コンビニで小説を買う

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梗 概

コンビニで小説を買う

 2027年の日本。
 僕は主に小売向けのマーケティング・コンサルタントとして働いている。直近では、NLPメソッドを用いた最先端のマーケティング・リサーチ・システムをK大学の准教授と開発し、大手コンビニエンス・チェーンに売り込んでいるところだ。
 日本の人手不足は一層深刻化しており、コンビニで外国人しか働かなくなって久しい。ロボティクス技術の普及にはまだまだ時間がかかるようで、無人化は全然進んでいなかった。
 
 久々にアカデミアと付き合うようになったことをきっかけに(大学卒業以来ビジネスのことばかり考えていた)、知的な空気に触れたいと数年前から文学を読むようになった僕は、数年前から小説を書き始めた。数年前にコンビニからありとあらゆる紙の本が排除されたことには不満だ。ウクライナ戦争に端を発した資源不足は、木材の貿易統制にまで発展した。新たに紙の本が発売されることはほとんどなくなっている。特に、新人の本が出版されることはまずありえない。
 
 そんな折、リサーチ・システムについて、ようやく大手コンビニの本部担当者に試験導入を承諾してもらえ、准教授と作業を開始する。
既存のアンケート調査では、人々の深い本音まで探ることができない。一方、デプス・インタビューでは、大量の人数を捌くことができない。今回の手法は、両者のメリットを組み合わせた最新のものである。
 
 具体的な分析のステップはこうだ。
 最新型のワイヤレスイヤホンで人々の会話を録音し、そこからコンビニに関する言葉を抽出する。
 そのデータに対し、ネットワーク分析を施し、ユーザーのクラスタリングを行う。その後で、自然言語処理を活用し、それらのクラスターの特徴を、これまでにない解像度で描き出す。
 これらの分析を経て、未来のユーザーにとって最適な、コンビニの店内レイアウトや棚割り、商品ラインアップ構成を弾き出したところ、なんと、店内の棚の半分を紙の小説で占めるようにした方が、売り上げが伸びるとの結果が出た。当惑するコンビニの本部担当者。
 売上が激減していた出版業界はにわかに活気付いた。その大手コンビニチェーンだけでも、全国の書店数の何倍もの規模がある。今回の実証実験が成功すれば、他のコンビニにも波及していくだろう。僕は出版業界を救う注目の人物として、メディアに取り上げられるようになった。
 
 実は、准教授と共謀して、分析結果を改竄したわけである。
 出版業界のVIPとなった僕は、これでようやく小説家デビューを飾ることができると意気込んだ。
 しかしその見立ては甘かった。最新のマーケティング・ノウハウを開発したコンサルタントとして、ビジネス本を出版することはできたものの、いまだに、小説家としてデビューすることはできていないのである。
 
 僕は今日もコンビニで小説を買う。外国人の店員は、笑顔で小林多喜二の「蟹工船」を渡してくれた。

文字数:1193

内容に関するアピール

 新海誠の「天気の子」が2019年に2021年を扱ったこと、ミシェル・ウェルベックの新作「滅ぼす」が2022年に2027年を扱ったことに影響を受けました。数年先を描くというのは、ビジネスと創作の中間に位置する行為なのだなと。
 最新技術としては、自然言語処理(NLP)とネットワーク解析の将来の姿を想像し、流行りのChatGPTではない文脈で活用しています。どちらかといえば、技術そのものというよりは、その技術によってもたらされる実ビジネスへの影響、さらには、それをきっかけとする社会への影響に着目してみました。

文字数:255

課題提出者一覧