梗 概
プロジェクト・フェッセンデン
おおきな部屋の壁は、一面が透明だった。その窓際にコンソール付きのデスクが並んでいる。そして部屋は、真っ暗な中に恒星系のミニチュア版が幾つか浮かんでいた。
プロジェクト・フェッセンデン。
宇宙を模した空間に星系や星雲を配置し、時折彗星を落としたり恒星の状態を変化させたりして、知的生命体の発生の試みとその研究をしている。 実験空間の中のみ時間を早めて、人間の持つ時間で充分実験結果が得られるようにしている。よくも政府がこれだけ気前よく施設に金をつぎ込んでくれたものだ、何かの企みがあるのではないかと、計画に否定的な者も好意的な者も口にした。
ジョゼ・ヌフが担当している恒星系では、二種類の生命体が一つの惑星に発生し、互いの元となった生物も違い、交流もなかった。交流が生じれば、もうジョゼの領域でなく言語学や社会学の者達が主に担当することになる。一つは道具を作る段階に達していた。これはもうすぐ手を離れるだろう。
友人のオリバー・キムが担当する星系では一種類発生し、死んだ仲間を埋めて石を置く風習が生まれるまでに達していた。オリバーは社会科学者で、ジョゼのような宇宙生物学者から星系を引き継いでいた。
ジョゼは観察をオートにし、今日の業務から離れる準備をしていた。ふとみると、オリバーが険しい顔つきをしている。
「どうした」
側に行く。
「サイクロンだ。この進路だと、集落が根こそぎやられかねない。……気象の連中を呼んで、どうにか」
「おい。基本禁止事項だろうが、それは」
立ち上がりかけたオリバーを無理に元に戻した。オリバーはすとんと座り直し、肩を落とした。
「そうだった、な。まあ、3体か4体でも生き残ってくれれば」
言った後、卓にうつ伏せてオリバーが深く吐息をついた。受け継いだ知性体とはいえ、オリバーは毎日遅くまで観察していた。社会学者としては褒められることではないが情も移っていただろう。
ぐん、といきなりオリバーが頭を上げた。
「暫く目が離せないな。取りあえず今夜はここで夜明かしだ。ジョゼ、悪いがリズを呼んでくれないか」
「分かった」
ジョゼはオリバーの星系を担当していた生物学者の現在位置をパッドで確認し、呼び出し信号を出した。
何とか生存者があり、オリバーとリズが肩を落としながらも、今後の展望書を作り始めた時だった。今度はジョゼの惑星系で、二つの生命体の集落のうち一つが溶岩流に巻き込まれることが予測され、また天候も非常に寒冷なものになりそうだった。洪水や嵐などでなく、珍しい火山噴火に。周囲の人間が集まってきた。珍しい展開に期待する者、ジョゼの心境に心を砕く者。オリバーは後者だった。
「そうだな、どちらか一つなら、希少な災厄への対処例として生かしてもいいだろう」
柔らかく落ち着く、所長の声がした。
「かえって残酷だ」
抑えてはいたがはっきりと聞こえたのはオリバーの声だった。
「感情は観察には害悪だよ、キム」
ざわざわとしていたジョゼの周囲が静まった。
「より到達度が低い方を残します。許可を、所長」
「許可する。地質学、気象学、関連する分野の者は手助けを」
ジョゼのきっぱりとした声は、所長のそれの柔らかさと対照的だった。
一日が経つうちに、ジョゼの生命体救出は諸学を巻き込んだプロジェクトとなった。同避難を促すのか、寒冷への対処は、それらの指示をどう生命体に出すのか。
どうにか火砕流や溶岩流が残す集落に影響を及ぼすことはなく、寒冷化する気候への対処のみが方針として決まり、ジョゼもひと息ついた時に、温かい飲み物を差し出してくれたのはオリバーだった。
「助かる」
「大変だったな……色々」
甘みのないカフェオレと一緒に、ジョゼは様々な感情を飲み込んだ。
その後の寒冷化した気候をどうにか生命体達は生きのびた。火砕流に巻き込まれた生命体の本拠地に巨大な岩を許可なく置いて始末書―このご時世に紙である―を提出させられたのはオリバー・キムだった。
文字数:1619
内容に関するアピール
フィールド内の時間をどうやって操作してるかなんて私知りません。
実作を書くとしたらたぶん色々と調べ物が大変なことになると思います。
裏設定として、政府は知的生命体を作るノウハウを生み出して、単純労働や
実験に使うことを意図していると決めてあります。
どこかで聞いた話ですが、今季もよろしくお願いいたします。
文字数:151