梗 概
還るトキ
夜の森の中、男は愛犬の遺体に薪を並べている。薪に火をつけて、パチパチと音を立てて少しずつ火が広がっていく。男は炎を眺めながら、自らの人生を振り返る。
彼は、民間軍事会社の傭兵としてウズベキスタンで鉱山の治安維持任務に従事していた。初日の夜、駐屯地から見える星空の美しさに感動し、いつか自分も宇宙での任務に就きたいと願う。
その鉱山では、「パトリオット」という薬物が裏で流通していた。その薬物は、脳の「意味」を司る部分を活性化させ、ドーパミンの分泌を過剰に促すことで報酬系との繋がりが強化され、、自らの行動や存在の「意味」を明確に認知して、人工的に現在の行動に対する興奮と「使命感」に対する全能感を得ることができる、という興奮剤だった。その効用で、鉱山の発掘効率は向上し、表面上は極めて順調に見えた。作業員はウズベキスタンと自らの村の未来に貢献しているという強い自負が生まれ、そうしたことを昼夜問わず、日々強く考えるようになっていく。
しかし、ある日、治安維持部隊の会議の中で作業員たちが独立のための反乱を起こそうとしている、という報告が上がる。部隊は「パトリオット」の変異体を彼らに流通させて対処する。この変異体には、脳の「意味」の認知活性化成分が入っておらず、彼らを強制的に鬱状態へと追い込み、その作業員たちは数日後に集団自殺を図り、反乱は防がれた。その死体処理任務の後、初めて彼は「パトリオット」を口にしてしまう。
鉱山は閉鎖され、彼は戦闘地域へと移り、そこで製薬会社の男と知り合う。彼は彼から、「パトリオット」が元々戦闘員の士気向上のために開発されたことを知る。その意味を理解したころ、彼はすでに中毒者になっていた。戦争が終わり、帰国した頃、妻は老い、息子は青年になっていたが、もはや彼は何も感じなくなっていた。
彼は逃げるように、新たな勤務先、使用済み核燃料の保管施設へと向かう。皮肉にも、その施設は彼がかつて夢見た宇宙空間にあった。
彼はそこでまた治安監督任務に当たる。その施設の作業員は皆無期懲役の囚人たちだった。施設は太陽光パネルの裏側にあり、そこは常に管理された夜であった。夜も昼もなく、定期的に運ばれてくる使用済み核燃料が全てを決めた。そこでもまた、製薬会社の男が訪ねてきて、彼の勧めの元で、「パトリオット」を流通させる。おかげで、囚人たちは極めて模範的な作業員として概ね自律的に働いていた。副作用として定期的に現れる反乱因子にも、先手を打って対処できていた。だが、監督官の間で彼自身の服用がある日問題となり、彼はあっけなく解雇されてしまう。
地球に戻った後、カウンセラーの指導で森の中で犬のケアしながら豊かな自然環境で過ごす。家族とは絶縁していたが、犬には息子の名前をつけた。
彼は、燃え上がる炎の粉が星空へと上がっていくのを眺めながら、宇宙から帰還する時に見たその景色を思い出していた。
文字数:1196
内容に関するアピール
あえて夢のない宇宙を現実的に書いてみようと思ったら、こういうストーリーが出来あがりました。「パトリオット」という覚醒剤は、ウクライナでの戦争が始まった際に海辺に謎の使用済み注射器が大量に流れ着いたことを思い出して着想を得ました。(と書きながらコーヒーをジャブジャブ飲みながらパソコン叩いているわけですがそれはそれとして。)
戦争や資本主義のような巨大な「使命」や「効率」が支配する世界では、個人の人生なんて全く無視されてしまう。その対比をあえて宇宙と時間に落とし込んでみようと思い、巨大な任務に翻弄され人生(時間)を失っていく姿を書きました。
梗概では盛り込めませんでしたが、本文には犬との生活、森の持つ原始的な時間の流れや無目的性と、宇宙の保管施設の無機質さの対比なんかも書いてみたいと思っています。
文字数:349