鏡像宇宙

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梗 概

鏡像宇宙

月の裏側のダイダロスクレーターに建てられた、タキオン天文台。任務は地球に被害を及ぼす可能性のある、銀河系内のガンマ線バーストの調査。深宇宙のバーストを無視すれば、警報は数年に一度あるかどうかの閑職である。タキオン天文台技術職員の主人公は、地球のラ・パルマ島にある天文台の職員と、ボードゲームの陣目取じんめとりに興じている。

陣目取は線対称が鍵になる、陣取りゲームである。形勢が不利になり待ったをかける。時間が巻き戻る。待ったをかけられた相手は気付いていない。タキオンを応用したタイムリープ装置を発動させたのだ。結局負けてしまう。前に待ったをかけた時点より前には戻れない。アラートが鳴る。騒々しい。深宇宙のアラートをオフにしたらどうだ。オフにしない。

アラートが鳴り響く。観測。チェレンコフ光を感知。全天で6000兆個の天体が爆発。想像を絶する規模だ。だが、一番近い星でも50億光年は離れている。地球に被害が及ぶのは50億年後のはずだ。第一報。どうしてほぼ同時に爆発したのか。これは自然現象なのか。光速を超えるのはタキオンだけのはず。タキオンが他の恒星を起爆した? あり得ない。

天体データベースと照合する。爆発した星たちが巨大な平面に乗っていることに気が付く。どうして平面に? 爆発が続く。巨大な平面がゆっくりと回転していることに気が付く。角速度0.00000003ラジアン毎秒。回転軸から遠い部分は超光速だ。このままだと起爆平面が半年以内に地球に到達する。第二報で地球はパニックに陥る。

空間と空間との4次元的な交わりは平面である。あれは別の宇宙、反宇宙との交わりなのではないかという仮説を思いつく。なぜ何もないのではなく、何かがあるのか。この宇宙が物質で満ちていたのは、反宇宙のおかげだったのだ。あれがこの宇宙とは鏡像の反物質でできている反宇宙なら、あの平面で爆発が起こる理由も分かる。対消滅。質量がE=mc2で表されるエネルギーに変わる。いずれ自分も向こうにいる超光速の反自分と対消滅してエネルギーに変わる。あれは宇宙のすべてを破壊して回っているのだ。

回転は止められず、逃げることもできない。もしも人類が超光速航法を開発していたなら。もし少しだけでも反宇宙の対称性を破ることができたなら。願いは届かず、刻一刻と審判の日が迫る。

審判の日、当日。予測通りに起爆平面は超光速で接近している。タイムリープ装置を誰がどうこね回しても、同じこの日に辿り着くようだ。どこの宇宙人もこれを止める方法は思いつかなかった。地上は犯罪と虚無に支配された人たちとでいっぱい。惨憺たる地獄である。こんなことになるのなら、いっそのこと。

待ったをかけて時間を巻き戻す。アラートが鳴る。騒々しい。深宇宙のアラートをオフにしたらどうだ。オフにする。これで誰もあの平面の存在には気が付かない。罪悪感を抱えつつ、改めてそのときを待つ。

文字数:1200

内容に関するアピール

宇宙または時間というテーマを頂いて、以前から温めていたアイデアを形にしてみました。タキオン天文学が発達した未来を舞台にした数学SFです。タイムリープものですが、数学好きという強みを活かしたストーリーにできたのではないかと思います。光速が宇宙の制限速度だと幾何学的に上手く行かない部分を、タキオンという虚構存在が救ってくれました。みよし考案の数学ゲームである陣目取じんめとりを作中に入れることが出来たのもポイントです。実作では、グレッグ・イーガンの量子サッカーを参考にゲームの模様も実況しようと思います。また、不条理の極みのような起爆平面とそれに戸惑う人たちをリアリティをもった存在として描きたいと思っています。SF初心者ですが、がんばります。どうぞよろしくお願いいたします。

文字数:340

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鏡像宇宙

ファインバーグ天文台へ異動になるときいたとき、タイチはそれを栄転だと思った。ファインバーグ天文台は、世界で初めて超光速粒子タキオンの検出に成功した、水チェレンコフ宇宙線観測施設である。月の裏側、ダイダロスクレーターの中央にファインバーグ天文台が建てられたのは、タイチが子供のころのこと。当時は百名を超える職員がいて、タキオン天文学は天文学の花形だった。

着任の初日、出迎えてくれたマルティンという背の高い男についていく。タイチは月に来ること自体が初めてだった。廊下の壁一面が切り取られたように石英窓になっていて、そこからあかるい月面と星空が見える。期待と好奇心に胸が膨らむ。空に地球を探したが、月の裏側からでは見えるはずのないことに気がついた。
 マルティンが右折する。あわてて部屋の入り口に足を踏み入れると、白くて広い部屋の真ん中に空飛ぶ絨毯を縦に起こしたような、半透明の物体が浮かんでいた。「ここが中央操作室だ」マルティンがつまらなさそうに言う。「で、これがコンソール」半透明の物体にふれると、マルティンは装置の説明を始めた。
 ファインバーグ天文台の心臓部は、地下にある球体の大水槽と、槽の内壁をびっしりと覆う超高感度光センサー、光電子増倍管である。物質と反応しにくいタキオンも、大量の水で受けとめれば、ごく稀にチェレンコフ光という微光を発する。その微光を、蝶の複眼を裏返したような光センサーの粒々が数億倍に増幅して感知するという仕組みだった。
 ファインバーグ天文台が月の裏側に建てられた理由のひとつは、外部のノイズを受けにくいこと。理由のもうひとつは、水へ添加する特殊媒質の原料に月の砂、レゴリスが使用できることだった。ただの水ではニュートリノしか検知できないが、水にその媒質を添加するとニュートリノではなくタキオンを検知するようになる。
「天文台長への挨拶はあとですか」タイチはマルティンにきく。
「天文台長だって。いや、ここにはおれひとりだよ」
 きけば、もう何年も前からファインバーグ天文台はワンオペレーションになっているのだという。オペレーターのマルティンもタイチへの引継ぎが終わるとここをあとにして、地球のロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台に移るらしい。まさか、この大天文台をひとりで受け持つとは思わなかった。上司であるアビー・キングスコート技術主幹の憎たらしい顔が浮かぶ。こんな大事なことを教えないでおくとは意地が悪すぎるのではないか。
「そう固くなりなさんな」とマルティンが言う。「ほとんどの操作は自動だし、十万光年より遠方のバーストを規定通り無視すれば、警報 アラームは数年に一度あるかないかの閑職だ。すぐに退屈になるさ」
 愛想笑いでこたえたが、どうにもタイチは落ちつかなかった。
 この天文台の任務は、地球に被害を及ぼす可能性のある、銀河系内のガンマ線バーストの観測だった。ガンマ線バーストは天体の大規模爆発現象で、そのエネルギーは天体の回転軸方向に絞りこまれて放出される。近距離のバーストが地球を直撃すれば大変なことになる。ことによると大量絶滅が起こるかもしれない。それで、バーストと同時に発生する速度無限大のタキオンを利用して、ひと足先に察知して警告する。人類はバースト本体が到着するまでの数千から数万年かけて、逃げるなりガードするなり対策を取るというわけだ。
 それはそれで大切な任務だとタイチも頭では理解できていた。が、残念な気もしていた。その気になれば遠くの宇宙のいろいろがわかるのに、ファインバーグ天文台は予算も人も削られて、とうとうワンオペレーションになってしまったのだ。タキオン天文学はいつの間にこんなに衰退してしまったのだろう、とため息をつく。この人類の英知の結晶を、ガンマ線の雨をよけるための天気予報にしか使わないなんて。

「すこし休憩するか」マルティンにうながされて、カフェテーブルのような台に席を移す。カップに熱いお茶を注いでマルティンは片足を組む。あごをなでながら、タイチのことを値踏みするような目で見つめている。居心地の悪さを感じつつ、タイチはお茶を口に含む。
「どうしてこんなところへ飛ばされた」お茶が気管に入り、むせてしまう。
「べつに飛ばされたわけでは」
「どうせなにか余計なことをしたんだろう」と勘ぐられて、プロジェクト室長時代のアビーの顔が浮かんだ。ロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台のマジック望遠鏡の仕様変更をめぐる会議で意地になり、アビーの主張を撤回させたときのことを思い出したのだ。あとで大目玉を食らったが、とはいえ、べつに間違ったことはしたとは思っていなかった。
「余計なことなんてしてません」
「いいや、その顔は余計なことをした顔だ」とにやにや顔でお茶を飲むマルティン。ひょっとしたらと思いかけて、左遷なんかじゃないと打ち消す。アビーのことも苦手だったが、初日からマルティンのことも苦手になりそうだった。

マルティンの離任日、天文台の廊下でタイチはぼんやりと外を見ている。あかるい地面と星の空。どうして宇宙には何もないのではなく何かがあるのか、なんて物思いにふける。中央操作室に入って、頭の後ろで手を組んで待っていたマルティンにタイチは会釈する。席についたとき、コンソールの隅にある黄色い仮想ボタンが目にとまった。まだ引継ぎを受けていない。
「これ、なんでしょう」
「押すなよ。押すと警報がうるさいんだ。それは遠宇宙からのタウタキオンとミュータキオンの検出をオンにするボタンだよ」
「タウタキオンとミュータキオン」
「とくに知る必要もないんだがな」とマルティンは子供をあやすように言う。「タキオン振動ってやつさ。タキオンは発生した時点では、すべてが電子タキオンだが、遠くで発生したタキオンは飛んでくる最中に一部がタウタキオンやミュータキオンに変わるんだ」
「そうでした」研修の映像を思い出して恥ずかしくなる。「その比率で発生原までの距離がわかるんでした」
「ああ。むかしは研究に必要だったらしいがな。おれたちには関係ない」
「いえ。明日からはこの大天文台をひとりで回していかないといけないんです。なんでも知っておかないと」
「気負うなよ。気負っているとしんどいぞ」
 マルティンにも、気負っていた頃があったのだろうか。
 月面車で去るマルティンを見送ると、タイチは大きく息をはいて深呼吸をした。一息ついたあと線形加速器を使ってセンサーのキャリブレーションを始める。そのとき初めて、この仕事は自分の性に合わないのではないかという疑いが胸をよぎった。すぐに退屈になるさというマルティンの言葉がよみがえる。これからバースト信号を待つだけの日々が始まるかと思うと、じっさい耐えられないような気がした。
 押すなよという言葉も思い出す。そう言われると押したくなるのが人情というものだった。規則集を検索してみると、十万光年より遠方のバーストを観測することはとくに禁止されているわけではなかった。観測資源を消費するわけでもない。タイチは任務外の観測をすることに決めて、黄色いボタンをオンにした。

スペイン領カナリア諸島を構成するラ・パルマ島、ロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台に異動したマルティンとは定期的に通信をすることになっていた。といっても、報告すべきことは多くない。センサーのキャリブレーションがうまく行ったとか、うまく行かないとか、五分で終わるそんな話ばかりだった。いつの間にか、定期ミーティングはマルティンとタイチがゲームに興じる時間になってしまっていた。
 薄暗いレクリエーションルームには木目調のハニカムボードがあった。蜂の巣のように正六角形が並んだヘックスヘックス盤、つまり六角形の六角形盤である。タイチは勝負事では意地になるたちだった。タイチとマルティンがボードへ黒石と白石を交互に置いていく。それは線対称シンメトリーをキーアイデアにした、陣目取 じんめとりという名前の陣取りゲームだった。
「月はどうだ」立体映像のマルティンが白石を置く。
「体がなまりますね。重力が六分の一ですから」とタイチは黒石を置く。
「外は散歩にも向いてないしな。と、そこには黒石は置けないよ」
「あ、そうか。ここだと自分の陣地の対称性が崩れてしまいますね」
 陣目取は同色の石のかたまり「陣地」を成長させて、いちばん大きな陣地を作った方の勝ちになるゲームだ。が、石の置き方に制約がある。陣地はどれもかたまりごとに線対称でなければならない。
「自陣の成長をあせりすぎても、敵陣の妨害にかまけていてもうまく行かない」とかたまりからすこし離れたところにポツンと白石を置く。「このゲームはな、自分の石がじゃまでじゃまで仕方がなくなるゲームなんだ」
 マルティンのこういういちいち先輩面してくるところが嫌いだった。うるさいなあと思いながら、タイチは黒石を置く。「毎日変わり映えしないので、変なことを考えてしまいます」
「たとえば、どんな」
「なぜ宇宙には何もないのではなく、何かがあるのかとか」
「そりゃなんだ。哲学か」と笑われる。「そうだな、反物質って知ってるか」と白石を置く。
「反物質ですか。ええと、物質と反応して対消滅するんでしたっけ」黒石を置く。タイチの最大陣地が七目、マルティンの最大陣地が五目でタイチの優勢に見えた。
「宇宙の始まりに物質と反物質は対生成したはずなんだ。この黒石と白石みたいなもんさ。黒石がなきゃ白石はないし、白石がなきゃ黒石はない」
「対生成」
「そうすると反物質が物質と同じだけ存在することになるが、我々の住む宇宙には反物質はほとんど存在せず、物質ばかりが存在する。仮に対消滅したんだったら、元の木阿弥、何もなくなっていたはずだ。なぜ宇宙には何もないのではなく、何かがあるのか」マルティンがぴしゃりと白石を置く。見えていた景色が一変する。ふたつの陣地がつながって十二目の陣地ができるのを防げない。いつのまにかタイチの勝ち目はなくなっていた。「成長がとまった陣地の周りは相手が石を置き放題になるんだ。守りたいと思っても陣地の対称性が崩れるから守れない。それでこんなふうに大逆転されてしまうってわけだ。覚えておくんだな」

なにが覚えておくんだな、だ。勝ち誇るようなマルティンに嫌気がさし、タイチは対戦システムの隅にある赤い待ったボタンを押した。時間が十分ほど巻き戻る。
「月はどうだ」とマルティンが白石を置く。
「体がなまりますね。重力が六分の一ですから」さっきとは別の場所にタイチは黒石を置く。リワインダー。通称、待ったボタンは、過去へのタイムリープを可能にする装置だった。発明されたときは世界から熱烈な歓迎を受けた。なにか失敗したら、だれでも気軽に時間を巻き戻してやり直せばいい。自由なタイムリープは世の中をよくすると期待されたのだ。自由競争が世の中をよくすると期待されたのと同じだった。しかし、犯罪を防止するための安全装置によって骨抜きにされてしまい、いまやゲームのおまけになるくらいに陳腐化してしまっていた。
「なぜ宇宙には何もないのではなく、何かがあるのか」マルティンがぴしゃりと白石を置く。やり直した甲斐もなく結局タイチはマルティンに勝てなかった。ボタンの仕様上、前に待ったをかけた時点より前に戻ることはできない。くやしいが、これで勝負は確定だった。
「なぜなんです」
「ん?」
「宇宙に何かがある理由」
「さあな、そんなことだれも知らないんじゃないのか」
 そのときアラームが鳴った。「騒々しい。遠宇宙の警報は切っておけって言っただろう」
 そんな言い方はないと思った。これは自分の裁量の範囲だ。

ボタンをオフにしないでおいた一瞬ののち、地響きのようにアラームが交響した。タイチの設定のせいで、数時間に一回はアラームが鳴るようになっていたのだが、こんな反応は初めてだった。レクリエーションルームにコンソールを呼び寄せる。
「なんだこれは、ハレーションか」マルティンが目を丸くしている。チェレンコフ光の強度が振り切っていて、解析を受けつけないようだった。
「すみません、あとで掛け直します」通信をオフにしようとする。
「待て、光電子増倍管の増倍機能をオフにしてみろ」正直ひとりで対応したかったが、言うとおりオフにして増倍管を感度数億分の一の光電管に切り替える。とうぜん解除されるはずのアラームが解除されない。槽内が明るすぎる。「なんだなんだ。数値がおかしいぞ。システムエラーじゃないのか」
「それはそれで考えにくいですけど」チェッカーを走らせるがエラーは検出されない。
「ソフトでなければハードの問題か。距離はどうなっている」
 検出されたタキオンに電子タキオンは含まれていない。いつもの手順でコンソールからソルバを開き、タウタキオンとミュータキオンの比率を計算する。
「バーストの多発に見えます。いちばん近い星でも五十億光年は離れているようです」口の中が渇く。計算の過程でデータが妙なことを示していた。全天で毎秒六千兆個の天体が爆発しているというのだ。報告は控えた。とうてい事実とは考えられない。
「ともかく異常事態だな」マルティンの目が険しい。「報告してくる。ハードのチェックを頼む」
 月震かなにかで光電子増倍管が破損したのかもしれない。ひとつでも破損したのなら、衝撃が連鎖して大事故になっている可能性があった。観測を中断して、監視カメラ映像をチェックする。現場で目視を行う。異常はない。あと考えられるのはなんだ。

中央操作室に戻ると、技術主幹の立体映像が待ち構えていた。
「また勝手なことをしたらしいな。原因はなんだ」アビーがドスのきいた声で言う。
「わかりません」
「修理に使えるような予算は残ってないぞ」言うだろうと思っていた。「もし観測ミスでないなら、なにが起きている?」鼻息がきこえて来そうな迫力だ。
 もしこのデータが本当だったなら、と問いを反芻する。もし本当なら、正真正銘の大発見だ。胸の中が熱くなる。こんな天文現象ぜったいに知られていない。
「毎秒六千兆個の天体が爆発している計算になります」
「六千兆個の天体の爆発だって」アビーが笑う。「なんの冗談だ、それは」
「なにかの間違いでしょう。ハード面、ソフト面で異常の原因を調査しています」とマルティンが代わりにこたえる。
「しかし、六千兆個とはな」アビーの笑いがとまらない。「そんなものどうやったら同時に爆発できるんだ」
 考えてみたらおかしい。たとえば星と星とが百万光年離れていれば爆発の影響がとどくのに百万年かかる。相互の影響なら光速を超えて影響が波及しなければならない。光速を超えるのはタキオンだけのはずだが、タキオンが恒星を起爆するなんてばかげている。タキオンは極めて反応性の乏しい、不活性な粒子だ。だからわざわざこんな大掛かりな装置で検出している。恒星相互の影響でないなら、たとえば超文明による同時弾着射撃攻撃だろうか。そんな妄想も浮かんだが、妄想だけあって輪をかけてばかばかしかった。
「わかりません」
「まあいい」笑いのとまったアビーを見て、さっきの『どうやったら』が修辞疑問文だったことに気がつく。どうやってもそんなことは起きないだろうという意味だった。「なにが起きているのか二時間後に教えろ。もう冗談は通用しないからな」
 もちろん、なにかの間違いだろう。そう思う頭の片隅で、タイチは興奮している自分に気がついた。笑いたければ笑えばいい。もし、万万が一、データが本当だったなら、大発見だ。

タイチはシステムを再起動し、トラブルシューターを走らせた。復旧完了まで一時間半。並行して記録済データを解析する。
 チェレンコフ光はタキオンの進む方向を軸として円錐形に放出される。それを球面上の光電管が拾う。重ね合わされた光円を単離して逆算すれば方向がわかる。タウタキオンとミュータキオンの比率からは距離がわかる。方向と距離が分かれば、発生源の位置がわかる。警報が鳴り始めた直後のある瞬間について、単離しやすかった千クラスタのタキオンたちの発生源を三次元宇宙地図にプロットする。
「これは、どういうことだ」見ていたマルティンが変な声を上げる。タイチも穴のあくほどプロットを見つめる。あろうことか、タキオンの発生源が一枚の平面に乗っていたのだ。
 タイチは絶句して頭を抱えた。これがなにかのノイズなら、空間上一様ランダムに分布するはずだった。ノイズじゃない。だとしたら、どういうことになるのか。ひとつひとつのタキオンが、爆発した星から飛んできていると仮定すれば、つまり桁違いに巨大な、宇宙サイズの平面があって、その平面上にある星たちが一斉に爆発したことになる。六千兆個、巨大平面。わけのわからないことだらけだった。
「時系列データはどうだ」
「それよりも、観測中断の直前について、同じ解析をしてみましょう」マルティンの指示をさえぎって作業する。ふたつの瞬間の間隔は十五分ほどだった。三次元宇宙地図にふたたび巨大平面が表示される。最初の平面と見分けがつかない。
「違いがわからんな」
「拡大します」最初の平面を赤で、二番目の平面を青で着色する。めいっぱい拡大すると、赤と青の平面が交差していて、端の方にわずかな隙間があることが分かった。
「これは」マルティンが目をすがめる。
「回転しているみたいですね、平面が」

トラブルシューターの走査が完了し、システムが復旧する。相変わらず、大量のタキオンを検出し続けている。ふたりは顔を見合わせる。どう考えてもおかしい。こうなってしまってはマルティンもタイチも、データが現実のものだと信じざるを得なかった。測定再開直後のタキオン源についても宇宙地図上にプロットしてみる。黄色い平面ができる。冷や汗が背中を伝う。
「なにかわかったか」首のストレッチをしながらアビーが再訪する。
「どうやら、観測ミスではないようです」
「ミスじゃないだと」いきなりすごい剣幕だ。
 システム復旧後もタキオンの検出が続いていること、タキオンの発生源が一枚の平面に乗っていること、その平面が回転していることを告げる。アビーが口を開ける。
「見てください」宇宙地図を平面の回転軸上からの画角に切り替える。端の方をめいっぱい拡大する。一本に見えていた直線が赤、青、黄の三本に分かれる。「赤から青まで十五分、青から黄色まで二時間です」あきれ顔のアビーが直線に手を伸ばす。理解してくれているのかどうか定かではなかった。「計算してみましたが、平面の回転速度は一定でした」
「どういうことだ」
「宇宙サイズの平面が等速で回転していて、それが天体を起爆していると考えられます」
「荒唐無稽だな」
「問題は、その回転速度です」タイチは震えながら言う。「角速度0.00000003ラジアン毎秒。つまり、起爆平面が半年以内に地球に到達するという計算になります」

ロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台からの報告を受け、世界政府はファインバーグ天文台へ多くのエージェントを派遣した。その後行われた、あらゆる検証はタイチの予測を支持していた。起爆平面は超光速で地球に迫っている。五十億光年離れていれば、五十億年間は安泰だという常識は間違いだった。
 破局を防ぐ方法はないかと頻繁に会議が行われる。が、対策どころか、原因さえ不明だった。多数の知恵で臨む必要があり、世界の頭脳が結集される。同時に情報統制を乗り越えて起爆平面のうわさが世界各地に拡散していく。パニックが始まろうとしていた。
 天文台に人が増えたおかげでタイチには仕事らしい仕事がなくなってしまっていた。オペレーターはいわゆる管理職ではない。会議にも呼ばれなかった。仮に呼ばれたとして、しがないオペレーター風情が錚々たる天才たちにまじってなにが言えるだろう。だれにも期待されていないのがわかった。そうしている間にもワイパーに消される雨粒のように毎秒数千兆の星たちが失われていく。世界が終わりそうなのになにもできない。

その日は非番だった。居住区から食堂へ行くにはファインバーグ天文台のいつもの廊下を通る必要があった。窓から外を眺める。どうして起爆平面は平面なんだろう。人の往来も気にせず、タイチは物思いにふける。
「よお、第一発見者」と声を掛けられる。振り向くと、ふたたび月に赴任してきたマルティンだった。「宇宙食にも飽きただろう。差し入れを持ってきてやったぞ」
 マルティンがトルティージャをつくるという。スペイン風オムレツらしい。昼休みが終わり、閑散とした食堂で料理ができ上がるのを待つ。まな板に包丁が当たる音が心地よい。勝手知ったるキッチンでマルティンが包丁をふるい、じゃがいもを乱切りにして、玉ねぎをみじん切りにする。レンジを開けて、じゃがいもを加熱する。卵を割って、粉チーズを入れる。フライパンに木べらの当たる音といい匂いがする。玉ねぎとにんにくをオリーブオイルで炒め始めたらしい。よっぽどお腹がすいていたのか、よだれが出そうになる。じゅうっと卵の焼ける音がする。不覚にもお腹が鳴る。
「食え」とテーブルに皿が置かれる。にんにくとチーズの香り。オイルと塩の味が口に広がる。そして、卵とじゃがいもの食感。
「おいしい」と思わず声がもれる。マルティンの料理に感心するのは癪だったが、おいしいものは仕方ない。生き返った気がする。手料理は不思議だ。
「食い終わったらゲームでもするか」
「お願いします」迷ったが、ほかにやることもなかった。
「じゃあ、また陣目取だな。あと片づけは任せた」
 食器とフライパンと包丁を洗う。まな板を洗おうとして、まな板に包丁のあとがたくさん付いているのに目がとまった。そういえば、まな板も包丁も平面だよなとぼんやりタイチは思う。平面と平面がぶつかると直線の傷ができる。平面と平面で直線。
「手がとまってるぞ」とマルティンに突っ込まれる。
「変なことを考えたんですけど」と水をとめる。
「どうした」
「平面と平面が三次元の中で交わると直線ができますよね」
「うん」
「じゃあ、空間と空間が四次元の中で交わるとどうなります」
「それは。ふつうは平面ができる」
「もしかしたら、起爆平面ってそういう平面なんじゃないでしょうか」
 マルティンは虚を突かれたような顔で口をとがらせている。
「そういう平面って、どういう平面だよ」
「いえ、まだよくわからないんですけど」タイチは水を流して残りの洗い物を片づける。

薄暗いレクリエーションルーム。毎度おなじみのハニカムボードを挟んで座る。こんどは立体映像でなく、直接対決だった。
「しかし、とんでもないことになっちまったな。あと五か月か」マルティンの先攻。盤の中央、天元に黒石を置く。
「そうですね。地球の様子はどうですか」とタイチは白石を置く。
「起爆平面のうわさはかなり拡散したみたいだがな、まだマスコミも半信半疑だ。そういえば、統制分科会のトップにアビーが就任したらしいぞ。情報工作に奔走してるんだと」と黒石を置く。
「大丈夫ですかね」猛進するアビーの姿が目に浮かぶ。タイチは一間飛び定石を試してみる。石を密集させないことの利点は敵が自陣を利用しにくいことだ。どんな対称形に発展させるか手も広くなる。
「さあな」と黒石を置く。「月はどうだ」
「殺伐としてますね。そわそわするばかりで、なにをしたらいいのかよく分かりません」と白石を置く。
「あのころはのん気でよかったな。なんだっけ」と黒石を置く。「そうだ、なぜ何もないのではなく、何かがあるのかって奴だ」
「あはは。そんなこと言ってましたね。それで反物質について教えてもらって」と白石を置く。「ちょっと待ってください」
「なんだ」マルティンが顔を上げる。
「たしか反物質がどこに消えたのかが謎なんでしたよね」
「ああ」
「反物質だけでできた宇宙、反宇宙があるとしたらどうでしょうか」タイチはボードの上に身を乗り出す。「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか。宇宙と反宇宙が対生成したのだとしたら辻褄が合いませんか」
「ふむ」マルティンが片眉を上げる。
「さっき起爆平面は空間と空間の交わりじゃないかって言いましたけど、あれって、もしかしたら、この宇宙と反宇宙との交わりなんじゃないかなって思って」
 マルティンが目を丸くする。首をかしげ、思い直したように黒石を置く。
「そいつはどうだろうな。宇宙ってのはしびれるくらいにスカスカなんだ」
「はい」
「お前の言う反宇宙とこの宇宙が交わったとして、そうそう都合よく対消滅は起こらない」
 もっともな反論だった。起爆平面にふれた天体が百発百中で爆発するのはなぜか、答えられなければならなかった。ボードを眺める。ふと見落としていたことに気がついた。
「シンメトリーなんじゃないでしょうか」タイチは白石を置いた。育てていた陣地の対称軸が切り変わり、十一目確定の構想がマルティンに伝わる。「鏡像です。反宇宙がこの宇宙の鏡像だとしたらどうですか」タイチの仮説が完成して、短い沈黙が訪れる。
「おれの負けだ」とマルティンが投了する。

タイチの仮説は次のように整理することができた。この宇宙と鏡像関係にある反宇宙が存在していて、これまでこの宇宙に干渉していなかった。それがなにかの拍子に干渉を始めた。ふたつの宇宙の交わりは平面であり、その平面上で対消滅が起こる。質量がE=mc2で表されるエネルギーに変わって消滅する。
 タイチは起爆平面対策委員会へ投書を行う。数日後、公聴会で報告するようにと招集があった。徹夜でプレゼンテーションを組み立てる。仮想空間のステージに立つのは初めてだったが、自分の考えに自信がないわけではなかった。顔の見えない聴衆を前に、汗を流し、映像と身振り手振りでタイチは説明を行う。聴衆の音声はミュートされていて手ごたえがなかった。報告の終盤、マルティンがうやうやしくステージ上に水槽を運び入れる。
「起爆平面の回転がすこし分かりにくいので、ひとつ次元を下げたデモンストレーションを用意しました」とタイチは気合を入れる。「これがわれわれの宇宙です」と青い板を手に取って見せる。それを水面に対して斜めに突っ込む。「水面が鏡で、水に映る板の像が反宇宙だと考えてください。そして、この喫水線が起爆平面です」水面と板との交線を指で示す。「この板がこんな風に回ります」板の傾きはそのままに、喫水線上の一点を中心に板を回転させる。板の乾いた部分が濡れていく。「板の上に天体があるなら、それが水中に沈むとき鏡像の天体と必ずぶつかります。板が濡れるということは、つまり、そこで対消滅が起こるということです。板の全部が濡れたなら、宇宙は無に帰ることになるでしょう」聴衆は沈黙している。「以上で報告を終わります。ご質問がありましたら、お願いします」
「ふたつの宇宙は、離れて存在していたのでしょうか。それとも初めから交わっていたのでしょうか」だれだかわからないが、声で興奮しているのがわかる。
「ご質問ありがとうございます」的を射た質問が飛び上がるくらいに嬉しい。「いまお見せした青い板のデモンストレーションは宇宙同士が離れていたパターンですね。回転させる前の段階で宇宙の半分を水浸しにする必要がありました。一方、観測では、干渉開始と同時に巨大な起爆平面が出現しました。ふたつの宇宙が離れていたのなら、そうはならなかったはずです。つまり、ふたつの宇宙は初めから交わっていたのだと考えられます」
「なるほど。ありがとうございました」

報告は驚嘆をもって迎えられた。反駁しようとする者もいたが、だれもタイチの仮説に矛盾は見つけられなかった。タイチはたまたま現象を発見しただけの一職員ではなくなり、一夜にして丁重に扱われるようになった。頭脳のひとつとしてもカウントされたのだろう、てのひらを返したようにたくさんの会議から出席要請がとどく。数日後に昇格辞令を受け取る。技術主幹、つまりアビーの後任におさまることになったのだ。どこか現実感がなく、足もとがふわふわしていた。
 しかし、どの会議に出ても打開策は見つけられなかった。もしも人類が超光速航法を開発していたなら、起爆平面の追手から逃げ切ることができたかもしれない。もしも反宇宙の対称性をすこしだけでも破ることが出来たなら、宇宙はスカスカなので、起爆平面がすり抜けてくれるかもしれない。もしも、もしもの大合唱には辟易してしまった。気軽に話せるディスカッション相手が欲しかった。
 宇宙人と連携してはどうかという提案も大まじめに検討された。地球人がいる以上、宇宙人もいるはずで、その中には起爆平面の存在に気づいている宇宙人だってたくさんいるに違いない。その宇宙人に教えを乞うてはどうか。
 遠方にいる宇宙人との交信手段があるとすればタキオンしかなかったが、仮にタキオン通信の技術基盤が整えられたとしても、いまの宇宙には恐ろしく大量のタキオンが飛び交っているため、とても通信ができる状態ではなかった。仮に通信ができたとして、宇宙人の言葉がわかるまでには相当の時間が必要なはずだし、とまらない起爆平面を見る限り、残念ながらどこの宇宙人もあの起爆平面をとめる方法はまだ思いついていないようだった。
 願いはとどかない。回転はとめられず、逃げることもできない。起爆平面は刻一刻と迫っている。なによりも時間がなかった。
 徒労感がつのる。宇宙が回転を始めた理由も不明のままだった。
 マルティンだけが変わらなかった。食堂でコーヒーを飲みながら「なにかにぶつかったんだろ」とコインを指ではじいて回してみせた。

審判の日まで、あと一か月。タイチは覚悟らしい覚悟も決まらず、あがいてばかりいた。統制分科会から、会議への出席要請がとどく。懐かしいアビーの名前に目がとまり、出席してみることにした。しばらく情報を入れていなかったが、地球のパニックは相当に拡大しているらしかった。
 犯罪率の上昇、暴徒鎮圧、新興宗教団体による集団自殺、恐慌、自爆テロ、武力衝突。恐怖にかられる人々、虚無に襲われる人々、絵に描いたような惨状だった。地獄が地上に這い出したかのような立体映像の数々に胸が悪くなった。
 統制分科会は宇宙の滅亡など根拠のない陰謀論であるという情報を流して事態の鎮静化を図っていたが、情報工作の証拠がリークされたことにより、かえって破局の信憑性を強める結果になってしまっていた。なにを信じればいいのか。地上は混乱と泥沼の中にあった。
 質疑応答が始まるが、自分に何か意見が言えるとは思わなかった。最後にアビーの姿が映った。この数か月ですっかりやつれてしまっていた。荒廃する人心と社会に幻滅するだけの日々。残りわずか一か月だが、耐えられそうになかった。

その日、人だかりの食堂で昼食をとっているときに、タイチは狙撃された。レーザーは狙いをそれて食堂の壁を焦がした。犯人が銃を取り出すのを見て、マルティンがタイチを突き飛ばしたのだ。突然の当身に転倒し、なにが起きたのか前後不覚になった。周囲の人間が犯人の男を取り押さえる。心臓が早鐘を打っていた。タイチは椅子の下から助け起こされる。あれは待ったボタンか。犯人が左手の赤いボタンを押すのが見えた。まずい、と思った瞬間、ボタンから銀色の触手が無数に伸びる。安全装置だった。男は一瞬で捕縛されてしまう。落ち着いてよく見ると見知った顔だった。エージェント内部に反政府組織のスパイが潜んでいたのだ。このとき初めてタイチは自分が彼らの標的になっていることを知った。「お前のせいだ」と男が叫ぶ。足が震えた。命を奪って、そしてどうするというのだろう。ボタンの通報を受け、警備隊が駆けつける。もう、こんなのにはうんざりだった。

審判の日、当日。これで最後だなと思いながら、タイチはファインバーグ天文台のいつもの廊下の窓から外を見る。地面が暗く、星がまばゆいくらいに光り輝いている。見えている星の半分は起爆平面によってすでに消滅しているはずだった。しっかりしろ宇宙人とタイチは空に向かって言ってみるが、地球人も宇宙人の一種である以上、その言葉は自分自身にも降り注ぐことになった。
 中央操作室はがらんとしていた。世界政府からの休暇付与により、もう月面には仕事をしている人間はひとりもいないようだった。コンソールをさわる。正確に、予測通りに起爆平面は超光速で接近している。統制分科会の報告によれば、世界的にリワインダーの使用頻度も上がっているようだったが、いま自分がこの日を迎えているということは、だれが何度どんなふうに待ったボタンでやり直しても、結局同じこの日にたどり着くということらしかった。
 当たり前の話だが、対消滅するのは天体ばかりではなかった。起爆平面の向こう側、鏡像宇宙には反物質でできた左右反対の反自分が住んでいて、きっと自分と同じことを考えている。そして、その不気味な反自分はまもなく超光速でやってきて、ここにいるこの自分と対消滅してしまうのだ。あと数時間で、きれいさっぱり消えてなくなる。人類が積み上げてきた歴史も記憶も消えてしまう。居たたまれなくなって、中央操作室をあとにする。
 さっきの窓のところにマルティンが立っていた。肩を落とし、憔悴しきったような顔をしている。
「大丈夫ですか」と声を掛ける。
「あ、ああ。変だよな、どうせ今日みんな死んじまうっていうのに」とマルティンが目をぬぐい、腰を伸ばして向き直る。「女房が死んだんだ」
「そんな」悪い話は散々きいてきたつもりだったが、次の言葉が出なかった。
「自殺らしい。せめてそばにいてやるんだった」マルティンのこぶしが握りしめられて白くなっている。
「ごめんなさい」こみ上げるものがあって、廊下を走り去った。マルティンだけじゃない。どうしてだれもかれもこんなに苦しまなければならないのかわからなかった。ひとりになりたかった。レクリエーションルームに飛び込んで、ボードに向かって突っ伏した。こんなことになるのなら、いっそのこと。

対戦システムに備えつけの赤い待ったボタンを押して、時間をめいっぱい巻き戻す。
 安全装置は作動しなかった。アラームが鳴る。
「騒々しい。遠宇宙の警報は切っておけって言っただろう」
 あの日のマルティンがそこにいた。コンソールを呼び寄せる。黄色いボタンを押して、アラームをオフにする。これでだれもあの平面の存在には気がつかない。タイチの胸には相応の痛みが訪れたが、あの鬱屈した日々よりはましだと自分をなぐさめた。全人類を無断で安楽死させる。そんな奇妙な罪悪感を抱えつつ、タイチは改めてそのときが来るのを待った。

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