汚泥をさらう

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梗 概

汚泥をさらう

強盗と不法滞在の罪で服役中の男・リュイは、被災した星の一角で土建重機を振るっている。ショートガンマ線バーストが星の脇をかすめ、星は半分あまりがヤスリで撫でられたように荒れ果ていた。めくれ上がった土地を均し、崩れ落ちた家屋や街の残骸を丸ごと巨大な重機で運び、日がな粉砕する。その繰り返し。星には志願してやってきた。従事することで得られる対価があったためだ。

誰かの故郷だった街を砕き、生活の一部だった瓦礫を片付けるうちにリュイは不思議な感傷に陥る。生まれた星とは文化も生活様式も全く違うこの土地に、次第に郷愁を感じ始めていた。割れた強化プラスチックの簡素な家に、田畑だっただろう土壌のあぜ道に、自分がいたような気がする。同情に当てられたか、とリュイは自嘲する。労役のなかで、無惨な死体も、金目の物を探してうろつく乞食も見た。

どれだけ労役に励んでも郷愁は増すばかりだった。それどころか、リュイはありもしない既視感をそこかしに見るようになった。道を踏み外すこともなく、健やかに育った順風満帆な人生の思い出の残骸を掘り返す。そこに友人の家があり、学校があり、豊かな山野があった。いまの腐りきった人生の合わせ鏡のように、正常に生きた世界の姿をリュイはありもしない記憶の中に見ていた。

自分はどこで間違えたのか、とリュイは幸福な残骸を通してこれまでに辿ってきた人生を見つめ直す。はじめに罪を犯したのは16のときだった。叔父を殺して奪った小金で、生まれた星を逃げるように出た。それは今に至る一つのきっかけで、きっと過ちの根元ではない。ほんとうの人生の過ちとはなんだったか。酒浸りな親父が工業機械に巻き込まれ惨めに死んだことか。肥溜めみたいな街で育ったことか。左利きになったこと、おれがおれとして生まれたこと。

「38万歳だったときの宇宙はどこも同じ姿だった」と叔父の言葉を思い返す。叔父は最期、読めもしない学術書を抱いてその内容をわかりもしないまま死んだ。叔父と同じ歳になったが、リュイもまたそれをわかりえない。
 受精卵だった頃はまるで変わらない細胞のひとつだったはずなのに、気付けば分かたれ、もつれ、爆発的に転がりおちていく。たったひとつの無垢な細胞のままでいれば良かったものの、それは骨になり、肉になり、やがておれになった。

平坦なガスの塊に過ぎなかったはずの宇宙が、余計なことに分かたれ、もつれたせいで今がある。叔父に言わせると、宇宙は俺みたいな迷惑を振りまきながら広がり続けて、やがて逆回しをするように縮んでいく。時間とともに。その先はおなじことを繰り返す。俺が生まれて、俺が生まれる前に戻る。膨らみ、縮む。肺の繰り返す呼吸の揺らぎのような隙間におれがいる。

リュイは作業のうちで割れた古い墓標と、一揃いの人骨を掘り当てる。リュイはその骨を自分のものだと確信する。その胸のあたりには朽ちた本の残骸が抱かれていた。

文字数:1198

内容に関するアピール

SFは”人間”の遙か向こう側を描けて、しかし人間から連なってくるフィクションの系譜にあるために、どこか人間の残り香がそこに残る。ヒトの営みとか、きたなさとか、くだらなさが残り続ける。私は少なからずこれを、SFにおけるひとつの救いだと思っている。

梗概は「自発的対称性の破れ」から発想を広げた。生きているとどこかで道を間違えたな、と思う瞬間があって、そういったあらゆる不条理の根っこを辿ると均質だったはずの宇宙が(まだ我々の知らない原理で)うっかり偏ってしまったことの不条理へ辿り着く。

そこにサイクリック宇宙論や生まれ変わりみたいなものが重なって、もつれあって、私が在って、こんな梗概が出来ている。

(文字数:297)

 

参考文献
『対称性』レオン・レーダーマン/クリストファー・ヒル (白揚社)
『ヒッグス 宇宙の最果ての粒子』ショーン・キャロル (講談社)
『対称性』田辺治之 (丸善出版)
『対称性から見た物質・素粒子・宇宙』広瀬立成 (講談社)
『超対称性理論とは何か』小林富雄 (講談社)
『宇宙と素粒子のなり立ち』糸山浩司/川合光/南部陽一郎/横山順一 (京都大学学術出版会)

 

 

 

文字数:482

課題提出者一覧