地上の太陽

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梗 概

地上の太陽

1520年アステカ王国の首都テノチティトラン。町の中心部、ピラミッド型大神殿の足元にある広場で、太陽神の化身として選ばれた男キニチは、神像の周りを夜通し踊る。太鼓が激しく鳴り響く。香炉から甘口香が漂う。陶酔性成分を含むキノコとサボテンの影響で、明くる日には心臓をえぐられ生贄となる運命を忘れて、夢うつつに踊り続ける。

「太陽をはじめとする恒星が輝きを放っているのは、核融合反応で発生するエネルギーによるものです。このため核融合炉は『地上の太陽』と言われます」。2022年秋。国際熱核融合実験炉ITER機構長のピエトロ博士は、ビデオ会議を通じた有識者に対する計画懇談会で、一人だけビデオを消したままの参加者がいることに気づく。黒画面には「K’Iniich Ajaw(キニチ・アハウ)」とある。まったく見知らぬ名前。共有画面では過去の原発事故の様子や、球形の原子核が飛び交い衝突するデモ動画。翌朝、博士は朝日が差し込む自宅ベッドの上で目覚める。窓の外を見ると、羽の生えた大蛇が太陽に向かって泳いでいく。大蛇にピエトロ博士は、計画の成功を願い祈る。

太陽神が天頂に達する刻、キニチは大神殿の階段を、神官二人に両脇を支えられながら上る。キニチは幻覚の中で、古代の球技に興じる自分を見ている。家族や恋人がはやし立てる中、勢いよくゴム球を腰で跳ね飛ばし続けるキニチと友人たち。キニチは球を石の輪に通す。これは稀にしか起こらない。キニチらは即座に勝利し、敗れた友人らは生贄に捧げられるという。自らを犠牲にすることで世界の滅亡を遅らせる栄誉にあずかった友人らは、歓喜に包まれている。キニチは自らも世界を救いたいと願うとともに、人知れず、生きたいと思った。

2025年夏。共に一介のITER研究員であるピエトロ博士とキニチ博士は、核融合炉の技術的課題である臨界プラズマの封じ込め条件について、ITER中央に位置するトカマク建屋で議論している。太陽ではその重力がプラズマを封じ込めているが、地球上では磁場を使って封じ込めるトカマク方式が技術的にも有望とされる。大学の同級生でもあるピエトロ博士がかぶる奇妙な羽飾りや、その手の甲に彫られた入れ墨に気を留めることもなく、キニチ博士は振動する反応炉をにらんでいる。その頂上には鷲がとまっていた。甘い香りが広がってくる。

大神殿の最上段に据えられている石の台にキニチは寝かされ、両手両足を神官らに押さえられる。もう一人の神官がキニチの首を押さえると、大神官が石の歯状ナイフを手に歩み寄る。キニチの目からは、首都の街並みが逆さまに映る。

2027年春。ITER機構長のキニチ博士は、核融合炉の完成発表記者会見に臨んでいる。大量のフラッシュが注ぐ。「地上の太陽」の完成を世界中のメディアが報じる。翌朝、キニチ博士は朝日が差し込む自宅ベッドの上で目覚め、窓の外に広がる、フランス、エクサン・プロヴァンスの晴れやかな街並みを眺める。

逆さになった首都の街並み。大神官は、蒸気機関のように脈打ち湯気が立ち上るピエトロの心臓をえぐり出して、太陽に向けて高くかかげた。ピエトロの体は大神殿の階下へと投げ落とされ、待ち構えていた者らの手で斬首され、皮を剥がれ、解体され、夕刻には家族の食卓にのぼった。

陶酔から覚めピエトロは我に返ると、生贄になった多くの者たちとともに、地下世界の最下層にいた。地下世界の神に誘われヒスイの台座に座ると、蛇の頭をした者が操る宇宙船が、ピエトロたちを乗せて飛び立つ。地球というプラズマの雲から飛び出す中性子のような宇宙船。8分後には太陽中心部に到着すると、蛇がピエトロに告げる。英霊たちを称える祝祭の太鼓が聞こえてくる。

文字数:1520

内容に関するアピール

核融合発電がますます現実味を帯びている。核融合は二酸化炭素を排出せず、海水中にほぼ無限にある重水素を利用でき、核分裂反応を利用した従来の原子炉のように、連鎖反応による暴走もなければ、高レベル放射性廃棄物も出さない、究極のエネルギーとの呼び声が高い。「地上に太陽を」との願いは、古代にも現代にも通じそうだ。時代や場所、神に抑圧されようとも、本音では生きたいと願う気持ちも同様ではないだろうか?古代と現代、現実と幻が融け合いながら、ピエトロとキニチが、周囲はもちろん当人たちも気づくことなく入れ替わっていく。なお古代アステカの球技ウラマは、4キロほどのゴムの球を腰で打ち、相手側の壁に当てたり、高さ6メートルに設置された石の輪を通したりする競技で、古代メソアメリカ世界では重要な社会的役割を果たしていたとのこと。アステカ王国滅亡は1521年。この物語は、滅亡を一歩手前で免れています。古代アステカの数秘。

文字数:400

課題提出者一覧