人工幽霊

印刷

梗 概

人工幽霊

時間をお金で売買する時代がやってきた。おおよそ一時間十万円である。一日に二十四時間しかないのは人類にとって足りないということで、宇宙の法則を調整した結果できあがったシステムだった。ただ、当然のことながら多大なリスクは生じる。何しろ、各々の生活様式が著しく変わってしまうからだ。寿命も人によって変動する。売買は宇宙銀行への振り込みによって行われていた。ある者は寿命を延ばし、ある者は老いや病の辛さから逃れるために寿命を削った。たまに価格は変動したが、大幅には変わらなかった。

そんな中、イチは母親殺しの罪に問われていた。何しろ激しい口論の末、包丁で心臓を刺したのだ。イチは死刑執行になるまで、時間を延ばしたいと願い、財産をすべて使って一年分の時間を買うことにした。その間、執行猶予という名の自由を手に入れたイチだったが、いざ時間を延ばしてしまうと、罪悪感を感じる時間も長くなることに気が付いた。元々母親を憎んではいたものの、いざ殺してしまうと後悔の念も増すというものだ。結局、イチは暗い気持ちで毎日を過ごすことになる。更に時間を買うことができても、巻き戻すことができないことに哀しみを感じはじめた。同時に良心の呵責に苛まれていた。

父親が訪れると、イチは洗いざらい今の気持ちを話した。もちろん父親はイチを安易に赦すことはできなかったが、号泣しながら話すイチを不憫に思いながら聞いていた。父親からすると複雑な心境なのは当たり前なのだが、幼少期から母親がイチを虐待してきたことを知っているが故に、同情の念を抱いていた。

月日が流れ、イチは死刑執行まで引き延ばした時間の中で、母親の幽霊を見るようになった。寝ても覚めても、母親の顔が眼前に迫ってきていた。空間の中、叫び続けるが、幽霊は消えない。毎日それが続いたので不眠症と鬱病を患うことになり、イチは自殺を企てる。しかし、どうやっても途中で自制心が働いて、本格的に自殺をすることはできなかった。

結局イチは購入した一年分の時間を売却し、死刑執行に身を委ねることにする。その時、イチの脳裏に母親と共にした記憶がよぎった。母親が生きていたときは虐待を始めとする酷い扱われ方に嫌悪感を示していたが、それもひとつの歪んだ愛の形だと思い込むことにした。死刑執行の寸前、イチは一時間だけ時間を買うことにした。その時間、イチは生まれてはじめて神に祈った。祈りの中、イチは不思議な声を聴くことになる。それは「瞬間の中にこそ時間は宿る」といったものだった。そのことから、瞬間という概念が積み重なってはじめて時間という集合体ができあがると考えた。イチは母親を殺したことを懺悔して、命の尊さを知る。そして、重い罪の意識こそが母親の幽霊を脳内で作り出してきたということに気づいた。この時やっと母親の幽霊を見なくなった。

死刑執行となった時、イチは安らかな顔で死んでいった。

 

文字数:1190

内容に関するアピール

自分なりに様々なジャンル要素をSFのなかに封じ込めてみました。時間を売買できるような時代に、幽霊や神の概念が登場しますが、前者は罪の意識から人工的に産み出されたものだということがオチとなります。特筆すべきなのは、どんなに便利な時代になっても「人間の心」は変わらないという点と、時間という概念は存在するようで、存在しないのではないか、という問い掛けです。

個人的に、怪奇幻想小説は得意としますが、SFというジャンルに関してはまだまだ分かっていないところがあるので、手探りで学習していきたいなと思っています。

文字数:251

課題提出者一覧