生物を我々の文化に利用して良い理由はないし、生態系の破壊は明確に禁止されているぞ」
 地球人アースリングが系外進出を果たし異星にも生命体を発見するようになって、生命倫理は地上に限定されたものから星間文明に相応しいものへと更新された。星間生命倫理は〈文明圏スフィア〉の憲章に明文化されている。他の星の生態系への不可侵、さらに知的生命との平和的接触。
「それは、生命倫理を重視する者だけが〈文明圏〉の市民ではないのでね。一〇〇〇年前の憲章が遍く守られているわけではない。しかも、相手は市民ですらない。Bの一つはBiologyと言ったろう――博士の主張はもっともだが、辺境警備隊が相手にしているのは、博士のようなまっとうな生物学者スペシャリストとは別の連中だ。どこにでも専門家はいるんだよ」
「残念だが、認めざるを得んな」
 カワウソが哲学的な表情をして呟いた。
「ところで、あの生き物は何だ?」
「飛翔膜に文字を描いて、私たちにコミュニケーションを取ろうとしてきた。会話と言えるレベルのやり取りではないが、西炎7に知的生命が存在するという話はなかったし、そもそもアースリングとの接触も今までなかったはずだ」
「言葉が通じるのであれば、人間的存在、〈文明圏〉の市民として扱うべきだ。遭難船の乗員を殺害したのがあれならば、捕獲、いや、逮捕して連れ帰るのが筋では」
 少尉が辺境警備隊としての正論を述べるが、早急にすぎると私は感じた。肝心な論点が抜けている。ラズ博士が反論した。
「この星の生命であれば、放置すべきだ。手を触れる権利はない。知的生命か否か、言葉が通じるかどうかなど関係がない。我々は遭難船の活動記録、実験データ全てを回収し、あとは環境破壊にならないように破壊するのみだ」
 さらに、銀葉が異論を述べた。
「博士の意見にも私は慎重だけど、連れ帰るというのは無理な話だろう。この星からどうやって連れ出す? 援軍を呼び仮に運ぶことができても、あれと、我々の社会はともに生命のリスクを抱える。そこに十分な配慮もなく進めるのは、乱暴にすぎる」
「私の意見にも慎重だというのであれば、実際に接触したお主の見解は?」
「あれを、この星の生物とみなして放置するのは無責任だ。遭難船の中で、つまり少尉が調べてくれたB3の技術によって創られた合成生命キメラである可能性が高いと考えます。放っておけば西炎7の生態系が破壊されるかもしれない。かと言って〈文明圏〉に連れ帰ることも否定する。この場で、排除すべきです」
 つまり、殺傷するということだ。銀葉の見解は暴力的ではあるが、筋が通っている。しかし、その結論に合意したくないと内心思った。
「アースリングのゲノムでも組み込んだというのか? 西炎7の生物は今まで採取されてことがない。だから結論を出すことはできないが、地球に出自をもつ生物と、基本構造が同じとは考えずらい。合成生命など、仮説としても無理がある」
「飛翔膜で飛び回る何匹もの生き物が協調して、膜の上に文字を表現していた。あれは、群体生物だと思われます。群体の中に、こちら側の生物が混在することは可能なのでは」
 黙っている私に構わず、議論は続いた。議論で結論を出すことはできないと、全員が了解していた。仮説を確実なものにする材料が必要だ。各々の専門に基づいて検討を継続することを決め、その場はお開きとなった。
 
 船内時間は深夜を迎えた。
 アバターは人間のような休息を必要としない。ラズ博士もエン少尉も、職業上の能力や知識を活用して働く擬似人格だ。身体もプライバシーも、遠く故郷にある。博士は私が持ち帰ったデータや船が今も継続している観測からの最新情報を解析しているし、少尉は転移ゲートの帯域いっぱいに辺境警備隊との通信を繰り返して情報収集と指示出しを行なっているのだろう。
 二人のプロセスが動作しているのは銀葉の余剰メモリ上だが、銀葉が管理するリソースは今回の派遣のために増強していて、十分に余裕はあった。かれもまた、起床と睡眠のライフサイクルは私に合わせながら、バックグラウンドでは全体の状況を観察し、船を管理し、アバターの二人と議論を重ねてもいるのだろう。
 それはともかく、私は機械や薬品に頼らない休息を、そして睡眠を欲していた。銀葉シルバーのボディも付き合って寝室にいてくれる。しかし、疲労に反して目は冴えていた。
「あの生物が、西炎7の自然のものか、そこに生きていたものにカルテルが手を加えたものか、まったく別種の――西炎7にとって外来種とされるべき合成生物か、それとも〈文明圏〉の市民か。複雑だね」
「議論は論点を明らかにするためのもので、結論が出ないことは分かっていました。データ解析次第。しかし結論が出ない可能性は高いと思いますので、再度降下して向き合うことになるでしょうね。それに、遭難船の救助が手遅れである以上、私たちの目的はこの星の生態系全体の保全です。あの生物だけを問題にするのは適切ではないはず」
「分かってる。多分、エン少尉もラズ博士も連れて降下する必要が出てくると思ってる。また、シルバーを危険に晒すことになるね……」
「たいしたことでは。全員で下に降りるとなれば、機動歩兵は重武装で少尉に任せ、この体で行くことになりますが、たとえ損傷しても交換可能なボディです」
 アーティの身体感覚は、アースリングの――人間のそれとは異なる。事故が起きて、はじめて実感した。憂鬱なことが多い。
「ネガティブなのは、私のボディの損傷ケガのことだけではないですね。
 慣れないミッションですが、惑星調停官本来の――その星に生きる数百万人の人間に対して責任を負うような仕事に比べたら、気楽なはずです。何が――気になっています?」
 実験室の情景を私は思い出していた。
 飛翔膜を広げられて、実験台にされている生き物たち、実験に失敗したまま放置されていると思しい死骸、そして膜にこの星とは無縁の文字を表示するようになったものたち。
「私の七人の兄姉たち……」
「そういうことでしたか。たいした連想能力だと、笑いたいところですが」
「笑って済ませられないことは、わかるだろう」
「すみません。もちろん、全員に立ち会っていますから」
 私が生まれるまでの三百年間、オーガスト家は母の遺伝子をもとにした子供コピーーたちを創りつづけた。それはごく自然な営みだが、母の遺言には捕捉事項として特殊な指示とデータが付与されていて――要するに、よくあるレベルの改良アップデート掛け合わせ父の指定では無かった。その結果、さきに生まれた兄姉は、幼くして亡くなったり、そもそも子宮フラスコから摘出される前に終わっている。それでも形が残るまでに成長した兄姉が七人、一族の霊廟に並べられていたのは、奇形児フリークスの瓶詰めだ。辛うじて成人できた私は、しかし期待されたような特殊能力など何もない、平凡な個体にすぎない。
「B3のビジネスと、母の遺言にたいした違いはないよ。とすれば、あの個体だか群体だかが奴らに創られたものだとして、私となんの違いがある」
 すでに創られてしまった、我々とは異なる種の知的生命に対して、どのように措置を取るのが正しい責任の取り方だと言えるか。生態系の保全や文明社会の平和ではなく、生命倫理や治安維持ではなく――表向きの議題とは別の階層で、私は答えの出ない問いと向き合っていた。
「創る側には、興味ありませんか? 地球人アースリングの言葉を理解する生物がどのように創られたのか」
「ラズ博士に任せるよ。B3の技術に対する好奇心も少しはあるし、この星から帰還したら向き合う相手かもしれないが」
 淵少尉が進めている調査は、B3が〈文明圏〉のどこにまで触手を伸ばしているか明らかにする可能性がある。それが、次のミッションに関係してくるかもしれない予感はあった。
「そういう事ではありません。B3のビジネスと、母上の遺言にたいした違いはないと言いましたね」
「創り手になれという、誘惑?」
「興味があれば」
「ミッションのクリアにしか興味はないよ。眠くなってきた」
 そう言って会話を打ち切った。

4.
 翌朝、私の起床を待ってラズ博士から報告があった。銀葉からも、すぐに降下したいとコメント付きだ。
「持ち帰ってもらったサンプルには、人為的な改変の証拠が見られた。それに群体を制御する仕組みについても、吸い上げてくれた実験室のデータから推測がつくようになった」
 人為的な改変は、実験室で見たとおりだった。分子レベルで調査してくれた結果が出たということだ。それよりも群体の制御について知りたかった。
 博士が言うには、西炎7の生物に寄生する微生物がいるらしい。現地の微生物ではなく、遭難船の中で開発された人工的なものだ。これが分散処理による情報処理、言語処理と群体を化学的に制御する役割を担っているのだという。群体を司る、より小さな群れということらしい。
「博士、地上の様子についても報告したい」
 すでに、ラズ博士と銀葉の間では共有できているのだろう。博士が促すと銀葉が話し始めた。
「遭難船の周囲にいた飛翔体の一部が、遠隔地まで飛んでいる。気流に乗って、かなり先まで拡散していて、この勢いなら二〇〇時間で西炎7を一周できそうだ」
「飛ぶとどうなる」
 淵少尉が尋ねた。もちろん、問題がありそうだということは承知しているだろう。少尉も活動していたのだ。
「このまま放置すれば、気流に乗って惑星全土に拡散されると思われます。外来種がそれまでいた従来種の生物を滅ぼすような危険がある。全惑星規模でだ。拡散した分は我々だけではどうにもならないが、遭難船の周りに残っているものだけでも、処理すべきです」
「やつら、風まかせでたまたま飛ばされているのではないぞ。地上近くにへばりついているだけならば、飛ばされたりはしない。遠くまで飛ぼうとして、風に乗ろうとするから遠くまで運ばれる。我々が意志と呼ぶものがあるのか知らんが、現象としては、意思を持って行動している」
「さっさと降下して、決着つけるべきということか」
 躊躇っている時間が影響範囲を拡大することになる。
「レイ――?」
 銀葉から、決断を迫られた。
 昨晩の私的な会話を承知の上で、では惑星調停官としての最適解は何かと問われているのだった。この場で意思決定を行えるのは、私だけなのだから。
「私が操ったほうの機動歩兵で淵少尉が出撃。武装は最大限の武器の携帯を許可。ただし異星生態系内での制約は有効」
「了解。最小限の攻撃で済ませるさ」
「銀葉は腕が故障している方を。修理ができていない機体ですまないが」
「少尉には完全に動作する機体で動いてもらわないとね。承知した」
「それに人型のボディも降下船へ、博士を乗せて。私も降下船で一緒に出る。私と銀葉のボディと、つまり博士もだが、船外には出ない前提。機動歩兵二体で処理して欲しい」
「対象は」
「遭難船の周囲一キロの生物を燃やす、それ以上は広がらないように鎮火。攻撃してくる個体はすべて処理して構わない。鎮火後に銀葉は博士を伴って遭難船へ入り内部調査、必要な情報はすべてかき集めろ」
 
 私は降下船のコクピットの中で、窓越しに機動歩兵二体が周囲を焼き払うのを見ていた。飛翔膜を広げた大小様々なものたちが、体に燃え移った火を消すようにバタバタと飛び回るが、そのまま燃え尽きて、上昇気流にのって空高く舞っていく。周囲の柱もすべて火柱となって燃え上がり、やがて倒れていった。今度は私の方に倒れてくる柱がないように、銀葉と少尉が柱の基底部を破壊して、降下艇とは反対方向に倒れるようにしていた。
 窓の向こうの光景は炎の赤一色に染まっていた。空も赤かった。
 そこにまだ生きている飛翔体が飛んできて、体をいっぱいに広げて窓に貼りついた。二体、三体。四体で窓の外は何も見えなくなった。飛翔膜の端々は、すでに火がついていた。
(ワタシハ コノホシノ ワタシタチ オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ)
(ワタシハ コノホシノ ワタシタチ モエタクナイ アツイ モエタクナイ)
(オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ)
(モエタクナイ アツイ モエタクナイ アツイ モエタクナイ アツイ アツイ アツイ)
 やがて燃え尽きて、灰になって、風に飛ばされた。
 
 一面が焦土と化してから、機動歩兵二体と銀葉のボディは遭難船の中に入っていった。
 彼らに任せて船内にいることもできたが、宇宙服を着た体で船外へ出た。炭となった地面を一歩一歩踏みしめ、遭難船へ向かった。
 航行データも実験データもすでに銀葉が吸い上げていたが、物理的には何も回収していない。前回は回収できなかった死体を、すべて降下艇へ回収する。身元はすべて辺境警備体が割り出すだろう。
 実験室に入り、実験材料にされたこの星の生物たちを、密閉して持ち帰る。ラズ博士が銀葉と少尉にあれもだこれもだと、気づいた端から指示して運び出させた。
 中央に、大きな飛翔膜が広げられたまま最後まで残された。その前に立つ。
(ワタシハ コノホシノ ワタシタチ オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ)
(ワタシハ オマエト ハナシガシタイ ワタシハ オマエト ハナシガシタイ)
(オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ オマエハ ダレダ)
 果たして、私に向けた言葉だったのだろうか。それとも思い込みか。
 しばらく立ち尽くしていた私に、後ろから銀葉のボディが近づいてきて、生命反応がなくなっていると教えてくれた。
 
 ラズ博士と淵少尉はすべてのレポートの作成を終えた。銀葉は彼らのプロセスを停止させる。ミッションを終え、船にはふたりだけになった。静かな時間をしばらく共有したかったが、ここで休暇を貰えはしない。銀葉は航宙船を転移ゲートへと向かわせた。私はまた冷凍睡眠に入らなければならない。
 西炎7の生態系は、〈文明圏スフィア〉によって汚染されてしまった。その影響を最小限に食い止めるために、生命保全局が動くだろう。B3カルテルとその資金がどれだけ政府の中へ侵食しているかについても、調査が進むはずだ。
「最後の部屋で、あれは私に向けた言葉だったのだろうか」
「話がしたければ、技術情報も生物のサンプルも回収したんだ、再現は可能かもしれないよ。もう一度この星に来て、B3のように違法な手段に出るという手もある」
 違法行為をそそのかしてくるのは、慰めているのだろうか。
「それでまた会話ができたとしても、あそこで燃え尽きたものたちではないだろう」
「群体だからね。個体の生死に拘る意味があるのかどうか」
「意味がなくたって、私はひとつの存在だし他の身体もない。アーティとは違うのだからしかたないよ」
「じゃあ、違う個体を創ってみるのは?」
「母のようにならないか、ということ?」
「B3の技術は、私の中にもコピーを残しておいた」
 銀葉が悪戯っぽく笑う。
「西炎7の生物に寄生する情報を使って群体を構成することができるなら――
 地球人アースリングの言葉を理解する機械と、地球人アースリングの間に新しい生命を創ることもできるんじゃないか?」

(了)

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